魔女は手にいれる
二人は研究室にこもり、ポーのために魔道具を作っていた。
きっかけは、ポーが「もっとケーキを覚えたい」と言い出したからだ。
「ポーは鍋だよ。煮たり焼いたりは得意でも、ケーキはオーブン料理が多い。さすがに無理じゃないかな」
「ポー! 無理じゃない。できるポ!」
「今ある八種類のケーキは偶然取り込んだんだ。他の料理を覚えたらどう?」
「そうよ。ビーフシチューとカレーを覚えてほしいわ」
「僕はロールキャベツがいいな」
「ポー! ロッティにもっとケーキを食べさせたいポー!!」
「困ったわ」
一時期、ポーから出てくる料理は砂糖の塊のような甘い物ばかりになった。心配したがマリアは笑って言った。
「大丈夫よ。いきなり八種類も覚えて混乱したのね。熱を出したようなものよ」
本当かしらと疑いながらも、やがて味は落ち着いた。不思議な鍋だ。
ポーは相変わらず、材料を入れ忘れる。
歴代の魔女は適当に煮込むだけでも味しいと食べてきた。ポーにとっては出来映えより、魔力の方が大事だったらしい。
「ロッティ。後で話がある。厨房の手伝いが終わったら時間くれる?」
「うん。お迎えを待ってるね」
放課後、ロッティはいつも通りに変装して厨房で鍋を磨いていた。もう趣味だ。魔女鍋でなくてもぴかぴかにしたくなる。
迎えに来たクリスに連れられて研究室に入ると、机の上は大量の設計図で埋まっていた。魔法陣、呪文式、本体構造。
中央に書かれた名前。
魔道具『魔女オーブン』
「魔女鍋と同じだ。完成したらシェフに実際作ってもらう予定」
ロッティが設計図に触れる。
「クリスでも難しいのね」
「今の時代、魔女鍋を作れる職人はいない。だからやりがいがある」
「最初の料理は私が作ってあげる」
「その言葉、待ってた。頑張るぞ」
クリスの帰国寸前、魔女オーブンは完成し、厨房に運び込まれた。
「ロッテちゃん。この新しいオーブンでケーキを焼けばいいんだね」
「はい。甘いのと、塩味のケーキもお願いします」
「ケークサレはどうかな」
「食べたいです!」
「食べさせたい、の間違えじゃなくて?」
毎日迎えに来るクリスを見て、シェフはからかう。
「と、友達です!」
「はいはい。さあ焼くぞ」
シェフが笑い、火を入れる。
甘い香りが広がる厨房で、ロッティはぼんやりとクリスのことを考えていた。
優しくて、口数は少なくて、道具作りに向き合う横顔が好きだ。
いつもそばにいてくれる。そのことが、たまらなく嬉しい。
同じ机に向い、同じ紙を覗き込み、同じ道具に触れ、同じ湯気を見つめる時間。
いつからか、歩けば肩が触れるようになり、気づけば手をつないでいた。
指をからめることが自然になり、その温もりがないと落ち着かない。
言葉がなくても心地良い時間が増えた。
もう「友達」の距離ではなかった。
夜道を歩きながら、何も話せない時間さえも愛おしい。
手のひらから伝わる熱だけで、胸がいっぱいになる。
孤独だった魔女は、いつの間にか恋の魔法にかかっていた。
「ロッテちゃん。あなた最近綺麗になったわね」
「マリア様のおかげです。お肌の手入れも、可愛いドレスも。ありがとうございます」
「違うわ。内側から輝いてるの」
他に原因は……。
誰かさんの顔を思い浮かべると、急に顔がほてってくる。
「そういえば、また王宮に火の玉を降らせたんですか」
「モランがしつこくてね」
継母は離縁され、父は墓前で泣き続けているという。娘に会いたいと通ってくるが、マリアが門前払いしていた。
「父にはいい薬です。クリスがノースで仕事を終えたら、こちらに来てくれることになりました」
「第二王子が継ぐのね。あなたのために説得したのか」
「お母様のおかげです。青い魔女様にご恩を返す時だと」
「もうしばらくはここにいなさい」
「はい、マリアお母様」
***
庵の台所でポーが待っていた。
「ポー、紹介したい子がいるの」
クリスが浮かせて運んできた箱をコンロの横に置く。
ロッティが扉を開け、魔力が流す。
「甘さ控えめチーズケーキ」
ポン、と音がして、焼きたてが現われた。
「ポー!!!」
鍋から湯気がぶわっと噴き出す。
「もう僕はいらないってことかポッ!?」
「違うわ。これからはポーとポン、ふたりに作ってもらうの」
煮る、炒める、蒸す、煮込む料理はポー。
高温で焼き上げる料理はポン。
「初めての手料理を、あなたに」
ロッティはクッキーをクリスの口に運ぶ。
「レモン……すごく美味しい」
「他にもあるよ」
クリスの手が止まらない。
それを見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
こんな気持ちになる日が来るなんて、昔の自分に教えてあげたいと思った。
ポーで焼いた薄い生地にクリームを重ねる。
「ポー。あなたが焼いてくれた生地でミルクレープを作ってみたの。ポンにはできないケーキよ」
「ポー。ロッティが喜ぶなら、いくらでも焼くポ」
「ポー様、すごいです!」
「ポンに褒められると、……嬉しいポ、ポ」
ポーの鍋肌が赤くなり、ポンまで温度を上げる。
クリスが苦笑した。
「恋をしているのは、僕たちだけじゃないみたいだね」
***
サウスランド王宮の敷地内に、新しい魔女の庵が建てられた。
木立に囲まれ、小川が流れる。結界に守られ、誰にも見えない。
今日も台所には甘い香りが満ちる。
小さな畑には自動で水が撒かれ、光を受けて虹がかかる。
磨き上げられた窓の向こうで、魔女と魔法使いが並んでそれを眺めていた。
もう、ひとりではない。
孤独だった魔女は、居場所と愛する家族を手に入れた。
台所には、今日も新しい甘い香りが生まれている。
ポーとポンは、まだ覚えたい料理が山ほどあるらしい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。いつかまた2人とポー達のその後が書けると良いなと思っています。




