第56話 沢田のバカ
──仲間の元へ無事に帰る。
そのために、俺と夜宵。そして、百鬼の3人で現在進行形で崩壊するアジトから脱出するのは最低条件だ。
降り注ぐ瓦礫は廻神絢聖に勝利した紙吹雪ではないし、耳をつんざくようにして鳴り響く警報音はファンファーレではない。
夜宵は魔法放ち瓦礫を退かし、百鬼は富士山の噴火を停滞させるついでに、アジトの崩壊も防いでいる。
俺は、先の戦いで再度鍛えぬいたナイフを振るい落ちてくる瓦礫を防いでいるが2人ほど大きな役には立っていない。
「気を抜かないで、操神君」
「そうだぞ、遊翼!任務は、帰るまでが任務だ!」
少し劣等感を覚えながらも、『稀代の天才幻想魔術師』と『JAIL筆頭最高戦力』で長年中毒者として君臨している2人と比べたら劣るのは当たり前──と思っていると、俺達の上部から降ってくるのは灰色。
「──デカッ!」
大きく天井が抜けて、俺達の元へ降ってくる。薄汚れたその灰色の天井は、この戦いによるものか経年劣化によるものかはわからないが、今はそんなことどうだっていい。
「ごめん、操神君!そっちまで手が回らない!」
「ここは我が──って、重ッ!」
百鬼が来たる火山の噴火に手を焼いていたから、夜宵が代わりに【神なる右手の新秩序】を使用して空から降ってくる天井を受け止めようとするが、その重圧に耐えきれずに失敗する。
要するに、ここは俺がなんとかするしかない。
「──おらっ!」
空から降ってくる瓦礫を切り崩そうとナイフを振るうが、あまりの巨大さに刃が立たず歯が立たない。
このまま押しつぶされて死──
「──ねるわけがないッ!」
ここまで、皆が繋いでくれた命だ。
助けに来てもらって、ここで俺が瓦礫なんぞに潰されて死ねるわけがない。
この瓦礫に押しつぶされて俺だけでなく百鬼までもが死んだら、すぐさま富士山が噴火して日本は毒裁社の手によって絶望に叩きのめされることになるだろう。
ナナヨの為にも、Mr.マーヴェラスのためにも俺は生きて帰らなければならない。
{──少年少女よ!!!このゴーガツの間に、最低1人1個は、必殺技を作り出してもらう!!}
思い出されるのは、Mr.マーヴェラスから課された任務。結局、ゴーガツの間に俺の必殺技が達成されることはなかった。
ゴーガツが終わる前にMr.マーヴェラスは俺達を庇って死んでしまったし、ゴーガツが終わる前に俺は毒裁社に攫われてしまった。
俺の必殺技を見せられなかったのは少し申し訳なかったな。ああ、ここで俺は──
──って、どうして死を覚悟して走馬灯を見ているんだ。
皆の繋いでくれた命を生き延びるんじゃなかったのか。
「──いや、違う。これはヒントだ」
そう、ヒントだ。これは走馬灯じゃない。俺は今、敵ではなく瓦礫を前にして必殺技を放て──そんなMr.マーヴェラスからの課題の延長だ。
「帰るまでが任務なのなら、帰るまでがゴーガツだ!」
まだ、俺はアジトに帰れていない。だから、まだここで必殺技を編み出しても許される。
名付けるならば──。
「輪廻転生ッ!」
俺は、これまで以上に激しく素早くナイフを投げて、天井に降ってくる瓦礫に亀裂を入れる。
これまでとは違い、ジャグリングを止めずに攻撃をするのだ。俺が無限にジャグリングを繰り返せば、無間に投擲している武器も強化される。だから、投げれば投げるほどナイフはその鋭さを増していき、最終的には、降ってくる瓦礫を粉々にできるのだ。
「流石、遊翼!」
俺の編み出した必殺技「輪廻転生」には、皮肉にも俺達を散々苦しめた廻神のクソ野郎の文字が入っているが、これは彼を討伐した称号ということにしておこう。
──見てますか、Mr.マーヴェラス。
俺は必殺技を作った。必殺技──って言っても、誰かを殺したわけじゃないからおかしいけれど、俺は自分の「好き」を今はまだ殺しには利用したくない。
だけどどうか許してください。
アナタの教え子は、こんな立派に成長しました──。
「──って、操神君。何ボサっとしてるの!もう少し急いで、僕もそろそろ限界が近いんだ!」
「あ、ごめんなさい!」
俺は、必殺技ができた喜びに浸っていたが、行ったとこととしては大きな瓦礫を一つ壊してその場の安全を守っただけだ。
まだ、アジトの中にいて危険な場所にいることは変わりない。急いで逃げなければ──。
──と、走り続けること数分。
瓦礫の対処に追われながら、俺達はついに出口を見つける。
アジトの壁に付けられた人口の灯りではない、久々の太陽光を浴びる俺は、その明かりが眩しく感じ、少し腕で目を隠してしまう。
自然光に目が慣れ、俺が手を退けると、視界に入って来たのは1台のヘリコプター。
運転席に誰がいるのかは見えなかったが、そのヘリコプターには伊織と沢田、そして水無月の3人が乗っていた。
「水無月さんっ!」
「おかえり、操神君。でも、感傷に浸って感想戦をするのはまだ先だ。今は富士山の噴火を止める!夜宵ちゃん、百鬼君。乗って!」
「「はい!」」
そう指示が出されて、ヘリコプターに乗り込む2人。2人がその空飛ぶ鉄塊に乗ると、扉が閉まることなく、ヘリコプターは翼を広げて大きな音を立てて上空へと上がっていく。
「あれ、俺は……」
救い出されたはずの俺を無視して、空へ空へと昇っていくヘリコプターを見ていると、誰かが俺の服の裾に絡みつく。
「──錦ちゃん」
「おひさ」
久しぶりの再会をした錦ちゃんは、その右腕を白蛇にして俺に絡みついたが、もう俺は驚かない。
「だいじょうぶだった?」
「まぁな。助けてに来てくれて助かった」
俺がそう口にすると、錦ちゃんは嬉しそうにほんの少しだけはにかんだ。
「──仲間との感動の再会をしているところ失礼。初めましてだな、私は第二班班長の皇律だ」
「皇さん……名前は沢田から聞きました」
「そうか。変なことは言ってなかったか?」
{班長、マジおっかねぇの!}
{班長に逆らうと首が飛ぶ。マジで}
{班長、時間に厳しすぎんだよー!まずは時計の見方を教えてくれっての}
{AMってなんだ?}
「──特に変なことは言ってませんでしたよ。一緒にいて安心するって」
「──そうか」
捕まっている間の駄弁を色々と思い出してしまったが、沢田のことを思って言うのはやめておいた。
「──それで、沢田達も乗っていたヘリコプターは何をしに?」
「富士山の噴火を止めに行った」
「え、止められるんですか?」
「わからない。だが、彼らに頼るしかなさそうだ」
「そうなんですか……俺に役立てそうなことは」
「ない。ただでさえ危険度が高く可能性が低いミッションだ。不確定要素を増やして失敗だけは避けたいからジッとしておけ」
「──はい」
俺は皇さんの指示に従うことにした。
沢田が皇さんのことを恐ろしい──というのもわかるかもしれない。
でも、少し汚れた服装を見ても、俺達を救出するために尽力してくれたのは見て取れた。
厳しい人ではあるが、絶対に悪い人ではない。
「──と、ここにいると危険だ。もう少し離れよう」
そう指示を受けて、俺達は距離を取る。夜宵や水無月さんは、富士山の噴火を止められるのだろうか──。
***
他方、こちらはヘリコプターに乗り込む6人。
つい先ほど合流した夜宵と百鬼に加えて、水無月と沢田・伊織の5人を乗せたヘリコプターを車田が操縦していた。
「火口の真上までこれました!」
「車田さん。もっと高度を落とせますか?」
「すみません、これが下がれる最低高度です!飛行中はここまでしか下がれません!」
「──仕方ない。この高さでなんとか頑張るしかないか」
水無月は、しまっていないドアから顔をのぞかせて、火口を除く。
もう既に、作戦の内容は確認できているし、夜宵の魔法の詠唱も終わっている。後は、水無月の合図に合わせて技名さえ口にしてしまえば、魔法が放たれる。
「──準備はよさそうかい?」
「僕はいつでもオッケーです」
「我もいつでも構わん!」
「私もです」
「俺もだ」
水無月の言葉に、皆が快諾する。
「──では。カウントダウンの後に富士山の噴火の影響を最小限にする作戦を決行する。カウントダウンを始めるぞ、3・2・1……今だ!」
「能力解除しました!」
「幻想法典・第六章一節!【誰も知らない黄金爆弾】!!」
百鬼の絶対律が解除されると同時、夜宵があえて爆発を引き起こす。
刹那、富士山が火を噴いた。
1707年の宝永大噴火以降、安定した状態を保っていた富士山が突如として火を噴き、人間どもに牙を剥く。
「〈AUS〉発動!」
夜宵が爆裂魔法を繰り出したとほぼ同刻、伊織も〈AUS〉を展開し、富士山の火口を覆いつくせるほどの広さの緑色の球をだし、その威力をあべこべにさせる。
一見、夜宵の爆裂魔法には意味がないと思われるが、これには伊織の〈AUS〉を適用させるために、富士山の噴火を攻撃と見なす必要があったのだ。夜宵の攻撃をトリガーに、噴火が行われれば、それは夜宵による攻撃と見なされる。
「あああ……がはっ」
伊織は血を吐き、体に負担がかかる。
腕を失った伊織が、これ以上血を失うわけにはいかないのだが、体が限界を迎えることは彼女も承知の上だ。
「伊織!」
沢田はそう口にして、〈AUS〉を発動させ続け、その場に倒れこむ伊織に対して心配の声をかける。
「大丈夫……私はやれるっ……」
そう口にして伊織は〈AUS〉の範囲を狭めるどころか、どんどん広げていく。
──と、そんなところで水無月の付ける無線にはこんな報告が入る。
『水無月。それ以上高度は下げられないのか!?範囲から漏れた場所があり、落石が襲い掛かっている!』
「──なんだと!?」
「どうしたんですか!?」
魔法を行使して、飛散する火山灰をなんとか抑え込んでいる夜宵は、驚いたような声を上げた水無月に問う。
「──能力の範囲外の場所があるらしい!本当に高度を下げられないのか!」
「む、無理ですよ!能力で火山砕屑物の威力が減衰しているとは言え、羽に石が巻き込まれれば、墜落は必至です!これ以上は下げられません!」
「じゃあ!」
「私が、頑張るしか……!」
そう口にして、口の周りについている血を拭いながら、伊織は能力を大きくすることを試みる。が──
「──伊織。その必要はない。俺が付いてる」
「ちょ、沢田!」
沢田は、何も言わずに伊織を抱きかかえると、そのままヘリコプターから落下する。
一見、自殺行為にも思えたそれだが──
「──安心しろ。俺は絶対に伊織のことを離さない」
沢田は、自らの足から炭酸を噴出させ、空を飛んでいる。
伊織は、自分を抱きかかえながらジェットブレードのようにして空の上に佇む沢田の姿を見て、小さく喉を鳴らす。
「──沢田のバカ」
主に伊織の活躍があって、噴火した火山の影響は、本来の2%にまで食い止めることに成功した。
〈ANTIDOTE〉及び〈JAIL〉連合軍の紛れもない勝利である。




