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その日から、セラフィーヌの日常は少しだけ忙しくなりました。
もう何年も貴族令嬢としての教育を受けていないセラフィーヌのために、モルガンは様々な分野の先生たちを呼び寄せてくれました。
さらに、当日身につけるドレスやアクセサリーも、モルガンが用意してくれることになりました。
「あっ……あの! マリアンヌ様? 恐れながら……このドレスは可愛すぎはしませんでしょうか?」
「まぁっ! 何を言ってるの、セラフィーヌさん? とってもよく似合っていてよ?」
ある日の昼下がり、セラフィーヌはモルガンの妹であるマリアンヌと共にドレス選びをしていました。
さすがに今からドレスを縫っていては間に合わない、ということでセラフィーヌが王様の前で着るのは、既製品のドレス。
そしてマリアンヌは、あの舞踏会の日まで何年もドレスなど着ていなかったセラフィーヌのために、ドレス選びのお手伝いをかってでてくれたのでした。
ただ、そこに用意されたのはリボンとフリルをたっぷり使った、あまりにも可愛らしいドレスばかり。
思わず頬を引き攣らせるセラフィーヌですが、マリアンヌはおっとりと微笑みます。
さらに窓辺からは、思わぬ援護射撃も飛んできました。
『そうよ! セラフィーヌはとーっても可愛いんだから! ほら、そのピンクのなんて素敵じゃない?』
「まぁっ! 小鳥さん気が合うわね。じゃあセラフィーヌさん? 次はそれを着てみましょうか」
パタパタと緑色の羽を羽ばたかせながら、レースの刺繍が愛らしいピンクのドレスの回りを飛び回るのはロザリー。
マリアンヌは彼女のさえずりに大きく頷き、そして彼女のとまり木となるよう、右手を差し出しました。
「あっ……あのっ……マリアンヌ様? 小鳥たちの言葉が分かるのですか?」
「いいえ、チュンチュンとしか。でも、何を言ってるかは大体分かるわ、ねぇっ?」
人差し指をついばませながら、マリアンヌがロザリーに微笑むと、彼女は大きく頷くように首を振ってみせます。
仕立て屋の前が住処で、可愛いものが大好きなロザリー。
彼女はお洒落に聡いマリアンヌと意気投合したようでした。
「あっ、それはそうとセラフィーヌさん? 最近何か困ったことはない?」
「困ったことですか? ……いえ、特には……」
突然の話題変更に目をパチクリとさせるセラフィーヌ。
一方のマリアンヌは右手にロザリーを止まらせたまま、セラフィーヌへと近づき、声を少し下げました。
「なら良いけど……実は今、お城がちょっと揉めてるらしいの……」
「揉めてる……のですか?」
「ええ。ほら、あなたの活躍でグリエール伯爵が捕まったでしょう? でも、兄いわく黒幕はまた別にいるらしいの。彼らはあなたの能力を危険視してる。お城の中は比較的安全だけど、でも油断は禁物だわ。みんなも気を付けてあげて」
「わっ、分かりました」
『『『もちろんさ!』』』
神妙にマリアンヌが締めた言葉に、小鳥たちが元気よく翼をパタつかせます。
その様子に頬を綻ばせたマリアンヌは、気を取り直すようにパンッと一つ手を合わせました。
「さてっ、じゃあドレス選びの続きといきましょう。さっきから淡い色のドレスが続いていたけど……実はもっと濃い色も似合うと思うの……」
「濃い色ですか……ってマリアンヌ様! それは流石に私には派手ーー」
『なぁに言ってるの? お洒落は挑戦よ。着てみなきゃ分からないじゃない!』
「まあっ! 小鳥さんの言う通りだわ」
再びセラフィーヌの回りにはマリアンヌの侍女たちが集まり、小鳥たちを交えた試着大会が再開します。
結局、ドレスを決めるまでにはなかなかの時間がかかったのでした。
そんなこんなしているうちに迎えた、セラフィーヌが王様に会うことになっている前日の夕暮れ時。
セラフィーヌは小さな宝石箱の前で立ち尽くしていました。
「どうかなさいましたか? お嬢様」
「い……いえ……なんでもないのよ」
もちろん、本当になんでもないわけではありません。
しかし、城のバタバタのせいか使用人達も忙しいらしく、とりあえずその言葉を聞くと、安心したように部屋を出ていきます。
と同時に、セラフィーヌは慌てて部屋中を歩き回りなにかを探し始めました。
その小さな宝石箱に入っているはずなのは、母の形見である青い宝石。ーーそう、あの魔法の宝石です。
基本的にこの石を肌身離さす身に着けているセラフィーヌ。ただ、どうしても合わないドレス、というものはあります。
今日の彼女が着たドレスはまさにそれで、仕方なくセラフィーヌはこの小さな宝石箱に石をいれ、されにそれを鍵のついた小物入れに入れていました。
ですが……どこか神秘的な青い石は、まさに忽然と姿を消していました。
「どうしましょう……これじゃ魔法が……それに明日は王様とお会いする日なのに……」
『……』
『……』
困り果てた様子のセラフィーヌを見て、窓の外からはバタバタと小鳥たちが彼女のもとにやってきます。
ーーが、当然、セラフィーヌは彼らの声を理解することが出来ませんでした。
一方小鳥たちも、自分たちの言葉を理解できなくなったらしいセラフィーヌに驚いた様子。
ですが、事態を理解すると、パタパタと羽を羽ばたかせ、セラフィーヌを諌めるかのように彼女の肩や手に止まりはじめました。
『……』
「まぁ……みんな? 慰めてくれているの?」
セラフィーヌがそう言うと、右手に止まったジェレミーは大きく頷いて青い羽を羽ばたかせ、左手のリュシーは人指し指をほんの軽く噛んで、「チュチュッ」と鳴き声をあげます。
ほかの小鳥たちも代わる代わるに、彼女に鳴きかけました。
「みんな……ありがとう……」
小鳥たちの優しさに思わず涙ぐむセラフィーヌ。ただいつまでもそうしているわけにもいきません。なんといっても王様に会う日はもう明日に迫っています。
「とにかく……バーゼル卿に知らせないと!」
そう呟くと、セラフィーヌは最も信頼している使用人を部屋に呼び、モルガンに部屋へ来てもらえるよう言付けを頼みました。
「小鳥たちと話すための宝石がなくなったのですか!?」
使用人の知らせを聞き、慌ててセラフィーヌの元へやってきたモルガン。
さすがに焦っているらしい彼の言葉に、セラフィーヌは静かに頷きました。
「しかし、話を聞く限り、その宝石は盗まれたとしか思えませんね」
「はい……ですが、二重に鍵もしてあったのにそんなこと可能なのでしょうか?」
「盗みを業としてるものなら簡単です。今、まさに我々が追っている反王太子派にもそういったことを得意とする人物がいるとか」
「そんな……」
「この件は我々が責任を持って対処に当たります。……ただ、それはそれとして問題は明日のことですね」
「そうですよね……どういたしましょう」
なんといっても、王様の前で魔法を披露する日はもう明日なのです。
しばし考え込むモルガン。しかし、何やら考えをまとめると、「よし」と一つ頷きました。
「メイル嬢」
「はいっ」
「陛下には、ことの次第を正直に話してください」
「正直に……ですか?」
モルガンの結論はあまりにも直球。セラフィーヌは思わず、彼を仰ぎ見ました。
「ええ。陛下は公明正大なお方。何より隠し事をお嫌いになります。反対に言えば、包み隠さず話せばきっと理解してくださいます。それにあなたが殿下をお守りした事実は変わりませんからね」
「そう……でしょうか」
モルガンにそう言われても、なお俯くセラフィーヌ。
モルガンはそんな彼女を元気づけるように、そっとその手を包み込みました。
「そうです。安心してください。それに小鳥たちだって、話せなくてもお友達なのでしょう? きっと彼らの様子を見れば、王様も信じてくださいます。ーーああ、失礼」
そしてモルガンは、セラフィーヌを慰めるようにそっと彼女の栗色の長い髪に手を伸ばします。
ただし、その手は「おいたは駄目!」とばかりに緑の羽のロザリーによって突かれ、モルガンは苦笑しながら手を引っ込めました。
「もうっ……みんなったら……」
「いえ、レディの髪に手を触れようとするなど無作法でした。しかし、こんな彼らの姿を見れば王様も魔法が存在しなかった……なんて言わないはずです。ですよね? 皆さん」
そう小鳥たちにモルガンが笑いかけると、彼らはもちろんとばかりに羽をばたつかせ、チュンチュン、ピィピィと声を揃えます。
「と、言うわけでメイル嬢は安心して準備を。宝石のことは私にお任せください」
「よろしくお願いします。バーゼル卿」
改めて深く礼をするセラフィーヌに合わせ、小鳥たちも鳴き声をあげます。
そんな彼らに笑みを投げてから、モルガンは踵を返して、セラフィーヌがいる部屋から出ていったのでした。




