魔女は求婚される
クリスが、そっとロッティの手を取った。
「本当の君に、やっと会えた」
その手は、戦いの後とは思えないほど、静かに震えていた。
「見合い相手だったノースランドのクラウス王子は、クリスだったんだね」
「最初は、マリア様に言われて君を連れ出すための見合いだった。でも――ほら、見て」
腕を引かれ、大きなガラス窓の前に立つ。
城下が一望できる窓に、制服姿の青年と、ピンクブロンドの少女が並んで映っていた。
クラウスが、愛おしむように窓へ指先を触れさせる。
「この窓、まだ虹色の魔力が残っている。数年は磨かなくても曇らないだろうね」
「ここからお母様がよく王都を眺めていたの。だから、この窓だけは私の担当だった」
掃除ではない。祈りに近い時間だった。
「笑わないで聞いて欲しい。僕はこの魔力を見た瞬間、恋に落ちたんだ。どんな人だろう。会いたい、そればかり考えていた。密かに〈窓磨きの君〉って呼んでいたよ。もしおばあさんでも、求婚したかもしれない」
いつもマスクで隠されていたクリスの顔が、今はくしゃりと崩れている。
おかしな呼び名。でも、嫌じゃない。
「学院で、同じ虹色の魔力に出会った。それがロッテだった」
「虹色なんて、他にもいるんじゃない?」
「違うんだ。ロッテの魔力は、暖かな色が幾重にも重なっている。見た瞬間、心が震えたよ」
魔法石探しの時、異様なほど嬉しそうだった理由が、今ならわかる。
クラウスは、まっすぐにロッテを見つめた。
「シャルロット姫。いや、ロッテ。僕と結婚してください」
「こら! クラウス! 親代わりの私に先に通しなさい!」
横からマリアが割り込む。
「ロッテちゃん、こんな魔道具作りにしか興味のない魔力おたくが嫌なら断っていいわよ?」
「えっと……結婚はまだ早い気がするので、お友達からでいいですか?」
「えっ、 そこから!? ……でもいい。友達から初めて一緒に恋をしよう」
胸の奥で、ピーッと笛の音が鳴った気がした。
「あのぉ。クラウス様は責任とって私と結婚するはずですよね」
袋を外したマリーが割り込んでくる。
落書きだらけの顔。だが、目だけは必死だった。
「君は誰?」
「やだぁ。マリーですよぉ。私がノースランドに嫁いでも、あなたがサウスランドに来て下さってもいいですわ」
マリアが姿見を出し、目の前に置いた。
「あら。この鏡、ご先祖様が映るのかしら」
不思議そうに鏡をのぞき込むマリー。
「そこに映っているのは、あなた自身よ。無理に魔力を上乗せすれば反動がくるの。知らなかった?」
「嘘よ! こんなお婆さんなはずがない!」
しわだらけの手を見て、泣き崩れる。
ロッティが背後に立ち、鏡越しに声をかけた。
「その『低級』だけは消せるけどどうする? あとは自分でなんとかなさい」
「……もう馬鹿にして笑えばいいわ」
「笑わない。消すの? 消さないの?」
「消しなさい」
「魔力を全部取り出す。あなたは魔法使いじゃなくなる。それでも?」
「嫌よ。私は魔法大国の王女なのよ」
「今でも使えていないから、変わらないと思うけど」
国王は目を伏せ、王妃は手鏡に夢中。
「……やって」
「その前に言うことがあるだろう」
クリスの声が低く落ちる。
「頭を下げて、お願いするのではないか?」
「嫌よ! 私はずっとお姉様が嫌いだった!」
マリーが叫ぶ。
ロッティは、ふっと息を吐いた。
「仕方ないな」
鏡の中で、『低級』の文字が消えていく。
「お姉様……」
「仕返しよ。これであなたは魔女じゃない。いい気味だわ」
「地味女の馬鹿!」
ロッティは声を出して笑った。
「そんな優しい君が好きだよ」とクリス。
「さて。シルビアのお墓参りをして、学院に帰りましょうか」
マリアの杖が光る。
***
王家の霊廟。
「お母様、ご無沙汰しております」
白い百合を捧げる。
マリアも静かに頭を下げた。
ロッティはポーとベラを墓前に置く。
きっと母も会いたかっただろう。
クリスが跪いた。
「青い魔女シルビア様。ノースランド国、クラウス・グレンダールです。あなた様のおかげでノースランド国は豊かな国となりました」
捧げられたのは、人工降雨機『アメフラシ』。
「きっと喜んでいるわ」
「ロッテちゃんは私が責任を持って嫁がせるから」
「まだです! まだお友達です」
顔を赤くしてベラで隠すロッティ。
「ロッティと呼んでくれたのはお母様とポーだけ。でもクリスもどうぞ」
「家族と認められたみたいだ」
「若いっていいわね」
魔法陣が広がり、三人と二つ魔道具は学院へと消えていった。




