魔女は魔法学院に入学する
魔法学院のマリア学院長は特別な学生とお茶を楽しんでいた。
「近頃はあなたのように真面目に地道にって子が少なくなったわ」
「ここは研究にちょうどいい。騒がれることなく静かだ」
「あなたに必要なものは、静かな環境なのね。たしかにお国じゃお役目もあるでしょうから、集中できないか。面倒でも試験だけは毎回受けてちょうだい」
「受けないと研究室から追い出されてしまう。約束は守りますよ」
「授業も出ずに毎回学院トップ成績。先生方が戸惑っていたわ。正体を知れば皆納得してくれるけど」
「たまに出てますよ。皆が気づかないだけだ。お茶ご馳走様でした」
カップが空になり席を立とうとすると、急に立ちくらみするほどの魔力酔いに襲われた。マリアも同じようだ。座ったまま動けなかった。
「今の何?」
「ほんの一瞬強大な魔力に揺すぶられたような。こんな経験は生れて初めてだ」
「私は久しぶりってところかしら。懐かしいような気もするこの魔力。でも気のせいね」
ゴーンと予鈴がなった。
「授業が始まる。もう行きますね」
「研究熱心なのはいいけれど、学生生活も楽しんで欲しいわ」
「いえ。友達作りに来た訳じゃないですから。では」
「せめて前髪は切りなさい」
「これがないともう落ち着かないのです」
そう言って背の高い男子学生は教室に戻って行った。
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危なかった。実技試験でわざと魔法がかかりすぎないようにしたのが裏目にでた。ベラ様が勝手に補おうとしてくれたのを無理矢理止めたから、ちょっと魔力を放出しすぎた。さすが火竜の竜木。火の魔法は手が抜けないのね。目の前の暖炉の火がパチパチと楽しそうに弾けているが、この学院一帯を一瞬で灰にするところだった。
最後に面接を終えると試験官の先生が握手をしてくれた。これも魔力を測っているのだろうけど、悟らせない。
「特待生に合格です。筆記は99点。魔法も中級まで使えているしね。少し不安定で制御が必要そうだ。杖に代える事をお勧めするよ。まさか杖ではなく木べらを持って来る子がいるとは思わなかった」
「これが気に入っていますので」
「ならいいが。教室へ案内しよう。ここでは年齢別でなく魔法力別だ」
「できれば1番課題の少ないクラスがいいです」
「自主勉派か。まあいいだろう。問題児もいるがうまくやりなさい」
「問題児…。関わらなければいいだけだし、そこでお願いします」
魔法学院と言っても見た目はいたって普通の館。ただ大きい。5階建だなんて上るのに階段がしんどそう。周りには何もない。山ひとつが学院の敷地になっている。大きな鉄の門の横にある木戸を叩いて用件を伝えるとすぐに中へ通された。この国は優秀な魔法使い育成に力を入れている。なんてったって国王もその妻も魔法ベタなのだ。穴埋めする人材が欲しいのだろう。
ひとつでも成果を上げれば個人の研究室を与えられるという。寮は男女別棟で校舎から徒歩20分。運動不足解消に魔法移動は禁止。毎日坂道を上って降りるのか。掃除で足腰鍛えておいて良かった。
「制服は授業が終わってから、寮で受け取りなさい」
廊下を歩きながら担任と紹介されたアラン先生が説明をしてくれた。
「食堂はどこですか?」
「校舎のすぐ隣だよ。なんだ、お腹が減ってるのか?」
「夕飯も朝食も食べ損なったので、できれば何か食べたいです」
「それはいかん。そういえば君は酷く痩せているね。すぐに食堂へ案内しよう」
「お願いします!」
校舎と渡り廊下でつながった食堂は天井が高く開放感があり、見たこともない花があちこちに飾られている。温室の中で食事をしている気分になりそう。毒々しい花も愛嬌があっていいわね。
「ここでトレーをとって、メインを選んであとはスープと副菜、パンを受け取る。食べ残しはあの花達にあげるといい。喜ぶよ」
雑食植物だったのね。大口開けて待っているのが可愛いけど、うっかり指を噛まれないように気をつけなきゃ。残しはしないと思うけど。
「あのデザートは?」
「それは日曜の昼とお祝いの日だけだよ。そのかわり毎朝果物が出る」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「食べ終わったら2階のF教室へ。では先に行ってるよ」
先生の背を見送り、トレーを両手に持った。いい匂いがする。まだ朝食メニューだが久々のご馳走だ。ベーコンエッグと具だくさんオムレツ。今日はオムレツを手に取り、コーンスープ、野菜サラダ、焼きたてのパン。そしてカットされたオレンジを受け取り、席に座ってしみじみと味わう。でも普段少ない量で足らしていたのですぐに満腹になるが残すことはできない。どうにか詰め込んだ。
食器を返しながら厨房内をのぞこうとすると、早く教室へ行きなさいと追い立てられる。今日来てすぐにポーが見つかるとは思っていない。あれでも魔女鍋だ。魔道具と悟られないように魔力を隠しているはずだもの。
F教室に入ると、なんとあの妹マリーがいた。なんてこったい。問題児というのはこいつだろう。大した魔力もないのにどうして魔法学院に入ろうと思ったのかしら。下級メイドの時と同じ薄茶の髪にしておいて良かった。よく見ると貴族が多い気がする。低級でも魔法学院を出ました! みたいな箔をつけたいのかしら。学校側も運営費稼ぎに寄付金と一緒に受け入れてるのね。
「紹介する。新しいクラスメイトだ。特待生だがこのクラスを希望した。みな仲良くしてあげて」
「ロッテといいます。よろしくお願いします」
パチパチとまばらに拍手された。歓迎はされていないのね。大丈夫。長くいるつもりはないから。午前中は何事もなく過ぎていった。