第50話 南無阿弥陀仏
──『永遠の二番手』扉音三十三は、どこに行って何を行っても二番手にしかなれない男だ。
小学校でも中学校でも・高校・大学でも扉音三十三は成績においても部活動においても2位であった。
それは〈JAIL〉に入っても同じで、年に2回たった一人だけが〈JAIL〉から卒業できる検査において、毎回2番手を取っている。だからこそ彼は、『永遠の二番手』と言う二つ名を付けられていたし、10年以上〈JAIL〉として保護と銘打った地下牢への監禁が行なわれていた。
──と、何事においても二番手のザムザであったが、そんな彼もたった1つだけ一番になれるものがあった。
そのたった一つの1番という称号は、千手観音の【中毒者】が証明してくれている。
──殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。
──払い、受け、流し、避け、引き、飛び、止め、弾き、躱し、凌ぎ、打合う。
殴打、乱打、連打、猛打。
振るう、振るう、振るい続ける。
千手観音の【中毒者】扉音三十三と、ヘッドホンの【中毒者】丁耳奏太の打ち合いは、留まるところを知らない。
背筋から生える無数の手が圧倒的物量に変化して丁耳奏太に襲い掛かるが、丁耳奏太はその質量を、〈AUS〉によって強化された肉体と運動神経で回避し続ける。
拳と拳が激突し、その衝撃で汗が飛ぶ。
ザムザはこれまで何度も、丁耳奏太の腕を掴みその動きを止めることを目的にしているが、全て成功しない。
──速すぎる。
目にも止まらぬ速さで大量の拳を振るっているザムザであったが、それを目にも止まらぬ速さで回避し受け流しているのは丁耳奏太だ。
ヘッドホンをしているため声も届かず、音楽を聴いているため眠気も覚ましている丁耳奏太を前にしている現状、寧々の睡眠欲の譲渡も効果はなく、ザムザの連撃も効果は薄い。
千日手と思えるその戦闘に、違いを作り出したのは現在防戦一方を強いられていた丁耳奏太であった。
「そろそろ、曲変えようかな」
忠告──ではない、完全な独り言を口にした彼は、ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出し曲を変化させる。そして──
「──ッ!」
ザムザの腹に──正確には、ザムザが己の身を守る装甲として纏っている幾重もの腕に激突するのは丁耳奏太の脚。
「速すぎるッ!」
そう口にしたザムザは、装甲として身にまとっていた腕が何本か折れていることを自覚する。
衝突した感覚があったのは1本だけだ。だというのなら、その周囲の数本はその衝撃で折れたことになる。
「──ザムザ、大丈夫?」
丁耳奏太に全ての睡眠欲を消費して尚、彼は眠らなかったため完全に戦力外となった彼女──華夢寧々は、離れたところからザムザに対して声をかける。
「数本折れちまったが問題ない。勝算はあるから協力してくれるか?」
「もちろん」
寧々の返答を聴いたザムザは、ヘッドホンを付けていることをいいことに寧々に作戦を伝える。
「──わかった。それに合わせて動いてみる」
「お願いす──」
「──来いよ、来いよ、来いよ、来いよぉ!もっと、攻めて来いよ、来い!」
「──ッ!」
攻撃を止めていたザムザの方へ、すかさず襲い掛かってくるのは丁耳奏太。
丁耳奏太の拳を、腕数本を使用して受け止める。包み込むように止めればダメージは軽減される。痛くはない。
──が、丁耳奏太の両腕を受け止めたところで彼の動きは止められない。
「次は、足!」
ザムザが攻撃を予見すると同時、丁耳奏太はその場で逆上がりするかのように足を蹴り上げる。
蹴りが顎に激突すれば、頭蓋骨が割れかねないのでザムザは後ろへと頭を引きその攻撃を回避する。
一方で、丁耳奏太の方は最初から攻撃が目的ではなかったのか、一切動じることはせず、そのまま遠心力を味方に付けて掴まれていた両腕を無理矢理引き抜いた。
「──ッ!抜け出したな!」
丁耳奏太の両腕を掴んでいたザムザの腕が火傷のような痛みを主張する。
空中を回転しながら地面に着地し、それと同時に再度ザムザの方へ飛んで迫ってくる丁耳奏太。
「正面衝突だ!」
「ギターソロ!」
2人のその言葉が重なると同時、量に差のありすぎる拳が衝突し合う。
「南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無ーゥ!」
「ギタギタギタギタギタギタギタギタギタギタギタギタギタギタギタギターッ!」
拳と拳が激突し、衝撃波が空気を揺らして産毛を燃やす。
両者はその場から動かすことなく、全力で拳を振るい続ける。
皮膚は裂けて血が吹き出、筋肉が潰れ骨が削られた神経が悲鳴を上げながらも拳は止まらない。
止まらない、はずだったのだが──
「ヘッドホン、もらい」
「──んなッ!」
丁耳奏太のヘッドホンを奪い取り、戦闘の興を削ぐのは寧々だった。
外されたヘッドホンからは、爆音でギターの音が流れていたのを、寧々はそこらに投げ捨てる。
「──お前!」
丁耳奏太が怒り、寧々のことを殴ろうとしたけれども、彼の腕を掴むのはザムザであった。
「──ッ!クソ、離せ!」
ヘッドホンを外した丁耳奏太には、もう先程のようなパワーは出ない。
彼の能力は、ヘッドホンから聴く音楽に合わせてバフ・デバフがかかるというものだ。
だから、BPMが高い曲を聴けばそれに比例するように彼のありとあらゆる速度も速くなるし、激しい音楽を聴いていれば攻撃性も増す。
だが、そんな彼がヘッドホンを外してしまえば一般人だ。
「眠らせておくか」
「ごめん、もう眠くない」
「じゃ、俺の拳で」
「い……嫌だ!すまなかった、許してくれ!」
腕を掴まれている以上、もう抜け出すことはできない。
〈AUS〉のない丁耳奏太に、もう勝ち目はない。
「許してあげたいけど、こっちも仕事だ。許せない。殺しはしないし、南無阿弥陀仏って唱えてやるから安心しろ」
「嫌……」
「南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無ーゥ!」
その言葉と同時、両腕を掴まれた丁耳奏太を襲うのはザムザによる南無南無ラッシュ。
大量の拳に撃たれた丁耳奏太はそのまま意識を失い、遠くへと吹っ飛んでいき──。
「南無阿弥陀仏」
その言葉が、丁耳奏太との戦闘の終了を意味していた。
←To Be Continued




