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第53話 因縁


 壁が、天井が、音を立てて崩れ始める。

 自らも絶えず命の危機に晒されながら、完璧の【中毒者(ホリッカー)】——百鬼(なきり)全一郎(ぜんいちろう)は一人奔走していた。彼が求めるのは、誰の目にも「完璧」な結果。そのためには、誰一人として命を落とすようなことは許されない。


「こちら〈JAIL〉の百鬼! まだアジト館内に残っている人は——」


 無線を通して外部との連絡をとりつつ、百鬼は絶対律によって知覚できる範囲の建造物の崩壊を阻止していく。しかしいくら彼であってもその範囲と時間は無限ではない。瓦礫の雨を避けながらできるだけ多くの者と合流し、一刻も早くアジトから脱出する——そんな無理難題を課された彼を呼び止めたのは、恋に恋する地雷系少女だった。


「——全くん!」


「ららにゃんさん……? それに、皆さんも……」


 百鬼の前に現れたのは、先の戦いを終えた軛らら、中西武、乾遥、伊織十和の四人。そして、それに加えて——


「そちらの方は?」


 伊織の背に隠れるようにして一歩下がったのは、元毒裁社所属の【中毒者(ホリッカー)】、七刃だった。しかしもう彼女の手には刀は握られておらず、百鬼にもこれといって敵意を向けていない。伊織は百鬼との邂逅に冷や汗を流しつつ、率先して答える。

 

「この子は七刃。もとは毒裁社の所属だったんだけど、色々あって私たちについてくることになったの。皇さんたちにも後々私から事情は説明するから、今は仲良くしてあげて?」


「……わかった。けど、十和、その腕は——」


 百鬼の問いに、七刃が後ろめたさから視線を逸らす。

 伊織の右腕は止血処理こそされているものの、もう元に戻らないことは誰の目にも明らかであった。上着の上から切断面を抑えるようにしつつ、伊織は柔和に笑う。


「別に大したことないわ。私が少し、ヘマしちゃっただけ」


「そっか……ごめん。俺がもっと、よく考えて立ち回っていれば——」


「謝らないで。あなたのせいじゃないから。それより今は、一刻も早く出口を目指しましょう」

 

 温厚ながらも強かな伊織の笑みに、百鬼もそれ以上は言葉を継がなかった。するとその横で啖呵を切るように、中西が拳を打ち付ける。


「上品な若いのの言う通りだ。操神たちの救出が済んだなら、ワシらもしっかり生きて帰ろうじゃあないか!」


「……ですね。俺の能力である程度、アジトの崩壊を防ぎます。残った人たちとも合流しつつ出口を目指しましょう」


 一刻の猶予も許されない状況のもと、彼らは団結して出口の方向へと走り始めた。しかしそんな折、慌てたようなザムザの声で無線通信が入った。


『こちら〈JAIL〉の扉音三十三(ザムザ)! 操神たちと合流したが……たった今ちとまずい状況になった!!』


「どうしたんですか!?」


 ザムザは軽い舌打ちを交えながら、切迫した声音で答えた。



『——敵のヨーヨーの【中毒者(ホリッカー)】と遭遇した! だが、戦闘の途中で天井が崩れちまって……今は操神が一人で奴と戦ってる!!』




          ◇◇◇




 アジト崩壊の少し前。

 ザムザたちと合流した操神は、非能力者の追手や道中に仕掛けられた罠に対処しつつ出口を目指していた。今作戦における最重要人物でもある操神と沢田の二人の動向は、ザムザが無線によって全体に伝達している。二人の奪還という目標が達成されつつあることもあり、公安の面々の間には希望が芽生えかけていた。


「このまま突っ走るぞ! 遅れるなよ!」


「ああ!」


「おうよ!」

  

 先導するザムザの掛け声に、操神と沢田が応える。

 だがその後すぐにザムザは何かの気配を察知して足を止め、操神らも停止した。彼らがザムザにその理由を訊ねるよりも早く、曲がり角からその人影は現れる。


「しっあわっせはぁ〜♪ あーるいてこねぇ〜♪ だぁから殺して奪い取る〜♪」


 間の抜けた声で歌いながら、彼は現れた。

 その頬には自らの爪でつけられた傷跡が目立っており、焦点の合わない目つきからしてもその精神状態が尋常でないことは明らかであった。片手間にヨーヨーを昇降させる彼は、操神の姿を捉えて途端に瞳孔を開く。


「……おぉ?」


「——!?」


 その男と目が合った操神も、忌々しい記憶を思い出して目を見開いた。今目の前にいるのは、あの日天喰夜宵を傷つけ、また自らのことも窮地に追いやった因縁の宿敵。


廻神(えがみ)絢聖(けんせい)……!!」

 

「よぉおおおおおお! ずーーーーっと会いたかったぜぇ、マイスウィート! まさか本当にそっちから歩いてきてくれるとぁなぁ!! 驚き桃の木びっくりドンキーだぜぇこいつはァ!! あっはははははは!!」


 狂ったように高笑いを続けながら、廻神は言った。

 思わぬ局面での宿敵との再会に操神は焦りつつ、この道を迂回するか強行突破するかの二択を迫られる。全員が疲弊し切っているこの状況下で、興奮状態の廻神を相手取るのはやはり悪手と言えるだろう。


「……どけ、廻神! こっちはお前とやり合ってる場合じゃねぇ!」


「はぁああ? 知るかよ。こっちはずぅうううううううううううっとテメェをぶっ殺せる機会(チャンス)を待ってたんだ……こんなトコで逃がすわけねェだろうがよ!! あぁ!?」


 大きく振りかぶり、廻神は右手から二つヨーヨーを射出する。

 操神の咄嗟の合図でザムザたちもその一撃を回避できたものの、射程距離を考慮すれば操神らが不利であることには変わりはない。華夢の睡眠欲譲渡も使えない以上、逆転の一手も望めないだろう。


「鬼灯のババアから、テメェのことは殺すなって言われた気がするが……今更そんなのどうだっていい。今はただ、テメェのことが死ぬほど気に食わねぇ!!」


「くそッ……ザムザ、撤退だ! 迂回して出口に向かう!」


「っ、仕方ねぇな……!」


 再びザムザが先導して、出口へと向かおうとした。しかしその瞬間、彼の背から一人の少女が飛び出し——後退する操神らを守るように立ち塞がった。


 廻神は戸惑いを見せ、攻撃の手を止める。


「あぁ? なんだよクソチビ……」


「やめて! この人たちは、悪い人じゃないの!!」


 廻神の前に現れたのは、元コドクモリの孤児にして「失敗作」の少女——ナナヨ。彼女自身コドクモリの成功体である廻神のことは知っていたが、廻神の方はそうではない。


 眠っていたはずの彼女の登場に驚いたのは、操神達も同じであった。


「ナナヨちゃん、危ねぇから下がってろ!」


「嫌! ねぇ、絢聖お兄ちゃん……わたしのこと覚えてるでしょ!? 一緒にヨーヨーで遊んだ、あのときの——」

 

「——うるせぇ!! 失敗作風情が……んなこといちいち覚えてねぇよ!!」


 激昂する廻神にナナヨは死を覚悟する。

 そしてそれと同時、アジトに強い揺れが走った。最下層にて、鬼灯がアジト崩壊のコマンドを起動したのだ。轟音の中、錯乱した廻神がヨーヨーを射出する。


 図らずともそれは、ナナヨの小さな体躯を切り裂いた。


「ナナヨ……ちゃん?」


「おい、操神! 危ねぇ!!」


 倒れこむナナヨに気を取られていた操神は、遅れて頭上から降ってくる瓦礫の存在に気づいた。ナナヨを抱きかかえつつ操神は咄嗟に回避したものの、今度は沢田たちと分断されてしまう。


 一瞬の出来事の情報量に頭がパンクしそうになりながらも、操神は腕に抱いたナナヨの顔に目をやった。


「おい、ナナヨちゃん……」


 胸をヨーヨーによって切り裂かれたナナヨが、操神に返事をすることはなかった。一瞬にして奪われた、儚き命。操神はあまりの衝撃から涙を流すことも叫ぶこともせず、ただ——


「ふざ、けんなよ……」


 ただ呆然と、操神は一人宿敵の前に立たされた。

 

 目の前で失われゆく、救えなかった命。

 彼の闘志に火をつけるには、それは十分すぎた。


「あっはははは! もうこれで邪魔者はいなくなったなぁ!!」


 狂乱する廻神に、操神は答えた。


「……そうだな。奇遇だよ、廻神絢聖」


 ナナヨの亡骸を壁にもたれかけさせ、操神はナイフを二本——否、四本同時に取り出してみせた。それは、ゴーガツでの襲撃以来に行う特技のジャグリング。だがその挙動ひとつひとつには、なんの迷いもない。



「俺も今、お前のことが死ぬほど気に食わない」



 今再び対峙する、操神と廻神。

 富士山頂での頂上決戦——その最終局面。


 二人の「神」が、激突する。

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