第52話 状況終了
荒れ、狂い、乱れる富士山頂。
銃弾が飛び交い、〈AUS〉と〈AUS〉がぶつかり合う混沌とした戦場で、独立した秩序は彼女1人──〈ANTIDOTE〉第2班の班長である皇律であった。
そんな彼女に睨まれるのは、1人の女米兵──アンノボン・サンダルフォン。
そんな2人が毒裁社のアジトの目の前で戦闘を開始しようとしたその時、一発の銃弾が、アンノボン・サンダルフォンに向けて正確無比に放たれる。
正真正銘1vs1の、正々堂々タイマン勝負だと思われた戦闘であったが、そんな憶測・思い込みを打ち壊す──否、撃ち壊すのは同じく〈ANTIDOTE〉第二班、副班長の霜月兵平であった。
放たれた銃弾は、アンノボンに吸い込まれるようにして空気を穿ち、アンノボンを貫く──
──はずだったのだが。
"pop!pop!pop!"
「──んなッ!」
アンノボンに当たるはずの銃弾だったが、銃弾を弾き飛ばすようにして破裂したのは、白い歪な球体。
自らの銃弾の軌道が変更されたことに驚きが隠せない霜月とは対照的に、至って冷静な皇はその白い歪な球体の正体を暴いていた。
「──ポップコーン!」
”That's right!”
2m近くあるアンノボンの巨体から弾け飛んだのは、ポップコーン。
それ即ち、アンノボンがポップコーンの【中毒者】であることを表していた。
「まさか霜月の銃弾を弾き飛ばすとはな。尊敬するよ」
「イヤイヤ、ケンソンシマスヨ~。マッスグクビヲネラウノ、サスガデース」
カタコトでそんなことを口にしながら、肩にRPG-7をかけて発射体制に入る。狙うは皇──ではなく、ヘリコプターに乗る霜月。
「──させるものかッ!」
RPG-7の命中率は低いとされているが、先程までのアンノボンを見てるとコツを掴んできているようだった。
前回は、伊織がいたからこそ攻撃を防げたが、今回は防ぐ術もない。
だからこそ、皇はその体を突き動かしアンノボンの攻撃を外させるために動く。
皇はその手に己の唯一の装備品であるハンマーを手に持ち、アンノボンのその頬を打つことを試みる。が──
「──班長、罠だッ!」
「──ッ!」
空中からと、無線から。二重に聞こえるその怒声に体を痺れる感覚を覚えつつ、その言葉の意味を咀嚼する皇。
罠──それ即ち、ヘリコプターを狙っているのは嘘。となると、本当に狙っているのは──
その意味に気付いたと同時、アンノボンの下衆な笑みとRPG-7の飛び出た弾頭が皇の方へと向き、その弾頭が放たれる。
「──クソ」
もし霜月の声掛けがなければ、もしアンノボンが細かい調整をした後に弾体を放っていれば、結果は変わっていただろう。
皇は、咄嗟に大きく横っ飛びをして地面を転がりながら低い体勢を取る。
皇の回避行動は成功し、アンノボンの放ったRPG-7は皇の横を通り過ぎて、毒裁社の雑兵の近くで爆発して、彼らを蹴散らす。
「アチャー、アーチャーヲフキトバシチャッタ」
「弓矢使いではなく銃使いだろう」
皇はそう口にすると立ち上がり、すぐにアンノボンの方へと迫っていく。
アンノボンの方は、RPG-7は弾を砲口にセットできていないから、今がチャンスだ。
「──我慢しろよッ!」
「──ッ!」
皇は、ハンマーをフルスイングしてアンノボンのその頭蓋を震わせる。破裂すると自分にも影響がある可能性があったから、ポップコーンを放てなかったのだろう。
「ハハハハハハハ!サスガデス!」
「──ッ!」
片目を瞑りながらも、アンノボンはRPG-7を持っていない左手を伸ばして、皇の左腕を掴む。
右腕に持たれているハンマーを奪われないように、できる限りアンノボンから遠い所に置きつつ、攻撃に相応しい瞬間を見極める皇。
間断なく変化し続ける戦況で、数秒間の睨み合いがあった後に、空から響く銃声を皮切りに、2人は動き出す。
「ハンマーをくらえッ!」
そう口にして、一歩前に出てアンノボンへ向けてハンマーを振るう皇。
その腕をRPG-7で受け止めようとしたその時、アンノボンの顎に硬いものがぶつかる。
「──ッ!」
地面から伸びているのは、皇の脚。それが、アンノボンの顎に激突する。
「オマエッ!」
掴まれていた左腕を引き抜き、その場から撤退する皇。一方のアンノボンは、蹴られたことにより強制的に上を向かされながら、空を切る一発の銃弾が自分の右手に持たれているRPG-7を狙っていることに気が付く。
"shit."
アンノボンはそうとだけ口にして、眩む頭でRPG-7が破壊されることを理解される。
理解はできたが、体は動かない。頭を直接叩かれた衝撃と顎を蹴られた衝撃が反響し、脳を震わせている。
「完全に壊す」
天から降り注ぐそんな宣言と同時、アンノボンの右手にあるRPG-7に追加の銃弾が降り注ぐ。
霜月により、完全にRPG-7は破壊される。
──ここで、無理にアンノボンを狙わなかったのは正しい。
アンノボンも、自分が狙われているとわかれば、無理をしてでもポップコーンを放ってその銃弾を避けていただろう。ここで武器の破壊を優先した霜月は、自らの安全を確立したのも踏まえて賢いと言える。
「──霜月。周囲の雑兵の処理を頼む。終わり次第連絡しろ」
「了解。2分で終わらせる」
2人は、無線でそうとだけ会話をする。霜月に毒裁社の雑兵の相手を任せる。
数十人おり、彼らは〈ANTIDOTE〉第二班と〈JAIL〉の乗ってきたヘリコプターの2台を執拗に狙っているが、そのヘリコプターの方に銃弾が当たったような形跡はない。
逃げ道を無くすためにヘリコプターの墜落を支持されてるんだろうが、腕前は素人に毛が生えた程度だ。
その腕前では、ヘリコプターを墜落させることはできないし霜月の敵にはならないだろう。
「──お前の武器は壊した。降伏したらどうだ?」
「ハハハ、ジャパニーズジョーク」
皇が霜月に指示を出していた間に体制を整えたアンノボンは、RPG-7という武器を失い丸腰になりながらもその巨体で仁王立ちをする。
"Are you mistaken?My best weapon is not the RPG-7. It's popcorn."(勘違いしてないか?私の最大の武器はRPG-7ではない。ポップコーンだ)
それと同時、アンノボンの体から発せられるのは大量のポップコーンの種。
それが、銃弾のように皇の方へ迫り弾ける。
「──ッ!」
ポンッという警戒に弾ける音とは裏腹に、明確な殺傷能力を持ったポップコーンはまるで小型爆弾だ。
皇の体に種がぶつかり、その衝撃で白い花が咲く。
「──ッ!」
弾けて開花するポップコーンに含まれる爆発を相手にして、皇は苦悶の表情を浮かべつつもハンマーで吹き飛ばせることを理解する。
──この勝負はまだ、皇に勝ち筋がある。
皇は、第一波を耐え忍んだ後にアンノボンの方へと迫る。
それを見たアンノボンは、焦ることなくポップコーンの種を放ち、皇の近くで爆発させる。
「その技は通用しないッ!」
そう口にして、前方から迫ってくるポップコーンの種に向けてガベルを模した金属製のハンマーを一振り。
ハンマーに当たりポップコーンが弾けるが、ハンマーに巻き込まれ吹き飛んでいくので皇にダメージは入らない。
「──ッ!」
──が、防げていたのはハンマーが届く範囲。
皇の足を狙っていたポップコーンの種はガードすることができていない。皇の視界に入らなかった数発が足元で爆裂し、その細く白い脚の上に赤が付け足される。
「──豪快な態度の割に小賢しい手を使うのだな」
"I'll do anything to win."(勝利の為ならなんだってするぜ)
皇の脚は痛みを訴えているが、立っていられない程ではない。少し立ち止まってしまった彼女であるが、再びアンノボンの方へと動き出し──
”Go to hell!”
その言葉と同時、ガトリング砲のような勢いで皇の方へと飛んでくるアンノボンの放つポップコーン。
そのポップコーンは皇の前で爆裂し、体を蝕んでいく。
上から下に、右から左に、縦横無尽にハンマーを振るいガードを試みる皇であったが、アンノボンの攻撃はそれを上回るスピードで押し寄せてくる。
「──ッ!」
皇の右手の近くで、1つの種が花開き、その爆裂が原因で皇の右手からハンマーが零れ落ちる。
これまでだって気休め程度のガードだってできていなかったけれど、ハンマーが吹き飛ばされたことにより完全に防御する方法を失う。
「うわぁぁぁぁ!」
皇は全身を蝕むポップコーンに耐えきれず叫び声をあげる。肩から頭から、頬から腹から手から足から血を流し、皇の体には多数の穴ぼこができる。
「──班長!」
約束した2分よりも40秒程早い時間で雑魚処理を終えた霜月が、すぐに皇を救出するために銃口をアンノボンの方へとむけて銃弾を放つ。
「──ッチ、スナイパーガモドッテキタカ」
アンノボンは、自らに向けて放たれる銃弾をポップコーンを爆裂させることで弾の軌跡を変更させる。
流石のアンノボンでも、遠くから一方的に狙撃してくる霜月とは相性が悪い。ポップコーンがヘリコプターの飛んでいるような位置まで届かないから、補助的にRPG-7を使用していたのだ。
アンノボンが霜月のことを睨む間に、皇はハンマーの回収を終えて再度戦いに臨む。
高所にいる霜月のことは物理的に攻撃できないから、狙うのは皇だけだ。
だが、皇を狙うと霜月から攻撃が飛んでくる。今の状況は、アンノボンに対して圧倒的に分が悪い。
だからこそ、彼女がとった行動は──
「コウサン」
「──え?」
「コウサンダ。イマノジョウキョウ、ワタシニカチメ、ナイ」
そう口にして、両手を上げるアンノボン。彼女は降伏の意を示し、両目を瞑る。
「──そうか。では、逮捕する」
降参の意を示した相手に攻撃するほど好戦的ではない皇は、アンノボンの方へと近付きその手錠をかける──その刹那。
「ウッソー」
「──ッ!」
刹那、皇の胸部にめり込むポップコーン。これまで以上の至近距離で爆発し、皇の胸部には穴が開く。
そこからは多量の血がドクドクと流れる。
「野郎ッ!」
霜月はすぐにアンノボンの方へと銃弾を放つけれども、それらは全てポップコーンによって防がれる。
「嘘をつきやがって、お前を詐欺罪で……」
「ノンノン、アメリカンジョーク」
「──ッ!ムカつく野郎だ」
皇は、己の〈AUS〉の行使を試みるけれども、相手は米軍だ。不逮捕特権が存在している以上、裁くことはできない。
「──完全に私対策か、あの野郎」
皇は、頭の中に毒裁社の幹部である七星北斗の顔を浮かべる。ケラケラと腹の立つ声で笑うクソガキの手中で踊らされている皇は、舌打ちをすることしかできない。
──胸部に傷が増えた皇は、なんとかアンノボンから距離を取る。
「もう次は降参って言おうが信じないからな。アンノボン」
「ンジャ、コウフクスルワ」
「降伏も駄目だ。お前の命を刈り取るまでは終わらない」
「コッチモオナジネ」
そう口にして、ポップコーンを発射するアンノボン。余程、早く皇のことを殺したいのかその弾幕は先程よりも濃い。
そんな中で、皇は霜月と無線で言葉を交わす。アンノボンの頭や首、心臓を狙って放たれているその銃弾だが、全てポップコーンによって逸らされていた。
「──ハハハ、ザンネン。ワタシニハカテナイ」
爆裂に体を蝕まれながら、ポップコーンを一心不乱にハンマーで弾き飛ばしながら皇はそんな言葉を耳にする。
アンノボンの弾幕は一発一発はそこまでの強さではないが、こうして連発されるとかなりのダメージとなる。皇のハンマーじゃ気休めのガードにもならない。
もはや、無駄としか言いようがないハンマーを振るっている皇を、アンノボンが嘲笑したその時──
"What?"
皇の方向から、銃弾が飛んでくる。
理解不能な銃弾に、アンノボンはガードが遅れて、腹部にめり込み、その皮膚を裂き肉を穿ち骨を断った。
アンノボンは、傷を抑えながらその銃弾のことを考える。
皇は銃を持っていない。あのハンマーから銃弾が飛び出るとは思えなかったし、銃を持っていた雑兵から奪い取った形跡もない。それに、雑兵は皆倒れているから皇を倒そうと放ったものの流れ弾という可能性も皆無だ。
現在、銃を放てるのはヘリコプターに乗っている霜月だけだが、その霜月からの銃弾は上から飛んでくるはずだ。地面とは平行に、皇の方から飛んでくることは──
「──霜月の放った銃弾を、私がハンマーで跳ね返し、お前に当てた。それだけのことだ」
跳弾。
しかも、壁や岩などではなく絶え間なく動き続けていたハンマーに当たっての跳弾。
そんな現象を、アンノボンは聞いたことがない。そんな凄腕の狙撃手を、米兵であるアンノボンは知らない。
跳弾だとするのであれば、もしハンマーに当たらなければ皇に当たって皇が死ぬはずだ。そんな危険を冒すだなんて──
「──信じられない、という顔だな。まぁ、そうだろう。普通の狙撃手にはできないだろうな。でも、霜月は違う。霜月にはこのくらいの芸当、朝飯前だ」
皇はハンマーを強く握り、血だらけの体をアンノボンの方へと突き動かす。
彼女は「朝飯前」と口にしたが、狙撃の【中毒者】である霜月をもってしても、縦横無尽に動かされているハンマーに銃弾を当て、それを跳弾させてアンノボンへ当てる──などという行為は失敗する可能性が高かった。
だが、そんな危険な策でも尚、皇は霜月を信じて実行したのだ。
「残念だったな、アンノボン。お前の負けだ」
──第二班の班長と副班長の信頼関係は、アンノボンの死をもって伝説となる。
「こちら〈ANTIODTE〉第二班班長、皇律」
「同じく第二班副班長、霜月兵平」
「「──状況終了」」




