魔女は甘やかされる
学院に戻ると、ロッティは敷地内にあるマリアの庵に移り住んだ。
祖母の庵よりもずっと新しく、与えられた部屋は王宮の私室よりも広い。陽はやわらかく差し込み、棚には隙間なく本が並び、不思議な魔道具があちこちに置かれている。
知らない場所のはずなのに、どこか落ち着いた。
そしてクローゼットの奥にかけられていた、青いマント。
「マリア様、これは……」
「全てシルビアの物よ。亡くなったあと、こっそりここへ運んだの。後妻に捨てられでもしたら嫌でしょう」
ロッティはそっと布地に触れた。
「それで遺品が少なかったのね……。お母様のローブ、残っていて嬉しかった」
マリアが何も言わず、その青いマントをロッティの肩にかける。
触れた瞬間、息が止まった。
懐かしい匂いがした気がして、視界が滲む。こらえきれず、涙が頬を伝った。
まるで、母に抱きしめられたようだった。
「どうやって今まで、その魔力を漏らさずに隠せたのかしら」
「私自身は、何もしていません」
マリアが首を傾げ、やがてはっとする。
「森の庵にはどうやって入ったの? あそこは結界だらけよ」
「これです」
ロッティは、母からもらった鍵を取り出して見せた。
「ああ……シルビア……」
受け取った鍵を握りしめたまま、マリアの目から涙を落ちる。
「この鍵には、転移魔法と……シルビアの結界魔法が閉じ込められている」
娘を守るために、最後の魔力を注ぎ込んだのだと悟る。
「その魔力も、もう尽きそうね」
「それでも私には大切なものです。この鍵を見るたび、お母様の最後の笑顔を思い出すの。ロッティって何度も呼んでくれた」
マリアが微笑んだ。。
「これからは、あなたの王子様がいくらでも呼んでくれるわよ。ほら、今も外で呼んでいる」
庵の外で、クリスが食事に誘おうと、そわそわと待っていた。
***
翌日。
本物の第一王女が入学したと知れ渡り、学院は騒然としていた。
だが当のシャルロット王女の隣には、ぴったりとクラウス王子。
話かけたくても、誰も近づけない。
「あっ! シャルロット様がこちらへ!」
元マリーの元取り巻きたちが慌てる。
「あなた達、F組よね。私の大切なお友達もF組なの。よろしくね」
「その方のお名前は?」
「ロッテよ。静かにしてあげて欲しいの」
「もちろんです!」
三人は満足げに去っていった。
ロッティは、少しだけほっと息をつく。
「ロッティ。研究室へ行こう。あれを完成させたい」
「早くポーの声が聞きたいわね」
研究室には、ロッティ専用の机と椅子。さらにくつろぎ用の一人がけソファと茶器まで揃っていた。
元からあった二人がけでは、クリスがぴったりとくっついてくるので休めないからだ。
運び込まれた時、クリスが少しだけ寂しそうな顔をしていたのを、ロッティは見逃していない。
「まだお友達です!」
「楽しみはとっておくよ」
ロッティの頬が赤くなる。
「母国から菓子が届いたんだ。お茶にしよう」
「毎日甘い物を用意するから太りそう」
「まだまだ足りないよ」
ほっぺをつつかれて、ロッティは慌てて視線を逸らす。
「もう少し進めてからにしましょう」
「頑張ったら、ご褒美に食べさせてくれる?」
「あーん、ですね。わかりました。クリスは甘えん坊なんですね」
「甘えるのはロッティにだけだよ」
クリスが満足そうに作業へ戻る。
その横顔を見ながら、ロッティはふと思った。
私……いま、すごく甘やかされてる。
戸惑うけど、それが嫌ではなかった。




