魔女は魔法を解かれる
国王モランが大臣達と話をしていたそのとき。
広間の床に、突如として魔法陣が展開された。
空間が唸り、空気が震える。
衛兵が剣を抜くより早く、光が弾けた。
次の瞬間、そこに立っていたのは、深紅のローブを纏ったマリアと数名の学生達。
「これは、どうしたことだ」
玉座から立ち上がるモラン。
「久しぶりね。これ、お返しするわ」
中に浮かされていたマリーが、足下に落とされた。
「お父様! 助けて」
「マリー……その顔は……」
言いかけた言葉を、モランは飲み込む。
メイドを呼び、目の部分だけ穴を開けた袋を急いで頭に被せさせた。
「マリア殿、説明を」
「見ればわかるでしょ。おイタが過ぎたから、小鬼にお仕置きされたの。理由は本人から聞いて。嘘を言ったら、また来るわよ」
袋がぷるぷると震えた。
「モラン。本当の第一王女を呼びなさい」
「……ごまかしはきかぬな。シャルロットは、ここにいない」
「どこへ?」
「わからぬ。私の力では、娘の魔力を追えない」
「なら足で探しなさい。シルビアの時のように」
その名に、モランの顔色が変わった。
かつて王太子だった彼は、国を救う魔女を求めて各地を歩いた。
深い森の庵で出会ったのが、シルビア。
強大な魔力よりも、その美しさと世間知らずの純粋さに心を奪われ、求婚した。
だが王宮に入ったシルビアは、国の惨状を知ると、自ら雨を降らせ始めた。
他国にまで。
いくら止めても聞かない。
理由を問えば、こう答えた。
――ひび割れた大地が見たくないから。
――魔力は自然の恵み。皆が困るでしょう?
モランは落胆した。自分のためではなかったのだと。
やがて妻に対して、感謝以外の感情を持てなくなった。
「馬鹿ね。あなたを助ける魔法使いを残すためだったのに」
「そんな……私は……」
「シルビアはあなたのことを『私の大事な人』と言っていたわ。夫婦そろって口下手すぎるのよ」
モランは崩れるようにうなだれた。
そこへ、豪奢な衣擦れの音。
王妃が現われる。
「陛下。私のマリーが戻ったと聞きましたけれど?」
「お母様! 助けて!」
袋の中からくぐもった声。
王妃は袋をめくり、すぐに戻した。
「誰がこのようなことをを!」
「小鬼を呼んだのは僕だが」
クリスが前に出る。
「男で良かったわ。責任をとりなさい。爵位くらいすぐに与えましょう」
「お母様! こんな地味男は嫌よ!」
「消えたらすぐに離縁すればいいわ」
この親子、最低過ぎる……。
「責任? 謝罪も反省もできないような娘に育てた責任は?」
「王女にそんなもの必要はありません」
「同じ王女に対しても?」
「この国に王女は一人だけです」
「王妃! それは違うぞ」
「あれは死人と同じです!」
激しい口論が始まった。
マリアが杖を振り下ろし、魔法で夫婦を強制的に引き離した。
「モラン。まだ気づかないの?」
「それどころではない。シャルロットはもしや王妃が――」
「違います」
マリアは静かにロッティの肩に手を置いた。
「ロッテちゃん、はっきりとここには居たくないって言ってあげなさい。そして私と暮らしましょう」
「マリア様、それはだめだ。僕がノースランドに連れて帰る」
「クラウス。まだよ。花嫁の支度くらいさせてちょうだい」
話が勝手に進んでいるけど……。
ロッティは完全に置いてけぼりだった。
「では、変装魔法は解きましょう」
パン、とマリアが手を打つ。
光が弾け、降り注ぐ。
ロッティとクリスの姿が本来のものへと戻っていく。
「ひっ……戻して!!」
「あら。あなた、そんな顔だったのね」
ついでに王妃の変装も解ける。
塗り固めた若さも、美貌も、魔法の虚飾だった。
マリアが声を上げて笑う。
モランは、言葉を失った。
その視線は、ロッティに釘付けになる。
そこに立っているのは、かつて愛した魔女シルビアと、同じ色の髪、同じ瞳を持つ少女。
「……シャルロット」
震える声。
ロッティは何も答えられない。
ただ、隣に立つ、クリスと見つめ合っていた。




