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「メイル嬢……これは美しい。まるで森の精が舞い降りたかのようですね」
「そんなバーゼル卿……過分なお言葉ですわ。それよりこのような素敵なドレス……本当にありがとうございます」
着替え終わったセラフィーヌが連れてこられたのは、大広間に連なる小部屋。そこで彼女はモルガンと落ち合いました。
「いえ、無理を言ったのは私ですから当然のことですーーさぁ、では作戦開始と行きましょうか」
そう言うとモルガンは広間へと通ずるドアを少しだけ開けます。
彼に促され、セラフィーヌは一緒にやってきた小鳥たちに声をかけました。
「じゃあみんな、よろしくね。ーーでも無理はしないで」
『もちろん! 任せとけって』
『よぉし、じゃ行くよ〜』
青い羽のジェレミーを先頭に大広間へ飛び立っていく小鳥たち。
彼らは心得ているのか、天井の装飾に紛れるかのように高く飛んだので、彼らの存在に気づいた者はそう多くありませんでした。
「本当に頼もしいですね。さ、では私達も向かいましょう」
「は、はい、モルガン様」
小鳥たちを見送ると、今度はモルガンがセラフィーヌに手を差し伸べます。
セラフィーヌはまるでお姫様にでもなった心地になりながら、その手を取り、彼と共に舞踏会の会場へと足を進めました。
「す、すごいですわ……こんなに人がいるなんて……」
「今年開かれる舞踏会では、最も規模が大きいですから……では、メイル嬢? 一曲お付き合い願えますか?」
広間ではすでに優美なワルツが流れ、人々がそれに合わせてステップを踏んでいます。モルガンはそっと天井高く舞う小鳥たちを目で追いつつ、セラフィーヌをダンスに誘いました。
「踊るのですか!?」
「はい。それが一番目立たずに会場を回れますから。ーーメイル嬢はダンスの経験は?」
「とても幼い頃に……少しだけ……」
母を亡くして以来、令嬢教育から遠ざかったセラフィーヌ。しかし彼女のか細い返事にもモルガンは、穏やかな笑みで返しました。
「充分です。できるだけゆっくり、基礎的なステップだけを踏むようにしますから、貴方は私に身を任せてください」
「わかりました。モルガン様」
そう言われてしまえば、断るわけにもいきません。
モルガンが優美な礼を披露すると、セラフィーヌも遠い記憶を頼りにおずおずと膝をおります。
それからモルガンはセラフィーヌの腰に手を回し、もう片方の手でセラフィーヌの手をそっと持ち上げました。
モルガンに促され、セラフィーヌが覚悟を決めたようにモルガンの腰に手を回すと、モルガンが軽く彼女の体を手前に引き、セラフィーヌの視線はゆっくりと回り始めるのでした。
「上手ではありませんか、メイル嬢」
「バーゼル卿のリードが素晴らしいのです。まさかこんな風に踊れる日が来るとは思っていませんでした」
身を任せれば良いという言葉どおり、モルガンは巧みにセラフィーヌを導きます。
彼女の負担にならないよう複雑なステップは省き、ゆっくりと会場を回るモルガン。
やがて一曲が終わるか、というところで、小鳥たちがセラフィーヌの頭上へ集まってきました。
「みんながなにか見つけたようですわ」
パタパタと羽を降って合図をするのはエクトル。
それを見たセラフィーヌがそっとモルガンに囁くと、彼は心得たとばかりに、彼女を会場の端へと連れて行きました。
「みんな! どうだったかしら?」
『もう綺麗だったわよ、セラフィーヌ! 本当にお姫様みたい』
『そうだけど、そうじゃないでしょ、ロザリー! あの男だよ』
「フフッ、ありがとうロザリー。そしてジェレミーはさすがね」
小鳥たちを代わる代わるそっと腕に止まらせつつ、セラフィーヌはモルガンに彼らの言葉を伝えます。
端からみれば、その姿はまさに小鳥と戯れる精霊のようでした。
「分かりましたメイル嬢。小鳥たちにも感謝申し上げます。あとはお任せをーー」
そう言うと、モルガンはサッと見を翻し、小鳥たちが見つけた男のほうへ向かいます。
そこからは見るも鮮やかな早業。騎士たちが来たことに気づいた男は隠し持っていた短刀を抜こうとしたようですが、すかさず別の騎士に取り押さえられます。騒ぎに気づき、慌てて加勢しようとした仲間たちも以下同様。
暗殺者とその仲間たちは、あっという間に会場の外へと連れて行かれました。
一方セラフィーヌはと言うと、どこからともなく現れた城の召使いにより、最初に案内された客間へと連れて行かれます。
そうして何故か、そのままあれよあれよとお世話をされたセラフィーヌは、疲れも相まってそのまま客間のベッドで熟睡してしまったのでした。
『美味しーい! 本当に美味しーい!』
『さっすがお城のシェフ手作りのパンよね。あっ、でももちろん一番はセラフィーヌのパンよ』
『ねぇ、セラフィーヌ? もう少しパンちょうだい?』
「フフッ、食べ過ぎは毒だからあと少ーしだけよ」
舞踏会から数日。セラフィーヌはお城の客間で、小鳥たちにパンをあげていました。
あの日、セラフィーヌが退出したあとの舞踏会は大騒ぎだったとか。
なにせそれなりに地位のある伯爵が、王太子暗殺未遂で拘束されたのです。
ただ、それ以上に招待客達の興味は、騒ぎの直前に小鳥たちと戯れていた愛らしい少女に向いていました。
どこかのご令嬢か、はたまた本当に精霊か? 噂はまたたく間に王都中に広がります。
さすがにこのままでは家に返せない、というモルガンとその上司たる王太子の判断で、セラフィーヌは当面城に滞在することとなっていました。
心地よい部屋、綺麗な服、美味しい食事。
これまで使用人同然に生きてきたセラフィーヌは、突然のことに戸惑いを隠せません。
「ねぇみんな? 私、こんなに幸せで良いのかしら?」
思わずこぼれたのは贅沢な不安。しかし、それに答えたのは小鳥たちではありませんでした。
「もちろんですよ、メイル嬢。あなたは殿下の命の恩人なのですから」
「バーゼル卿!」
いつの間にやら、窓辺で小鳥たちと戯れるセラフィーヌの元へやってきていたのはモルガン。
彼は、優しい微笑みをセラフィーヌに向けました。
「殿下もあなたにはとても感謝しています。メイル嬢はもっと自分に自信を持ってください」
「は、はい! モルガン様」
「よろしい。ところでなのですがメイル嬢。実は今日はあなたにお願いがあり、ここへ来たのです」
「お願い……ですか?」
実のところ、少なくとも1日に1度はセラフィーヌの顔を覗きにくるモルガン。
そんな彼のあらたまった言葉に、セラフィーヌと小鳥たちは揃って首をかしげました。
「実は陛下がメイル嬢にあらためて直接礼が言いたいと……で、出来ればあなたの魔法をこの目で見たいと言い出しまして……」
「魔法……つまりみんなとお話するところを見たい、と?」
「ええ、もちろん無理強いはしませんが……」
「ええと……私はかまいませんけど……」
小鳥たちはどうでしょう?
そんな気持ちでちょうど指に止まっているジョンに、視線を向けたセラフィーヌ。
すると小鳥たちは、「お安い御用」とばかりにピシッと翼を広げてみせました。
『僕達は構わないよね?』
『もちろん。親父の時はよくセラフィーヌの母さんと王様に会いに言ってたらしいし……』
「そ、そうなの!?」
思わぬ事実に目を剥くのはセラフィーヌ。そんな彼女に
「そういえば……先代の国王陛下は物知りの魔女と知り合いだったとか、聞いたことがあります」
とモルガンは呟きました。
「分かりました。でしたらそのお話、謹んでお受けいたします。ーーただ、私は陛下の御前に出るような教育をほとんど受けておらず……」
「でしたら問題ありません。陛下はお忙しい方で、すぐに謁見の時間を取れる訳ではありません。それまでに必要なことは手配します。少々忙しくなってしまいますが……」
「それはむしろーー大歓迎です! 実は……こうして何もすることなく過ごすのに少し罪悪感を感じておりまして……」
「分かりました。ですが無理は禁物ですよ」
神妙な顔で言うモルガンに、窓辺の小鳥たちは大きく頷くのでした。