魔女は笛を吹く
女子寮の自室で、ロッティは音を立てないよう静かに荷物をまとめていた。
「私にはポーとベラ様がいれば十分だよ」
別れの悲しみだけは、どんな魔法でも消せない。
今ならまだ間に合う。クリスのことは忘れられる。庵に帰ろう。
母から貰った鍵を握り、転移魔法を発動する。
――だが、何も起きない。
「え……?」
もう一度。魔力を増やし、先ほどより強く念じる。
変わらない。
魔力切れ? あり得ない。
その時、扉が激しく叩かれた。
「地味女、いるんでしょ。出てきなさい!」
マリーの声だった。
とっさにポーとベラ様をベッドの下に隠す。
「マクミラン、開けなさい」
「お任せを」
複数の魔法が同時に撃ち込まれ、木の扉はあっさり灰になった。
やりすぎよ……。
煙の向こうに現われたのは、虹色に光る魔法石を持ったマリーと上級魔法使いたち。
外から魔法を打ち消していたのね。無理な増幅。体がもたないわよ。
「あなた、特級魔法使いだったのね」
「だから?」
「これからあなたは私の影武者になるの。光栄に思いなさい」
「死んでも嫌です」
マリーの顔が醜く歪む。
「あなたの意志なんて関係ないの」
マクミランが黒い輪を取り出す。
「禁忌の魔道具〈操りの輪〉だ」
頭に置かれた瞬間、脳を焼かれるような激痛が走った。
こんなもの……ベラ様を!
腕を伸ばした瞬間、蹴られ、踏まれ、引きずり出される。
魔法が使えなければ、ただの痩せた女の子。抵抗のしようがない。
「これは何なの? 秘密の魔道具かしら」
ベラ様を拾い上げたマリーの手が赤く焼けた。
「熱いっ!」
悲鳴と共に床へ投げ捨てられる。
触るな! 汚い手で触るな!
ベラ様を守らないと。
ロッティは制服の中に隠していた笛を取り出し、思い切り強く吹いた。
「馬鹿ね。鳴らない笛で誰が来るの?」
「防音も張ってある。誰にも届かない」
その瞬間、空気が揺らぐ。
部屋の中心に小さなつむじ風が生まれ、床の灰を巻き上げる。
「――ここで何をしてる」
風の中から、クリスが現われた。
来てくれた……。
「ロッテに手を出したな。覚悟はできているな」
空気が凍る。
足止め魔法が一斉に発動。
そして、召喚。
現われたのは魔法生物――小鬼。
逃れる術はない。
悲鳴。泣き声。懇願。
小鬼たちは容赦なく襲いかかり、顔に消えない文字を刻み、叩きのめす。
やがて全員が無力化された。
操りの輪が外れる。
クリスがロッティを抱き起こし、ベラ様を握らされたところで、意識が途切れた。
***
目を覚ますと、暖かなベッドの上だった。
「ポー……」
「ロッティ、目を覚ましたポ」
見慣れない天井。けれど安心する空気。
「ここは学院の客間よ」
振り向くと、あの厨房の女性が立っていた。
深紅のローブを纏って。
「マリア様……?」
「ええ。あなたのお母様シルビアの友人、マリアよ。今はここの学院長」
強く抱きしめられる。
「マリア様、それ僕が最初って」
「あなたはお姫様抱っこで、ここに連れて来たでしょ」
顔が熱くなる。
「クリス、ありがとう。でも私はもう行かなきゃ」
「どこにも行かせないよ」
足止め魔法をかけようとするクリスを、マリアが止める。
「王宮に行くわよ。全部終わらせましょう」
「嫌です。行きたくありません」
「ロッテちゃん。あなたには真実を知る権利があるの」
杖が掲げられ、巨大な魔法陣が床一杯に展開された。
視界が揺れ、次の瞬間。
ロッティは王宮の広間に立っていた。




