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日々王都を飛び回る小鳥たちが、街の道に詳しいのは本当のこと。
王都の道は城に向かう馬車でごった返していましたが、小鳥たちの巧みな道案内のお陰で、セラフィーヌは無事、日没前に城の裏門に到着します。
ところがそこで待っていたのは、厳しい顔をした二人組の門番でした。
「ハッ! 王太子殿下の暗殺計画だと?……なんでそんな話を小汚い町娘風情が知ってるんだ」
「そうさ! いったい誰がそんな話してたんだよ」
「そ、それは……小鳥たちーー」
そこまで口にしてセラフィーヌはハッとしますが、後の祭り。彼女の言葉を聞いて門番達はますます大笑いしだしました。
「ハッハー……傑作だな。悪いけどこの国はおとぎの国じゃない。ーー人語を操るのは人間だけだ」
「そうそう! 夢でも見たんじゃないか?」
そう言ってまた大きな笑い声を出す門番2人。セラフィーヌの後ろでは小鳥たちがなんとか援護しようと、声を上げますが、当然門番達には「ピィピィ、チュンチュン」としか聞こえません。
「さぁ、お嬢さん。さっさと帰った帰った。僕達だって手荒な真似はしたくないんだ」
「キャァ」
手荒な真似はしない、と言いつつセラフィーヌをドンと小突く門番。兵士として鍛えた男の人にそんなことをされれば、小柄なセラフィーヌはひとたまりもありません。
足をよろめかせ、後ろに倒れそうになるセラフィーヌ。しかし、予想していた痛みはやってきませんでした。
「大丈夫ですか? お嬢さん?」
誰かに抱き止められたことに気づき、ギュッと閉じていた目を開いたセラフィーヌ。
その目に飛び込んで来たのは、白地に金糸があしらわれた軍服の背の高い美青年でした。
「は、はい……ありがとうございます……ってぇぇぇ!」
「良かった……怪我はないですね」
青年の優しい声にドキリとしつつ、礼を言うセラフィーヌ。しかし、その視界がはっきりすると同時に彼女は驚愕の叫び声を上げました。
「は、はい! それより、貴方様はもしかしなくても……こ、近衛の騎士様ですか!?」
「ええ、近衛第2小隊所属、モルガン・ド・バーゼルと申します。以後お見知り置きを」
「は、はぃ……私はセラフィーヌ・ド・メイルと申します。助けていただき感謝いたします……」
服装から騎士の中でも、エリート中のエリートである近衛騎士だと推測したセラフィーヌ。
しかし、彼の名乗った家名が王国中に名の知れた侯爵家のもので、所属も王太子を守る精鋭部隊だったことには思わず顔を引き攣らせました。
一方、彼の登場におののいたのは門番たちも同じでした。同じ騎士団所属とはいえ、彼らにとって近衛は雲の上の存在なのです。
思わずそっと後退りする門番たちですが、モルガンはそれを許しませんでした。
「貴方達。御婦人を小突くとはまた穏やかではありませんが、何があったのですか」
「ハイッ! その令嬢は小鳥に王太子殿下の暗殺計画を知らされた、と夢見事を申しておりますので、不審人物と判断いたしました」
鋭い眼光に門番2人はカチンと固まります。
それでもすぐに敬礼をすると、彼女を小突いた方の男が、そう返事をしました。
「なるほどーー確かに聞くだけならおとぎ話のようですね。しかし、だからといって一蹴するのは早計です」
「この者の言うことを信じると仰るのですか?」
「全ては詳しく話を聞いてからです。さ、お嬢さん? どうぞこちらへ」
そう言うとモルガンは長い手をセラフィーヌに差し出します。
そのガッシリとした手でそっとエスコートされ、セラフィーヌはお城の中へと案内されたのでした。
セラフィーヌが連れてこられたのは、それはもう立派な調度品で囲まれた客間です。
彼女は勧められるがままに、ふかふかのソファにおっかなびっくり腰を下ろしました。
「先ほどは彼らが申し訳ない、メイル嬢」
「いえ。お二方の反応は当然です。むしろ……どうしてバーゼル卿は信じてくださるのですか?」
「貴方が嘘をおっしゃっているようには思えないのでーーそれに後ろにいらっしゃるお友達が、何かを訴えていることは分かりましたから……」
「バーゼル卿……ありがとうございます……」
先ほど小鳥たちが必死にセラフィーヌを擁護してくれたことは、無駄ではありませんでした。
セラフィーヌはいつの間にか客間の窓辺に陣取っていた小鳥たちにも、「ありがとう」の意を込めてそっと微笑みました。
「さて、それでメイル嬢? 早速ですが、小鳥たちが教えてくれた話とはどのようなものでしょうか?」
「は、はい! その……あの青い羽の3羽が貴族街で内緒話を聞いたとーー」
モルガンに促され、セラフィーヌは先ほど小鳥たちに聞いたばかりの話をします。
自分で話していても滑稽な話ですが、モルガンは笑うことも呆れることもなく、ただただ真剣にセラフィーヌの話を聞いてくれました。
「なるほど。王太子殿下に敵が多いのは事実です。
……正直それだけの情報では相手が絞りきれないほどーー
例えば小鳥たちはその者の名前など聞いてないでしょうか?」
「名前ですか? ……どうでしょう……ねぇ、みんな?」
確かに小鳥たちが教えてくれた情報だけでは、暗殺者の特定には至りません。
セラフィーヌは窓辺でこちらを見つめる小鳥たちにそう問いかけましたが、残念ながら彼らは揃って大きく首を振りました。
『悪いけど、僕達は名前を覚える習慣がないんだ……』
『セラフィーヌは特別よ』
「申し訳ありません。名前はわからないと」
「そうですか……では、容姿はどうでしょう?」
『ガッシリしてたよ、背も高くて……そう騎士さんぐらい。髪の色は茶色』
「ーーだ、そうですが、いかがでしょうか?」
「それは有益な情報ですね。ただ、それだけではまだ特定には至りません」
「そうですよね……」
モルガンの言葉にセラフィーヌは肩を落とします。と、そこでモルガンは思わぬ提案を彼女にしました。
「ちなみにですが、もしその本人を見ることが出来れば、小鳥たちは『この人だ』と分かりますか?」
「えっと……どうかしら? みんな?」
『それはもちろん! 今日のことだからバッチリ覚えているよ』
『けど、どうやってその人と会うの? それに僕達が話せる相手はセラフィーヌだけだよ』
セラフィーヌの問いに間髪入れずに答えつつ、不思議そうな顔をする小鳥たち。
しかし、モルガンはセラフィーヌが通訳した小鳥たちの言葉に満足そうに頷き、それから窓辺のほうへ視線を向けました。
「でしたらお願いがあります。きっと暗殺者は今日の舞踏会の会場に現れるでしょう。皆さんには会場を飛んで、その暗殺者を見つけていただきたいのです。見つけたらメイル嬢に伝えてください。その後は我々が対応します」
「あの! ……小鳥たちが会場を飛んで良いのですか? それにその方法だと私も会場に入ることになりますが……」
思わず粗末なワンピースを握りしめるセラフィーヌ。
しかし、モルガンはその手をやさしく包みこみ、そっとほどきました。
「ドレスはこちらで用意します。エスコートは私が……決して恥はかかせません。それに、舞踏会では様々な余興があるものですから、小鳥たちが飛んでいてもそういうった趣向だと皆思うでしょうーーいかがでしょうか?」
「そういうことでしたら、私はかまいませんが……みんなはどうかしら?」
『僕達は問題ないよ。奴なんてすぐ見つけてやるよ!』
『私達も行くわ。舞踏会を見れる機会なんてそうそうないもの』
『お礼はお城のシェフのパンで良いよー』
セラフィーヌの問いに返ってくるのは元気な返事。食いしん坊のレイモンの言葉にセラフィーヌは思わずクスリと笑みをこぼします。
「その様子だと、良い返事をいただけたようですね。皆さんに感謝いたします。ーーでは、早速着替えてもらいましょうか」
窓辺に向かい、小鳥たちに優美な礼を披露したモルガンは、続いてチリンと呼び鈴を鳴らします。
瞬く間に現れたのは、お仕着せ姿の城の召使いたち。彼らはモルガンの一言二言でしっかり事態を理解すると、あっという間に仕事を始めます。
そうして一刻もしないうちに、セラフィーヌは美しい水色のドレス姿に変身していたのでした。