最後の塔のダンジョン
大変お待たせいたしました
やっと最後の塔にたどり着きました
お待ちいただいた方々、待っていてくれてありがとうございます
最後の塔の主 EPISODE3 主との対面
1,ネクロマンサーの憂鬱
賢者の偵察やエルフの野営地を隠す魔法、どんな状況であれ息子は取り返した。後続部隊は皆信頼できる者ばかりでゆったり過ごせるはずなのに、サーラは嫌な予感が消えない。
野営地の端の大きな木にもたれて、皆の動きを見ていた。
上空を先程から鳩が一羽づつ飛んで旋回しては同じ方角に飛んでいくのが見えた。エルフの施した目眩ましで相手からは見えていないようで、広大なオークの町の周辺を鳩が飛んでいる。
サーラは一応、賢者にそれを報告した。
それでもまだ、不安は消えない。
「ドクとキングクロウドになにかあったのかしら」
気がつけば独り言を言っていた。近くで賢者がその様子を見ていた。近寄ってきた賢者が声をかけた。
「あの二人が帰ってきたら何かしらの動きがあるでしょう。心配になるのもわかりますが、少し休んでください。動き始めたら体力勝負になるかもしれません」
「はい」
サーラは小さく頷いた。
オークの町に入ったドクは宿屋を探した。キングは黒猫サイズになってもらい、ドクのペットのようにして宿に泊まった。宿泊先の部屋が決まると、キングは窓から町へと飛び出していった。
ドクは行商の荷物を部屋に置くと、情報収集のために宿屋の食堂へ降りていった。
宿のカウンターは食堂のカウンターも兼ねている。
夕飯を頼みながら、宿の主人と話し始めた。
「なあ、ちょっと聞きたいのだが」
「なんだい?」
「実はライトゾーンへ頼まれた荷物を届けないと行けないのだが、通る予定だった橋の手前の道にものすごい数の矢が刺さっていて、怖くて引き返してきたのだ。この町も火事にあったような家が何件もあるし何かあったのか?」
カウンター越しの主人が『この男は遠くから来たのか』と思ったらしく、ため息を一つ吐いてから話し始めた。
「ちょっと長くなるが、全部聞いていくか?短くざっくりした話を聞いていくか?」
「できれば全部聞いておきたい。この後通るルートにも影響しそうだし」
「そうか。ちょっと待ってろ」
そう言って、注文した料理とパンを持ってきた。パンといってもこの辺りのパンは柔らかいタコスやナンのようなもので、注文した料理を巻いて食べたり、スープに浸して食べたりする。主人が注文外のチーズのスープをサービスで出してくれた。
「これは、話が長くなるからサービスだ」
「ありがとう。うまそうな匂いだな。羊のチーズか?」
「あぁ、そうだ。今年の新物だ」
店主が「早く食べてみろ」という表情だったので、パンを浸して食べてみた。
「うま!」
「だろ!」
ニコニコしながら店主が言った。ドクは匂いも気に入ったようで、パンに着けたスープの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。そして美味しそうにほうばった。
「この町で一泊できてよかったよ。うまいな~……」
「2日前に来たらそんなことは言えなかったかもしれない」
「一体、何があったんだ?」
店主は少し周囲を見渡してから雑音にまみれて、ドクにしか届かないくらいの声量で話し始めた。
「つい先日、この町は魔法攻撃にあったのだ。最初の攻撃はただの爆発事故かと思って皆で消火活動をしていたけど、その後、10分毎にまた爆発がおきた。そうやって何度か町中で爆発が起こった。後で分かったのだけど、中心から放射線状に等間隔にまんべんなく魔法攻撃を受けていたらしい」
「ダークゾーンは物理と魔法の組み合わせで町を守っているはずじゃないのか?オークの町なら魔法防御の種族と一緒に住んで、防御を受けていたんじゃ?伝染病か何かで魔法系の種族全滅してしまったのか?」
店主は後悔しているようなため息をついて話を続けた。
「以前はバーンさんという塔の主の友人がこの町を補佐してくれていたのだが……。彼が強化人種の高位魔導士としてこの町を魔法攻撃から守っていただけでなく、病気やけがの治療にもしてくれていた。ある日、ライトゾーンに住む人間の行商人から何かを言い含められたオークの若者がバーンさんの治療院に来て暴れたのさ。ケガ人も病人もいっぱいいる中で状況把握するために暴れるオークの若者の所へ向かったバーンさんが倒れた人たちの応急処置のための軽いヒールを施している背中に毒の塗られた短剣を突き刺して殺してしまった。バーンさんも安全なはずの町の中でこんなことが起こるとは思っていなかったようで『油断した』と死の間際に言ったそうだ」
「あとの強化人種はその後、状況改善のための魔法を使わなかったのか?」
「バーンさんの治療院にはオークも強化人種もそのハーフも皆通っていた。それを襲ったオークを強化人種は許せなかったのか、その若者を治療院の塔のてっぺんに生きたまま吊り下げて治療院を閉めたのさ。その後、治療院が開くことはなく、強化人種の様子もおかしかった。どうもその行商人の人間は井戸や水源に強化人種には有害な毒を流して町を去ったようで、強化人種の中毒死が相次ぎ、オークの混血と強化人種はこの町から去ってしまった。最後の塔の主自らこの町にやってきて、原因を確かめてその事実が発覚したのだよ。それからはこの町は物理的な攻撃と防御だけの町になった。強化人種は魔法系の種族にしては体が丈夫な一族だったのに、それでも勝てない毒の水を飲める魔法系に心当たりがなかったらしい」
「だからこの町の入口に『魔法系の方ご遠慮ください』って看板があったのか……」
店主は黙ってうなずいた。
「困ったもんだよ。そんなこともあって、魔法防御のないこの町は魔法攻撃に弱い。それなのに、先日の攻撃さ。魔法防御がないって知ってる確信犯としか思えないよね。ケガ人も死人も出たけど、治療は昔ながらの薬草と自己回復力だけさ。魔法職の種族が来ないからポーションがほとんどなくてね」
その話を聞いて思い出した。賢者とバーンが『これを持っていって機会があれば分けてやれ』とポーションを大量に持たされたことを。ドクはバッと立ち上がって、店主に「ちょっと待ってて」といい部屋へ急いだ。大きな箱に大量に入ったポーション(多分100本はある)を持って、部屋から戻ってきた。
大きな木箱をカウンターへのせて、ドクが店主に渡した。
「行商の商品だが、よかったら使ってくれ。次に行くところは魔法師や教会の発達した町だから、ここで全部置いて行っても困らないんだ。情報料として受け取ってくれ」
そう言って店主に箱を開けて中身を見せた。ポーションがぎっしり詰まっている。
「ありがとう……」
涙ぐみながら、ポーションを受け取った店主は紛いなりにも治療院を行っている者にポーションの箱をわたすために治療院の人間を呼んでくるように従業員に声をかけた。店主はドクに向き直ってドクの手を固く握った。
「本当にありがとう。あんたも知っての通り、オークは回復力が高いがそれでも限度があるから、ポーションがあるかないかでかなり違うんだよ。通りすがりの町のために本当にありがたい」
「同じオークだが、俺は物のあるところを移動する商人だから、何か足りなくなるとすぐ補充してという習慣がついているせいか物のありがたみがわかっていないのかもしれないな……」
「そんなことないさ。きっとありがたさが分かっているから、『困っている』と言っている俺たちに『情報料』と言いながら無料でこんなにポーションを分けてくれたじゃないか」
そして二人のオークは、握手した相手の肘を空いている手でさするというオーク独特の握手を交わした。
ドクが話の続きを聞きはじめた。
「ところで、攻撃してきた相手は把握できているのかい?」
「町が混乱しているところに『帝国の皇太子』ってやつと『聖女』ってのが来て、『この町を不浄の物から浄化します』とか言って、町の真ん中にある井戸に『聖水』とか言いながら水を入れていった。みんな気持ち悪がって飲みたくないから山から引いてきている別の水源から飲み水を確保している。強化人種の一件があるから皆慎重なのさ」
「なるほどな……。途中の矢が刺さった道路もその人たちの仕業かもな」
ある程度の情報収集をして、キングクロウドのご飯も別に準備してもらいドクは部屋に引き上げた。
夜中に、防御用の魔法陣を構築するために必要な依り代を配置し終わった黒猫がドクの部屋に帰ってきた。
そして、翌日、彼らは町を去った。
2、朝霧の香り
サーラの元にドクとキングクロウドが帰ってきた。
キングクロウドはバーンに言われた場所に防御用の結界の依り代を設置してきた。ドクは収集した情報を報告した。
賢者、バーン、サーラ親子、アンバー卿、ヴァレンタイン卿、ミカエルとルシフェルが報告会に参加した。
バーンがサーラの使い魔になった原因も皇太子たちにあったようだということも分かった。だが、当時、指示を出したのはおそらくその父の皇帝だったであろう。
ルミナスの皇帝は先代が落馬事故で死亡したため、現皇帝が20代前半で即位している。若輩者が平和な帝国を引継ぎ、可もなく不可もなく治めて、近隣諸国の中では最強だったため特に攻めてくる国もないそんな国の為政者になって約30年。その間、一度も粗相がないほど、彼はできた人間でも賢くもなかった。
過去にもダークゾーンに手を出したことがあり、その時にバーンが犠牲になっていた。
作戦実行中に皇帝は賢い妃を迎え、やんわりと懐柔されダークゾーンの侵攻を中止した。
ではなぜ、また動き始めたかというと、彼女が亡くなりその後に懇意にしていた側室にダークゾーン侵攻及びミュラード神信仰をそそのかされたからだ。彼女の家族の政治的な心情としては教皇寄りなので、なおさらそうなってしまったのだろう。
皇太子も母の思想は受け継がす、多少の頭の回転の速さ以外は父親譲りであった。
「キングクロウドに頼んで防御結界の礎はできたが、タイミングが良くないと皆犠牲になってしまいそうだ」
バーンが心配そうに賢者を見ながら言った。
「最悪、サーラに頼るしかないだろう。攻撃が分かったタイミングで結界を張ったとして、近くに我らが見えれば攻撃はこちらに向くだろう。オークの町付近にはこの規模の集団を隠しておける森などもなし、オークの町の結界と個々で動いている騎士に結界を張るのもかなり至難の業だな」
バーンも渋い顔で頷いていた。賢者が話を続けた。
「水鏡で観察した内容だと、明日には攻撃するようだ。我らのことはすでに全員死亡と考えているようだ。あれだけの矢が全部出るほどの旋風にあったと思われているようだ。川も近いし、ついでに川に少し偽装もしたから騎士が流されたと思っていることだろう。エルフたちのおかげで、明日までは平和だが、明日からは慌ただしい。今日はゆっくり休んで明日に備えてほしい」
バーンが賢者の話の後を継ぐように口を開いた。
「オークの町へ行った時が決戦の時になるだろう。町が防御されたら、近くにいる我らに攻撃の矛先が移るだろう。私はすでにサーラの使い魔、つまり死んでいるので使い魔としていくらでも再生ができる。ただ、アンバー卿とヴァレンタイン卿は直接攻撃のターゲットになる可能性が高い。オークの町の近くに行くときは、私がサーラを完全防御しながら二人のすぐ後を行きます。何かあったら、すぐにサーラの使い魔になり、一旦使い魔として召喚解除、つまり姿を消しましょう。そうすればターゲットが絞れなくなり、攻撃が散漫になるでしょう。その間に、なるべく速やかにオークの町の中へ入ってください」
「人が入ったら嫌がられないかな?」
サーラがぽつりとつぶやいた。
人の心はなかなか難しいものだ。話を聞くと『バーンさんがいた時代は良かった』とはいっても、一部の人たちの逆恨みや襲撃された後の強化人間の対応に反感を持ったままのオークも少なからずいる。
「それは行ってみないとわからない。でも行かなければ、オークの村は早晩破滅させられるだろう」
バーンが重い口調で答えた。
翌朝、賢者は誰かと連絡を取っていた。鏡のようなものに向かって話しかけていた。鏡からも返事か聞こえた。小さな声でやり取りしていたようで、内容までは聞こえなかったが、サーラはその物音で目が覚めた。
眠い目をこすり、周りをきょろきょろ見渡して状況を把握した。
「すまないね。起こしてしまったかな」
賢者が後ろから声をかけてきた。
賢者に向き合ったサーラが返事をした。
「おはようございます。今朝は早く起床されたんですね」
「あぁ、色々準備しないといけないことが多くてね。敵情視察も必要だから」
「そうですね。私も簡単に身支度します」
そう言ってサーラは寝床を片付け身支度を始めた。
朝食準備担当の騎士が数名起きだして準備し始めた。エルフたちも結界を引き払う準備を始めた。人がいた形跡を消すための仕掛けをしている。
具体的には、人が寝起きしたり歩いて踏みつぶしたり、馬が食べた草を立ち去って三十分以内に、何事もなかったように茂らせるための薬品の準備や、薪として使った小枝を落とすための風魔法の準備などだ。
移動開始の準備を進めながら、行軍のフォーメーションを確認し、敵陣でのこちらの観測状況を確認してオークの町へ移動し始めた。
そのころ、最後の塔の主も賢者と同じような水鏡で状況を確認し始めた。
賢者が蝙蝠の方の従者を最後の塔の主へ送っていた。状況の説明はうけていたが、自分の意図しないところで、しかも以前も被害にあったオークの町をまた狙われていたとあっては気に入らない。
雄山羊の頭からは表情は読み取れないが、機嫌が良くはないという空気がピリピリと伝わる。
「ムシケラめ。同じことを二度はさせない」
よく見るとちょっと鼻息が荒い。蝙蝠の羽の従者は小さい蝙蝠に変身して近くの窓のヘリからぶら下って存在感を消しながら最後の塔の主を見ていた。姿が見えなくなった親友の従者を最後の塔の主がきょろきょろと探し、小さくなってぶら下っている蝙蝠を見つけた。
「恐れずとも、お前に何もしない。一緒に様子を見ようではないか」
そう言って、蝙蝠を自分の角にイヤリングのようにぶら下げて水鏡に向かった。
水鏡とそのすぐ近くに壁掛けの鏡があった。鏡には賢者たちが、水鏡には皇太子たちが映っていた。蝙蝠は目だけを動かし鏡と水面を眺めていた。
賢者たちが動き始めた。
皇太子たちがオークの町を観察している間に森の中を移動して皇太子たちが見ている町の正面ではなく、バーン達内部の者しか知らない抜け道から町の中へ入ろうとしていた。
教会の裏に井戸のようなところがありそこから町の外へ緊急時に脱出する通路がある。強化人種が町を出ていくときにも使った通路だった。
バーンが先頭になって騎士団、エルフたち、賢者、サーラと息子という順番で通路を抜ける。
馬がいると通れないので、出入り口のある森の中に馬はつないできた。
井戸の外に出ると一人のオークがそこにいた。
昔、教会で治療の補助にあたっていたオークだった。先日ドクが置いて行ったポーションを使って治療をしていた。
バーンと目が合ったオークは大きな叫び声をあげた。
「お化けだー!!バーン様の幽霊だ!!」
「幽霊ではない」
バーンが答えた。後ろから続々と騎士団が出てきた。
バーンは先日、キングクロウドが設置した結界陣を作動させた。ブーンと低い音とともに懐かしいドーム型の結界が張られたのを見たオークがその場にひれ伏した。
「バーン様……」
「表をあげよ。そんなことされては困る」
特にオークの町での騒ぎを考えていなかったので、そのまま全員町の中へ出てきた。
「バーン様、あなたがこの者たちを引き込んだのか!」
「私が連れてきた」
「昔もそうやって、あんたが強化人種を町から追い出したのか」
「何を言ってる?」
オークは脳筋である。しかも、あまり難しいことは考えない、故に持っている情報だけで考えてしまう。第一発見者のオークの頭からは『なぜバーンが死んだのか』ということが完全に欠落していた。
治癒者のオークは町に走り出し叫んだ。
「バーンが来た。あいつが裏切り者だったんだ!」
町の中はアリの巣をつついたように大騒ぎになった。せっかく秘密通路から入ってきたのに、あっという間に全員正面から追い出された。
「なんという浅はかな」
賢者がため息交じりに吐いた言葉と同時にオークの町に砲撃が落ちた。バーンの結界で守られていたが、賢者や騎士たちは結界の外だった。
「まずいことになった」
慌てて賢者はサーラ親子に結界を張った。バーンは町の結界を守るのに手いっぱい、エルフたちは町への攻撃の砂煙で周囲が見えていなかった。
煙が風に流された時、騎士団はほぼ壊滅していた。サーラが目を見開いたまま涙を流して立ち尽くしていた。
我に返ったサーラはその場に倒れた全員に使役対象へ誘導する魔法をかけた。騎士全員とその馬を召喚対象として従属したあと、体の傷を回復した。少し小刻みに息をして周囲の変化を確認しながら状況を判断しようとしたとき、一瞬で景色が変わった。
強制的にどこかに移動させられたようだった。
皇太子の一行の魔術師の仕業かと再び緊張状態で周りを見渡すサーラに、賢者が寄ってきた。
「サーラ、紹介しよう。私の古い友人の最後の塔の主だ」
「ようこそ、ネクロマンサーのサーラ。私は最後の塔の主、サルマンだ」
蹄の音をさせながらサーラによって来た雄山羊の頭に少女のような体つきのサルマンが野太い男の声で名乗った。慌てて向きなおったサーラが、「サーラです」と言いながら固まった。山羊の目は顔の横についていて表情を読みにくい。状況についていけず瞬きしているサーラの肩を賢者がポンポンと軽く叩き「ここは安全な場所だ。サルマンは信用できる人物だ」と声をかけた。
その場には賢者の従者、エルフ、ダークエルフ、サーラ親子がいた。サーラは思い出したように口を開いた。
「騎士たちを召喚してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼むよ」
賢者が声をかけた。
移動した衝撃で、召喚解除してしまったようだった。改めて全員召喚し、いない人はないか確認した。騎士は全員いる。
ということは全員死んだということだった。
改めてサーラは落胆した。ショックで隣にいた賢者に支えられながらサーラは立っていた。騎士たちには感謝の言葉を向けられるが、苦く笑うしかなかった。
「彼らにもそれ相応の、同じ境遇を準備したよ。私も色々聞きたいこともあるからな」
サルマンが、サーラの賢者とは反対側の肩にポンと手を載せ、慰めるように言った。サーラは頷くことしかできなかった。サルマンが続けていった。
「バーンも召喚してもらえないだろうか」
サーラは頷き、バーンを召喚した。召喚されたバーンはサルマンを見て再開を喜び、今までの経緯を話すための場を設けるように頼んだ。
「わかった。その前に、こちらの世界をあちらの世界から来た皇太子に荒らされては困るので、少し待っていてくれ」
サルマンがそう言うと、大きな水の球体を作り水鏡で皇太子一行を写した。
3、洞窟探検
皇太子一行の魔道士たちは集まって水晶の中を見ていた。
オークの町に攻撃魔法をかけた後、様子を後続部隊の様子を観察していた。
オークの町からバーンと騎士たちが出てきた。全員出てきたとこを確認できた途端、町の入口に滞留した騎士とバーンに向けて更に厳しい攻撃魔法を使った。
盛大に上がった砂煙とそれがなくなった後、賢者、エルフなどの一部を除いて、騎士やバーンたちが倒れていた。ほぼ全滅だった。近くにいた皇太子にも魔道士が水晶を見せて状況を確認させた。
皇太子は高笑いしながらその場を離れた。
浅い息で状況を把握しようとしているサーラを見て、魔道士たちもその水晶を見ることをやめた。
目的は達成されたと判断したからだ。
意気揚々と皆が集合している場所へ移動してゆっくり食事をした。
「さて、あとは我らの武勇を示し、最後の塔の主を討伐しようぞ!」
皇太子の声に合わせみなで、飲み物の入った器を掲げた。そして「おー」という声をみんなで上げた。明るい声で笑いながらの食事に皆気が緩んでいた。
後片付けをして皇太子一行はその場を離れた。
動き始めてすぐに、砂煙に巻かれ、煙がなくなったときには景色が一変した。
「何だこれは」
皇太子は思わず声を上げた。
魔道士たちが声を上げた。
「最後の塔の門前のようです。あそこに塔が見えます」
その声に一斉に上を見上げた。どうやら何者かによって最後の塔の門前に移動させられたようだった。皆一様に塔を見上げている。
門番のような半獣の人形が声をかけてきた。
「最後の塔に何か用でもあるのか?」
「お前たちは門番か?私はルミナス帝国の皇太子である。最後の塔の主に用があって参った。門を開けよ」
「主様に確認してまいります。少々お待ち下さい」
門番用の通用路に入ろうとしたとき、何者かが門番を襲った。そして皇太子一行は許可なく最後の塔の敷地に足を踏み入れた。
入ってすぐに塔に続くダンジョンの入口が大きな口を開けていた。一行はその中へ進んでいった。迂回できる道はなく、門をくぐったらすぐダンジョンだったため、疑う余地もなかった。
薄暗く、湿気た空気が鍾乳洞を思わせる。
奥は真っ暗で、騎士たちは松明の準備をした。
聖女はこれみよがしに保護魔法をかけた。そして一行はダンジョンの奥に進んでいった。
サルマンは皇太子一行が食事をして浮かれているところを観察していた。
皇太子一行も、よもや自分たちが滅ぼした後続部隊が、自分たちのこれから先の行動を観察しているとは思ってもみないだろう。
サルマンの 水鏡は大人数で見ても十分な大きさだった。
皇太子一行が食事を終え、移動の準備を始めた。懸念がなくなり、和気あいあいとしながら荷造りをしている。全員の準備が終わり、一行が動き出したところをサルマンが確認し全員道路に出たところで呪文を唱え始めた。
水鏡には砂煙が映し出され、何も見えなくなった。しばらくすると砂煙が徐々に晴れ、大きな石と木でできた門が見えた。皇太子一行のどよめきが聞こえる。
門番と話をする皇太子と、門番を出し抜こうとする力自慢の騎士、それを後ろで冷めた目で見ている特務騎士団長が見えた。門番を出し抜き門の中へ入っていったとき、特務騎士団長は険しい顔をしていた。
声にならない口元の動きが何を言っていたのか想像できた。
「どっちがケダモノか……」
サルマンもそれを見ていた。
「きちんと門番に門を開けさせていれば、すぐに会ってやらんでもなかったのだがな」
皇太子一行はダンジョンに進んでいく。
少しづつ道幅が狭くなり一列でしか進めない通路を進んでいった。前方に特務騎士団の二人、聖女、皇太子でその後に騎士団という順序進んでいった。
大きな揺れが一行を襲う。大きな揺れのあと、地面が崩れる音がして、騎士たちが馬ごと落ちていった。松明の薄暗い明かりで自分たちが落ちていることが分かってはいるが、明かりが暗いせいでどれくらい落ちるのかわからず叫ぶものが多く、中には落下中に気を失うものもいた。
残されたのは魔道士三人と特務騎士団の二人、聖女、皇太子の7名になった。
一行の動きが止まった。魔道士を先頭と最後尾におき壁や天井などを確認しながら進んでいった。
暫く進むと大きな空間に出た。空間を囲うようにドアのついた入口があり、空間の中心に石板があった。なにか書いてある。年長の魔道士が進み出て古代語と思われる文字を読んだ。
「各部屋には一人づつしか入れず、後から入ろうとしたものは決まりを守らなかった代償として体の一部を没収すると書かれています。おそらく、後から入った者の侵入した部分……例えば指先や足など部屋の境界を超えた部分を取ると言う意味ではないでしょうか。次に部屋の名前が書いてあるので、自分に見合った名前の部屋にはいるようにとあります 」
「部屋の名前とは何だ?」
皇太子に問われ、年長者の魔道士が扉を見てみると、扉に大きな文字で部屋の名前が書いてあった。
「右から、統べる者、告げる者、賢者、従う者、継ぐ者、崇拝者、懺悔する者、愚か者と書かれています 」
「では、各々好きなところへ入ることとしよう」
皇太子はそう言うと『統べる者』と書かれたドアの前に進んでいった。
様子を見ていたサルマンが水鏡を解いて皆に振り返り言った。
「奴らのところへ行ってくる」
そう告げると二歩ほど進んでスッと姿を消した。
4、個別の説教部屋
サルマンが最初に姿を表したのは『愚か者』の部屋だった。
そこには特務騎士団長のユーリ・匕ルグラントがいた。
個室は部屋によって仕様が異なっている。
愚者の部屋は最下級の使用人が使っていそうな部屋だった。
荒く削って作った木のベンチが置いてあった。石の壁に沿って設置してあり、ベンチの上にはクッションも何も置いていなかった。
硬いゴツゴツした木製のベンチに特務騎士団長は腰掛けた。上位貴族ではあるが戦場にいることも多かったため、その椅子の座り心地にあまり問題はない。
かろうじて、小さな窓があり、明かりを取れるようになっていた。
暗い湿気た空気の細い道を歩いてきたため、太陽光のようなその光を喜んでいた。
『この後、どうなるか分からないが、最後に陽の光が見れて良かった』
そう思いながら、太陽に向かって祈るように感謝をした。
蹄の音が自分の方に近づいてきたことに気がついた。ベンチに腰掛けた状態で祈っていた特務騎士団長は、蹄の音の方に目をやった。
自分の斜め前に立っていたそれは、雄山羊の頭と蹄を持ち、筋肉質な少女の体をしていた。
ヒルグラントは一瞬慄いて座ったまま後ずさった。
「恐れることはない。話をしに来ただけだ」
雄山羊頭が低い男の声で告げた。
ヒルグラントはベンチから立ち上がり、片膝をついて名乗った。
「ルミナス帝国特務騎士団長ユーリ・ヒルグラントと申します。貴方はもしや塔の主様でしょうか?」
「皆そう言うが、私にもサルマンという名前がある。好きに呼んでくれて構わない」
「では、サルマン様。どのような話をするおつもりですか?私には何の権限もありませんので、ただ話すだけならできますが、許可や決定はできかねます 」
サルマンに深々と頭をたれてヒルグラントは言った。サルマンはさっきまでヒルグラントが座っていたベンチに腰掛け、自分の隣をトントンと手で叩き言った。
「かしこまる必要もない。お前の上司のように何か命ずるつもりも、懲罰を加える気もない。お前の考えを聞きたいだけだ」
ヒルグラントが隣に座ることを辞退しようとしたが、先にいろいろと牽制されたことに気がついた。対等の立場で意見を聞きたいと言われていることが分かったので、サルマンの隣に静かに腰掛けた。
「私のような者の意見を聞いてくださるのですか?」
「おそらく、お前のいる一行の中で一番マトモなのはお前だろうからな。まともそうな順番で話を聞いていこうと思っている」
「そうですか・・・・・・」
ヒルグラントの眉間にシワが寄った。何を聞かれるのか測りかねているようだった。サルマンが『フッ』と短く鼻で笑った。
「そう考えすぎるな。では、最初の質問をしよう」
そう言うと、サルマンはベンチの上にハーブティの入ったカップを2つとティーポットを魔法で出現させた。茶をマグカップに注ぎながら、サルマンは話を続ける。
「お前はなぜ愚者の部屋に入ったのだ?」
ハーブティの入ったマグカップを手渡しながら聞いてきた。ヒルグラントは受け取りながら、考え始めた。
「お茶をありがとうございます。質問の答えですが、ただ単に今回の出兵の内容をあまりにも把握せずに行動したことに動揺し、納得できず、自分を不甲斐ないと思ったまでです。答えになっていますか?」
茶をすすりながらサルマンは聞いていた。ヒルグラントもサルマンに倣って茶をすすった。ミントとステビア、レモングラスの効いた爽やかなお茶だった。ヒルグラントの表情が少し和らいだ。
「あぁ、答えになっている。では、何に動揺し、何が納得できなかったのか教えてくれないか」
「城で受けた命令書の内容は”聖戦”だったと記憶している。だがしかし、聖戦とはこんなにも一方的で残虐で、味方の死さえわざわざ組み込むような作戦を意味するのだろうかということに納得できず、残虐な行動を是として当たり前に行動する一行に動揺しています」
そう言い終わると彼はまた疲れた顔になった。様子を見ていたサルマンが続けて聞いた。
「では、自分が不甲斐ないと思ったのはなぜか?」
呼吸音だけの深い溜め息をついた後、ヒルグラントが話し始めた。
「私の一族は1000年以上続く帝国のかなり初期の段階から有力貴族として王室警護のための特務騎士団団長を務める家系です。」
ヒルグラントは一つため息をついて、お茶を一口飲んだ。
「生まれたときから『騎士になるための教育』を受け、成長すると指揮官教育をうけるような家です。帝国のために命をかける、他国や魔獣から自国を守る、それが使命だと教えられました。ここ100年ほどは戦争もない平和な時代だったので主に魔獣対策でした。ところがです」
ため息とは違う大きな呼吸をしてヒルグラントは話を続けた。
「聖戦のためにダークゾーンに攻め入ると皇帝が言い始めました。賢者が来て今までの経緯を説明し思いとどまるように説得しました。エルフやダークエルフも来て説得を試みましたが、皇帝はとりあえず聞いているにすぎず、見ている限りでは内容は全く頭に入っていないようでした。平和で食料の生産率も上がり、魔獣からの副産物やそれに伴う人口増加、皇帝は更に豊かで繁栄した国をめざし侵略戦争をダークゾーンに仕掛けて『聖戦』という分かりやすい言い訳を押し通したのです。私はせいぜい境界の向こう側にいる人間の集落を帝国に引き入れるだけかと思っていましたが、そうではないということが分かったのは境界のホワイトゾーンでの聖女による蛮行でした。私は何もできなかった。説得する言葉も思いつかない不甲斐ない愚か者です」
彼はマグカップのお茶を一気に飲み干した。サルマンがお茶を注いでくれた。ヒルグラントは礼を言って一口のんだ。
「間違いに気が付き反省することはいいことだよ。解決できなかったのは残念だけど。それなりの罰は受けてもらうことになる」
サルマンはさらっとそんな話をした。ヒルグラントはサルマンに向き合い言った。
「一族のために帝国に従って生きてきた。今回の出兵もそうです。私だけなら罰をうけます。一族は見逃してもらえないだろうか・・・・・・」
サルマンは相変わらずどこを見ているかわからない視線でヒルグラントを観察しながら少し考えた。
「うーん、これが全部片付いて時期が来たら一緒にルミナス帝国に行って皇帝に謁見しよう」
ヒルグラントは少し間をおいて了解した。
ガンガン続きを書くと言っておきながら、実は左手が腱鞘炎になり痺れて思うように動かせません。
次の作品のUPに時間がかかると思いますが、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです