第2話 揺籃の理
原理の全ては全能神の御手から始まっている。
この星の、大気の女神であるレイシャルたち造形神もその一つだ。
レイシャルはピューニャのもとに向かう中で、全能神が初めて"人間"を創造した時のことを強烈に思い出した。
全能神は声高らかに喜びながら"人間"を抱きしめていた。
『できた!やっとできた!』
その声は歓喜に満ちていたが、どこか追い詰められた響きがあった。
呼び出されたものの、暇を与えられたレイシャルは、草木の風の揺れ動きをずっと観察していた。
何度も繰り返し無の状態から"人間"を造るのを見飽きていたから、その"人間"も何回造り直されたかわからない。
細部までこだわり、1つでも思いのままになっていないと無に消す。
全能神は完璧を求める。レイシャルはそう素直に思っていた。
『レイシャル!』
レイシャルを呼びかける全能神の音を乗せた風が、心地よかった。
言葉で伝えることはできなかったが、呼ばれた時は一風吹かせて全能神の元に駆け寄る。
『見てくれ。人間と名付けた』
『人間、ですか』
姿形は全能神とほぼ一緒。
頭1つ分、"人間"の方が背が高い。
人間と呼ばれた生物は草原に横たわって眠っていた。
胸が膨らんだり、萎んだりとゆっくり規則正しく動き、大気を吸ってこの星で命を燃やしている。
『これは……すごいぞ。ようやく、見せられるものができた』
人間を見つめる目には期待と希望が詰まっていて、嬉しいという感情を全面に出している全能神を久しぶりに見ることができた。
レイシャルは、その表情を見て風がそっと渦を巻いた。
ほんの数日前まで、全能神は草原から動かなくなっていたのに。
目の前にいる"人間"とは対照的に、岩陰に隠れて音を立てないように、何にも見つからないように小さくなっていた。
その姿が、レイシャルには少しだけ怖かった。
しかし、ある日突然、何事もなかったかのように起き上がり、全能神は何日もかけて"人間"を造り上げた。
自身が造った"人間"に魅了されて目を離さないでいる全能神に、レイシャルは質問した。
『何故同じ姿の種を作るのですか?』
全能神がレイシャルたち神々を造ったのも、元はこの全能神の姿に似ている。
『……レイシャルは"美しい"というものの本質を理解しているか?』
『美しい……?』
全能神は首を振った。
『美とは形の模倣ではない。それは、生命、理、法則、すべてがたどり着く揺り籠なのだ。誰かの好みでも、暴力の象徴でもない』
全能神が手をかざすと、光が静かに集まり、手元で形を成し始めた。
翼あるもの。
ヒレを持つもの。
長い首。
鋭い牙。
全て形作られ、全て中心の光から外れた瞬間に消えてゆく。
やがて中心の光は輝きを失い、たちどころに泥色の液状へと崩れ落ちた。
うごめく泥は、全能神の手から離れ、草原に堕ちると理から外れたように動きが鈍くなる。
その様子を、全能神は満足げにうなずき、言葉を続けた。
『存在そのものが、調和の中心に座す姿。必然としてこの形は、世界の美に収束した。それこそが、美の本質だ。美しいと感じるものへの原理なのだ。』
泥は"人間"の傍まで這いずり、そして動かなくなった。
この星の理と触れ、泥は呼応するかのように震えてその姿と形を波打つ。
ゆっくりと輪郭を形成し、徐々に生物としての形を定めていく。
全能神のような姿ではあるが、"人間"のような肌、暖かさを宿したどこか曲線的で豊満な体。
やがて泥だったものは静かに変化を止めた。
隣で眠る人間と寄り添うように横たわる。
2人の寝息と鼓動が重なり合い、星の呼吸に溶け込むように調和していく。
それは、"人間"の対の存在の、初めての誕生だった。
全能神はレイシャルに向き合い、2人を指さした。
『それじゃあ、いつものように環境観察から』
興奮した声色を、全能神は静かに温度を落としていった。
ここからが、全能神に与えられた大気の女神レイシャルの"仕事"だ。
『どう生きて、どう死んだのか。それを見ていなさい。過程も結果も全能神はどうでもいい』
一陣の春風が吹く。
ありとあらゆるものを創造することができる全能神。
神は、創り出した生命や現象に名前を付けて星へ放つ。
《 その生命や現象がどのようにこの星に作用するか見届けること 》
創造物を観察し、全能神に報告する。
それが大気の女神レイシャルに与えられた仕事だった。
レイシャルが他の神々よりも全能神に会う機会が多かったのは、その為だ。
それは全能神の造形物に対する情熱が、レイシャルの役目と深く結びついていたからだ。
それだけ言い放つと、全能神はふつりと消えていた。
星の外へでも行ってしまわれたのだろう。
取り残されたレイシャルは改めて人間を見つめた。
寝息を立てていた人間が、もぞりと動き出したのだ。
――その時と同じように。
レイシャルは大気を大きく動かして、人間の生存に必要な風を世界中に行きわたらせた。
レイシャルにとって人間は特別な存在ではない。
ただ、この星を立て直すためにも、これ以上の犠牲を望んでいなかった。
上空から地上を見下ろすと、人間の国があった場所は見渡す限りどこも火の海となり、黒い煙と鼻を刺すほどの酷い臭いが夜空へと登っている。
やがて、レイシャルは思い出の草原を通る。
初めて人間の夫婦が造られた草原。
森に囲まれた草原は月明かりだけが頼りのはずだった。
だが、草原を囲む森でさえも、何かの爪痕のように亀裂ができ断層が不自然に膨れ上がっている。
しかしそこには、ランタンに火を灯した1人の人間がいた。
星空を見上げ、呆然と佇んでいるのは煙と灰で煤けた顔の少年。
その姿に、どこか全能神の面影がよぎる。
レイシャルは草原を上空から通過しつつも少年を見つめた。
少年もまた、風の流れを読み取ってレイシャルの存在を知覚したのだろうか。
ゆっくりと視線を上げて、レイシャルと視線がかみ合う。
その瞬間、凄まじい怒りと恨みの宿った瞳を激しく揺らし、レイシャルを鋭く睨みつけた。
「――っ」
涙を流しきった顔を大きなフードで隠し、国とは反対の方向に走っていった。
ランタンの灯が暗闇の草原から離れて行く。
レイシャルは、音を司る女神ピューニャの住むウェルンの森へ向かっているが、先ほどの人間の表情が忘れられなかった。
あの炎のような感情。
それは悪いものだとレイシャルは知っている。
この地であの感情を最初に見せたのは、――全能神だった。
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