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むかし、むかし。
とある王国に魔女がおりました。
彼女は非常に優秀な魔女でしたが、ある年の冬、たちの悪い流行病にかかってしまいます。
弱る一方の彼女の心残りはまだ幼い一人娘のこと。そして彼女にまだ、ほとんど魔法を教えられていないことでした。
死の直前。枕元で彼女にすがる娘に、魔女はそっと青い宝石のついた首飾りを握らせ、囁きます。
「いいこと……セラフィーヌ? ……辛い時、寂しい時はこの首飾りを握りなさい。そうしてこう唱えるのーー」
それから数刻もせず、魔女は天国へ旅立ってしまいました。しかし、魔女の娘の悲劇は続きます。
妻のことを内心不気味に思っていたセラフィーヌの父は、これ幸いと新しい妻を迎えます。
彼女と、彼女が連れてきたセラフィーヌの義姉は美しい人でしたが、意地悪な人でもありました。
彼女たちは前の妻の子であるセラフィーヌを嫌い、ドレスや装飾品をほとんど奪うと、屋根裏の小さな部屋に押し込めます。
セラフィーヌの家は由緒正しい男爵家でしたが、派手好きな2人の散財によってその財産はみるみる減っていきました。
そうして、使用人を雇う余裕すらなくなると、今度はセラフィーヌを使用人のようにこき使うようになるのでした。
朝から晩まで、働き詰めの可哀想なセラフィーヌ。
ーーでも、そんなセラフィーヌには小さなお友達がおりました。
「さあ、みんな? お話を聞かせてくださいな」
セラフィーヌの朝は日の出と共に始まります。お湯を沸かして、朝食を準備して……仕事はたくさんありますが、彼女にはその前に日課としていることがありました。
今日も母からもらった首飾りをギュッと握りしめ、窓の外に向かって唱えるセラフィーヌ。
すると、手の中の首飾りはうっすら青い光を放ち、その光に誘われるように、窓辺には数羽の小鳥たちが集まってきました。
『おはよう! セラフィーヌ、今日も早いね』
『今日は天気が良いよ! 少し暑くなりそうかな』
『ねぇねぇ、今日もパンをくださいな』
「おはよう! ジェレミー」
「まあ、エクトル! あなたの天気予報はよく当たるものね。じゃあ、今日は薄手の服にしましょうか」
「フフッ! わかったわ、レイモン。今、持ってくるわね」
まず、部屋に入って来たのは、青い羽の3兄弟。
セラフィーヌは、彼らに昨日取っておいたパンの残りを小さくちぎって差し出します。
我先にとセラフィーヌの手に向かう小鳥たち。その様子を見てか、今度は緑の羽の小鳥が2羽、その後ろからは白い羽の小鳥も屋根裏部屋に飛び込んで来ました。
「さ、みんな、交代よ。ロザリーにリュシーもおはよう! あら!? ミレーヌじゃない、久しぶりね」
『『おはよう! セラフィーヌ』』
『ちょっと隣町まで出かけてたの。セラフィーヌのパンが恋しかったわ』
「まあっ! 上手なこと。街にはもっと美味しいパン屋さんがあるでしょう?」
『『『そうだけど、やっぱりセラフィーヌのパンが一番だよ』』』
セラフィーヌの言葉に、最初にやってきた小鳥達が声を合わせます。夢中でパンを頬張っていた小鳥たちも大きく頷きました。
もう皆さん、おわかりでしょう?
魔女が最期に授けた魔法。それは、鳥と会話をする魔法でした。
「そういえばみんな? 街の様子はどうかしら……何か変わったことはあった?」
小鳥達がひとしきりパンを食べ終えたところで、セラフィーヌはみんなにそう尋ねます。
彼らはセラフィーヌにとって大事なお友達。
そして、外出を禁じられているセラフィーヌに、外の様子を教えてくれる存在でもありました。
『うーん……そうだね……小麦は今年も豊作みたい。鍛冶屋の奥さんがそう話していたよ』
『でも、葡萄が不作だから葡萄酒が高いって旦那さんは嘆いていたねーー』
セラフィーヌの質問にまず答えるのは、青い羽のジェレミーとレイモン。
と、そんな2人の横では緑の羽のロザリーが、大きなため息を付きました。
『もうっ! どうして男どもは食べ物の話ばっかりなの? セラフィーヌが知りたいのはそんなことじゃないわよね?』
「い、いや……そんなこともないけど……」
『そうよ! 今、街の話題と言えばなんといってもお城の舞踏会。もちろん、セラフィーヌも行くわよね?』
「舞踏会? お城の?」
ロザリーと同じような仕草で続けたリュシーに、セラフィーヌは「よくわからない」とばかりに首をかしげました。
『もしかして……セラフィーヌには招待状が届いてないの? そんなはずないわ。なんでも王子様の妃選びをするから、王都中の貴族の娘が呼ばれているそうよ』
「ーー初耳だわ。……あっ! でもそういえば最近、義姉様のドレスを縫うように言いつけられてるの。もしかしたらそのせいかしら?」
『そのせいかしら? ……じゃないわよセラフィーヌ。あの意地悪な人たちの言いなりで良いの?』
プンプンと言った様子で、翼を震わせるのは白い羽のミレーヌ。他の5羽もそれには大きく頷きました。
「そうだけど……美人の義姉さんならともかく、私が行ったところで選ばれはしないわ。ここでみんなとお話出来るだけ幸せよ」
『もう……セラフィーヌったら……』
呆れつつも、まんざらでもなさそうなのはリュシー。と、そこで遠くのほうで「ボーン」という鐘の音が聞こえました。
「まぁっ! 大変、もうこんな時間ね。急いで朝ごはんの準備をしないと! じゃあ、みんなまた後でね」
鐘の音は朝を知らせるもの。もう一刻もすれば義母達も起きてきます。それまでに朝食を準備しなければ、きっとセラフィーヌは厳しく叱られるでしょう。
バタバタと木綿のワンピースに着替え、屋根裏部屋を飛び出る彼女。
そんなセラフィーヌに小鳥達は「やれやれ」とばかりに頷きあったのでした。
『ねぇ、セラフィーヌ? 本当に舞踏会には行かないの?』
それから数日後の夕暮れ時。セラフィーヌは不満げな表情のロザリーとリュシー、それにミレーヌに囲まれていました。
「だって…ドレスも馬車もないもの……それに私なんて舞踏会に行ったって相手にされないわよ?」
『『そんなの行ってみないと分からないじゃない!』』
今日は、王都中が待ちに待った王太子様のお妃選びの舞踏会の日。セラフィーヌの義姉もこの日のためにセラフィーヌが縫ったドレスを纏い、意気揚々とでかけて行きました。もちろん、義母と父も一緒。
セラフィーヌは、当然留守番です。
舞踏会に行ってみたい気持ちはあるものの、普段着でお城に行ったって追い返されるだけ。
思わずため息をつくセラフィーヌの手を、リュシーとロザリーは励ますように啄みました。
一方ミレーヌはポンっとセラフィーヌの肩に乗ります。
「ちょっとっ……くすぐったいわ、二人ともーーでもみんな、ありがとう」
必死に自分を励まそうとしてくれるみんなに、心がぽかぽかとしてくるセラフィーヌ。
と、そこへ別の声が聞こえてきました。
『でも行かなくて正解だよ、舞踏会なんて』
『そうそう! わざわざ自分から危ない目に合いに行く必要なんてないよ』
『ジェレミーにエクトル? それにレイモンもどうしたの?』
開け放っていた窓から勢いよくセラフィーヌの元へやってきたのは、青い羽の3兄弟です。
『……昼間に貴族街を飛んでいたら偶然聞こえてきたんだ。高そうな服の男が短刀を磨きながら、『これで王子を亡き者に』って周りの召使い達に話してるのをーー』
『今夜の舞踏会は規模が大きいから、襲いやすいんだってさ。王子も大変だよね』
『王子は優秀だけど、敵も多いって聞いたことがあるよ』
「つまり王太子殿下の暗殺計画……? って大変じゃない! すぐにお城の騎士様に知らせないと!」
セラフィーヌはもちろん王太子殿下に会ったことなどありませんが、その優秀さは鳥の噂に聞いています。
そんな人を暗殺しようなどとんでもない。慌てて立ち上がったセラフィーヌの足元では、小鳥たちが『ちょっと待った』とばかりに騒ぎ始めました。
『ねぇ、セラフィーヌ? まさかお城に行くつもり? あんなに行かないって言ってたのに……』
『王子の周りには強ーい騎士さんがいっぱいいるんでしょ? わざわざセラフィーヌが教えに行く必要ないよ』
『そうだわ。危ないことが起こるってわかってる場所に行くなんて……私、反対だわ』
小鳥たちは小さな翼をパタパタと羽ばたかせ、セラフィーヌを押し留めるように彼女の周りを飛び回りました。
「心配してくれてありがとう……でもーーやっぱり私行かないと! お母様の魔法のおかげで計画を知れたのに、黙ってるなんて出来ないわ」
『『『セラフィーヌ……』』』
飛び回る小鳥たちに腕を差し出しつつ微笑みかけるセラフィーヌ。でもその笑みには密かな決意が浮かんでいました。
『わかったわ、セラフィーヌ。確かにこれで王子があっけなく死んじゃったら夢見悪いものね。私もついていくわ、リュシーも来るわよね』
『もちろんよ、ロザリー』
「えっ!? リュシーにロザリー?」
『僕達もついていくよ、こういう時は証人? がいるでしょ?』
『お城までの近道なら僕らに任せて!』
『言い出したのは僕達だしね、責任はとるよーー』
「み、みんな? でも危ないのよ……」
『『『セラフィーヌには言われたくない!』』』
城まで着いていく、という小鳥たちに焦りだすセラフィーヌ。だが、小鳥たちは『そこは譲れない』とばかりに大きく羽を振りました。
『私達は飛べるもの……何かあったらすぐに逃げるわ』
「そうかも知れないけど……」
『よしっ、じゃあ決まりだな。舞踏会は日没からだろ? 時間がない、急ぐぞ』
『『『『『オー』』』』』
「ちょっと待って、みんな! 私は飛べないのよ」
勢い余ってなのか、セラフィーヌを置いてけぼりに窓辺から飛び立つ小鳥たち。
セラフィーヌはそんな彼等を見失わないよう、慌てて屋敷から飛び出して行くのでした。