魔女は出会う
午前の授業が終わるとマリーとその取り巻き連中が近づいてきた。
「ずいぶんと細いのね。鶏ガラみたいじゃないの。勉強ばかりするとこうなるのかしら」
「その服からすると平民ね。地味なところもあいつと似てない?」
「ああ。成績はいつも1番だけど授業以外は研究室にこもっている変わり者ね。お風呂入ってるのかしら。髪はボサボサ。顔も隠している。きっと人に見せられないくらいに醜男なのよ」
(あいつが誰のことだかわからないが、優等生らしい。それにしてもこの取り巻き感じ悪いなぁ)
「これなら下女として使えそうだわ。早速だけどこれよろしく」
机の上に出されたばかりの課題が置かれた。
(先生、課題少ないって言ってたのに)
「嫌です」
「あなた口答えする気? こちらにいるのは第1王女のマリー様よ」
(へぇ、いつから第1に? どうでもいいけど。『シャルロット王女』が死んだことにでもなっているなら、城に置いてきた人形はいらないわね)
指をパチンと弾くと一瞬にして人形と入れ替わり、姿を消したロッティは廊下へ出た。混まないうちに食堂に行こう。そうだ。このまま残りの退屈な授業は人形に任せ、食事を済ませたら図書館で過ごすことに決めた。
「いいから言われた通りにしなさい。あら、今度はだんまり?」
「……」
「瞬きもしないわ。じっと見つめて気持ち悪い子ね。マリー様、こんな子はもう放っておきましょう」
「そうね。なんだか背筋が寒くなってきたわ。温かいものでも飲みたい」
「そうですよ。今日こそ食堂でマリー様の探している王子様に会えるかもしれません」
「ここにいるはずなのに、どこのクラスかもわからないなんて」
「ずっと研究室にこもっているかもしれませんよ。廊下で張っていれば見つかるかも」
「リリー。言い出したあなたが行ってきて。この私が廊下で殿方を待ち伏せしているなんて思われたくないわ」
「えっー。嫌だけと行きますから、ご褒美を用意してくださいね」
マリーは食堂にいるからとリリーを置いてさっさと行ってしまった。
食堂へ着く前に5分経って、廊下のど真ん中で姿が現れてしまった。誰にも見つかってないわよね。キョロキョロして歩いていると、柱にぶつかってしまった。
「痛っ…くはないけど、邪魔な柱ね」
「君、失礼じゃないか?」
柱でなく人だった。目に前にいるのはやたら背の高い男子学生。黒く長い前髪とマスクで顔は見えない。胡散臭いし、上から話されるのがなんだか怖い。私は長く深窓の姫君とやらをやっていたのだ。コミュニケーション能力は皆無。一言謝って立ち去ろうとしたが、呼び止められた。
「私服ということは新入生か。これから昼? 食堂を探しているなら付いてきなさい。僕もこれから行くところだ」
親切なのだろうがありがた迷惑。そして一歩近寄られてさらに怖い。思わず鞄からベラ様をつかむと、いつでも追い払えるように身構える。
「君! そっ、それっ……えっ?」
ベラ様を指さして、嘘だろうとつぶやいている。
(うわー。この人、わかっちゃう人だったのか。もう逃げよう!)
待ってと後ろから声がしたが、待つわけない。ロッティは姿を消して、5分間全力疾走した。
食事より先に飲み物が欲しい。水を求めて給水所に並ぶ。見渡すと席はもうかなり埋まっていた。食事を受け取るにもカウンターには長い行列。もう無理。今日の昼は諦めよう。城では一食で過ごしてきたから別に抜いても大丈夫。水を一気に飲み干し渡り廊下を歩いていると、声をかけられる。さきほどの男子学生だ。
「驚かせた詫びだ。ほら、カウンターの隅にランチボックスがある。メニューは選べないけど、自分でとるだけだから時間のない時は便利だよ」
渡された箱を受け取る。
(食べずに出て行こうとしたのを見ていたのかしら。もしかしてストーカーですか。冷めてはいるが、ほのかにいい匂いがする。うーん。やっぱり食べたい!)
「ありがとう」
(食べものには罪はないわ。ここは素直に受けとるのが礼儀ね。空いている席は…)
「君はここで食べるの? それとも教室?」
「……」
(さらに混み合ってきた食堂は息が詰まりそう。学生達の楽しげな会話は騒音にしか聞こえない。教室も嫌だな。この食堂の何処かにいるだろうマリーたちが戻ってきたら面倒くさい)
首を横に振る。
「そうか。なら静かな僕の研究室で食べないか。図書室は食べものの持ち込み禁止だからね」
(あてが外れた。この人、読心術まで使えるのかしら?)
「ああ、男女2人を気にしている? どこの部屋にも監視のカラスがいて、もし君が危害を加えられそうになれば、すぐに相手をつついて撃退してくれるよ。逆もだけどね」
(逆? 教室の隅にいたカラス。ただの置物かと思ったが、そんなお役目があるとは)
「どうする? 昼休み終わっちゃうよ?」
話し声はとても穏やかで悪い人ではなさそうだ。了承の印に真後ろに立つ。目の前に壁ができたようだが、これはこれで安心感がある。
「えっと。5階にあるんだけど、ついて来て」
5階にはいくつもの部屋が並んでいた。部屋の主しか入れないようになっていて、男子学生が手をかざすと魔力に反応して自然と扉があく。
「適当にかけて。お茶は勝手に淹れてかまわない」
真面目そうなのにあちこち散らかっていて、座る場所は限られる。入り口近くにあった頑丈そうな木箱に腰掛けた。
「その、今立て込んでいてね。そうだ、まだ名乗っていなかった。僕はSSS組のクリス。君は?」
「F組のロッテです」
「F? 君は上級魔法使いだよね。それに君が持っているのは竜木だろう」
(詮索してくる奴は嫌いだ。食べたら即刻出よう!)
「良かったら、それ見せてくれない?」
「嫌です」
「どうしても?」
「嫌です」
「何か交換条件でもあれば言ってみて。僕の研究にどうしても一度見ておきたいんだ」
(交換条件ならあれしかない)
「デザートください」
「日曜に出るあれでいいの? 僕はいつも手にとらないからお安いご用だ」
(交渉成立。これで2皿食べられる!)
「交換条件であれば、日曜日の昼にここに来て。その時に見せて貰う」
(案外紳士だな。5階まで上がるのは手間だが仕方がない。デザートのためだ。ポー探しのついでに寄ればいいわ)
「ご馳走様でした」
お茶までしっかり飲んで、部屋を出た。
ロッテが出ていくと、クリスは微笑んだ。壁にかかる時計の針が12色の数字の中から虹色を指す。魔道具、魔力測定器。まさかこんな場所で彼女に出会うとは。やっと見つけた。日曜日までは待てない。明日からは研究室を出て君を探しに行こう。次会えたら僕から逃げられないようにするにはどうしようかな。
クリスは机の上にある作りかけの魔道具を端に寄せ、新しい魔道具作りを始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。明日も投稿します!