第58話 will
更級夏帆・賭賭博博徒・七星焔・文月水花へ
この手紙をアンタ達が読んでる──って、この手紙を読んでいる時にまだ皆が生きているかどうかなんてわからないし、私以外の全員が死んでいて誰も読んでいない可能性があるね。
でも、私が私達の中で最年長で寿命で言ったら最初で死ぬだろうから、例に漏れず誰も漏らさずアンタ達全員の名前を書いておくよ。
──って、そんな話はどうだっていい。誰かに読まれることを前提に書いてるから、誰も読まない可能性なんて考えないよ。冒頭から話が横道に逸れすぎたね。閑話休題。
どうせ、アンタ達がこの手紙をわざわざ開いたってことは、これもまた例に漏れず私が死んだってことだろうね。
別に、私は死んで尚働こうと思う更級じゃないし、死んで尚国家転覆させようと思う七星でもないし、命賭けで勝利を掴もうとする賭賭博じゃないし、自分の死をストーリーに組み込む文月でもないし、私が望むことは何もないよ。
だから、ここでは個別に何かを述べることにする。
まずは更級から。
4人の中では、アンタが一番変わらず仲良かったと思うね。
まぁ、同じ職場だったからね。よく考えれば、あんなブラック企業でよくもまぁ働いていたもんだ。
でも、仕事の【中毒者】のアンタにとっては転職だったのかもしれないね。
だけど、アンタももう若くはないんだからそろそろ1000時間連続勤務とか馬鹿な真似はするんじゃないよ。年を取れば、不健康が一番の敵になるんだからね。
なんだか老婆心がお説教みたいになってしまったね。でも、私はアンタに一番感謝してるよ、ありがとう。
次は賭賭博。
4人の中では、アンタに1番人生を変えられたよ。
初めて会った時は忘れたくても忘れられないね。なにせ、パンイチで私の職場にいたんだから。
その出会いが無ければ、私は一生会社の奴隷として安い賃金で働かされていただろうね。
その点ではアンタにも十分感謝してるよ。賭け事で負けて度々私達にも迷惑かけてくるのはやめてほしいけどね。
次に七星。
4人の中では、アンタが一番印象が変わったよ。
放火殺人を100件以上起こした放火魔だなんて聞かされたら、誰だって印象は変わるだろうけどね。
最初はアイドル顔負けの別嬪さんだと思ってたから、そんなことを聞かされて腰が抜けたよ。
んま、変な賭賭博と一緒に行動していたからどこか人とは違った部分があるとは思っていたけどね。
私はアンタが、私達5人の中で一番仲間意識が強いとは思っているよ。
最後に文月。
4人の中では、アンタが一番変な奴だよ。
最初に出会った時はビックリだったね。一目見て私達のことを【中毒者】って見抜いちまうんだから。
アンタの〈AUS〉は超強力だからね。私がもし、その〈AUS〉が理由で死んだとしてもそれなりの意味があったと解釈するよ。アンタの目的が何か、私は知らないけどね。
これで全員分書いたからそろそろ終わりにする。
アジトに置いてある私物は、欲しいものがあったら何でもあげるし、いらないものは処分してもらって構わないよ。
葬式も、親族さえもいないしちっちゃなものでいいし。
面倒だったら、民生委員に丸投げでも構わないよ。まぁ、私達が国の税金を使って火葬してもらえるとは思えないけどね。
その代わり、私が死んだ時には安酒でもいいから酒を手向けてくれると嬉しいね。
それじゃ、さようなら。泣くんじゃないよ。
何の変哲もない無類の左党 鬼灯酒樂
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「クッソ、クッソ、クッソ!何一つとして上手くいかねぇ!クソババアまで死んじまったのに、被害がちょっと噴火しちゃったから富士山には登れませ~ん。火山灰とか諸々の影響は奇跡的に無いので大丈夫で~すって、どんな馬鹿げた話だよ、クソがッ!」
〈ANTIDOTE〉による富士山頂アジト侵攻が、終了した後に毒裁社のアジトの一室で怒りを口にするのは3大幹部──いや、今は1人減ったから2大幹部の片割れ、タバコの【中毒者】である七星北斗であった。
怒り心頭に発している北斗の目の前に、静かに涙を流す男の姿が1つ。
彼こそが、2大幹部のもう片方──ギャンブルの【中毒者】である賭賭博博徒だ。
小学生と初老。怒りと悲しみ。喧騒と静寂。
様々な部分で対照的な2人であったが、手に入れた事実は同じだ。
──元幹部であった鬼灯酒樂の死。
それは、毒裁社の在り方を揺るがし、大きく変えるには充分すぎる事件だ。
過去にも、初期メンバーである七星焔が死亡したり、更級夏帆が2.21テロの首謀者に仕立て上げられたり、文月水花がある日突然失踪したりと、様々な事件が起こっているが、その度に毒裁社は大きく揺らいでいたが、なんとか立て直していた。
だが、それは鬼灯酒樂の活躍があったからだ。
言い争いをしながらも狂犬である北斗を飼い慣らし、毒裁社の創立メンバーである博徒を立てることを忘れない酒樂が、上手くまとめあげたのだ。
だが、その役目を買っていた酒樂が死亡した。
それは、大きく毒裁社が変化することを意味しているだろう。
それが、毒裁社の内部分裂を引き起こすのか、それとも一つの目標に向かってより凶悪な集団になるのかはわからない。
「──北斗、すまない。俺が賭けたからだ。今回の作戦、成功するか不安で賭けを行ったからこんなことになったんだ」
懺悔するように、涙を流しながらそう口にするのは博徒。
彼は、戦いに参加しなかったが賭けを行っていた。今回のアジト侵攻で勝利を願って。
──が、結果は惨敗。
博徒は賭けで敗北してしまったのだ。
「そうかよ、別にババアがどういう理由で死んだかなんて大して俺は興味はねぇ。死ぬ時は死ぬ、そうだったんだろうがよ」
「──」
博徒の懺悔に対して、そうキツい言葉で返すのは10歳児──北斗だ。
優しさの欠片も感じられないその発言に、博徒は喉の奥を震わせる。そして、北斗に言葉の刃を突きつけた。
「北斗、お前は悲しくないのかよ。酒樂が死んだってのに涙一つも流さねぇ、随分と薄情な奴だな」
「勘違いすんな。僕だってババアが嫌いだったわけじゃ──いや、嫌いだが、心の底から大嫌いって訳じゃねぇ。きっと今頃公安の方は成功を祝って打ち上げでもしてるだろうよ。ならこっちは掘り下げだ。クソババアが死んで、クソババアのことを掘り下げ、気が抜けた公安の野郎に復讐してやる!そうだろ、博徒!」
その荒々しく夢見がちな子供のような発言は、その幼さ故に博徒の心に突き刺さる。
「──そうだな。泣いて足踏みしてたら酒樂に怒られてちまう。だから断固として悲しみを示さねぇってのは違うと思うがな」
「悲しんでやるのは僕には似合わねぇってだけだ」
「まぁ、いい。確か、酒樂の遺書があるはずだ」
「遺書?」
酒樂の遺書の存在を口にする博徒。付いてこいと言わんばかりに、彼は立ち上がりその部屋を出て行く。
北斗も、遺書の存在は気になったのでそれに静かに従って付いて行った。
部屋を移したアジトの一室。
「遺書なんてどうしてあるんだ?」
「毒裁社の初期メンバーは全員、遺書を書いてる。死んだことが確定した時に読むようにな。お前の母さんも書いてたぜ?」
遺書を書く──それは、毒裁社の初期メンバーである賭賭博博徒・七星焔・鬼灯酒樂・更級夏帆・文月水花の5人が決めたことだった。
それぞれの遺書は、コピーされたものが毒裁社の使用している主要なアジト3つ──今回の戦いで富士山頂のアジトが崩壊したため、2つには用意されている。各地を転々する毒裁社の危機管理対策だ。
「この部屋だ」
そう口にして一つの暗い倉庫に入り、奥にある古びた段ボールを漁る博徒。そして、数枚の紙の束を取り出した。
「酒樂のはこれだ」
そう口にしてその数枚の手紙を読み始める博徒。北斗は、早く読みたそうにしながらその順番を待つ。
傲岸不遜で自分勝手な北斗であるが、博徒が心の底から酒樂の死を悼んでいることを気付いていた。
思わず流れてくる涙を擦りながら、博徒はその手紙を元の形に折り畳んだ後に北斗に渡す。
北斗は、受け取った手紙を再度開き、その遺言書を読む。
「いつ書いたんだ?」
「お前が生まれるよりもっと前だ」
「あっそ」
自分から聞いたのに、どこか興味なさげに目を通す北斗は、その1500文字弱の駄文を噛み砕いて博徒に返還した。
「──博徒。酒樂の国葬を行うぞ」
「はぁ!?お前、手紙読んだだろ?葬式は小さくていいって──」
「それはお前らに宛てた手紙だろ?僕は関係ねえ」
手紙に登場する「七星」は、北斗のことではなくその母親の焔だ。博徒の言った通り、北斗の産まれるよりも前に書かれたその手紙の内容に、北斗の存在が示唆されるようなものはないし、一欠片だって登場することはない。
──だから、北斗は治外法権だ。
「僕は酒樂の国葬を行う。涙の代わりの餞だ。同志の頓死に堪えて答えて応えてやるよ」
そう宣言する北斗。その目に映る野心は、毒裁社の創立者である博徒をも圧倒する。
──この男は、確かに七星焔の子供だ。
自分の為ならなんだって犠牲にする害悪で悪辣で悪趣味な悪童であるが、人を惹き付け動かせるだけの野心はあった。
「クソババア──鬼灯が抱腹絶倒するような未来の話を──国葬をしてやる。その為には、3つのピースが必要だ」
そう口にして、北斗は博徒の前にその子供らしい小さな握り拳を突き出す。
「1つ。元幹部であり、現在は刑務所にぶち込まれてる更級夏帆の回収」
北斗は人差し指を立ててそう口にする。
「2つ。俺のクソ親父を連れ出す」
「──父親!?」
「俺の父親は【中毒者】じゃないのか?」
「いや、当時は確かに【中毒者】たったが……」
「じゃあ、十分に利用価値はある」
博徒の驚きを無視して、人差し指に続いて中指を上げる北斗。そして最後、薬指を突き立て──
「3つ。公安──〈ANTIDOTE〉に大量の人員を送り込んで、内部崩壊を起こす。これらを全て同時に起こす」
その目に、嘘はない。子供が見る夢物語で実現できる可能性は低い。が──
「──勝てる可能性が低い可能性の方が燃えるってもんだ。北斗、俺はお前のその夢物語に、賭けに乗るぜ。勝算も称賛も度外視だ」
幹部2人の総意により、毒裁社の今後の目的が決定する。
「待ってろ、公安──特に操神よぉ。俺が私怨と紫煙でぶっ殺してやる」
そう口にして、天井の一点を見上げる北斗。
そこには誰がいるわけでもないし、死んだ酒樂の顔が浮かんでいるわけでもない。
「世代交代だ、安心して死ね」
そんな言葉が紫煙のように宙に揺蕩い、鬼灯酒樂は弔われた。
これにて〈ANTIDOTE〉の第1部が終了し、水母すい先生の書籍化作業があるためしばらく休載します。
第2部の掲載はまだ未定ですが、できるだけ早く届けられるように頑張りますので、しおりを挟んで待っていただけると幸いです。




