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第47話 もう、やめにしよう


 斬閃が空を切り裂く。

 コドクモリの成功体にして刀の【中毒者(ホリッカー)】である七刃は、新調した日本刀で伊織ら四人の【中毒者(ホリッカー)】を牽制する。数では圧倒的に七刃側が劣勢だが、彼女自身の攻撃性と斬撃の射程を前に、伊織たちは迂闊に近づけずにいた。


「遥ちゃん、タピオカ砲は撃てる!?」


「……っ、とりあえずやってみます!!」

 

 物陰に隠れつつ、伊織は乾遥ことはるポンに指示を出す。

 伊織の〈AUS〉による攻撃の強弱の逆転は強力だが、多くの味方の攻撃もほぼ無効化してしまう上、多用し過ぎれば彼女自身も〈毒暴走(アポトーシス)〉を起こしかねないため乱発はできない。ヘリ搭乗時の分を差し引けば、今作戦での残された発動回数は残り2回といったところだった。


 ストローを模した砲身を構え、遥はタピオカ弾を発射する。

 が、それも七刃にとっては斬りやすい巨大な球でしかなかった。迫りくるタピオカを真っ二つにしながら、彼女は鍛え上げた剣術で広範囲に斬撃をばら撒いていく。このままでは埒が明かない、と誰もが痛感したその時だった。


 地雷系少女、(くびき)ららがカッターを手に最前線へ躍り出る。


「そんなマジになんないでよ。かわいくないよ、そうゆうの」


 タピオカ砲で応戦する遥の隣で、ららは自らの手首にカッターナイフの刃を押し当てる。それは言うまでもなく彼女が中毒になっている「リストカット」だったが、この緊迫した状況下で行われるそれは勿論、ただの自傷行為というわけではなかった。


 

「ららと一緒に、“快楽(ラク)”になろ?」



 カッターの刃が彼女の手首に滑り込み、肉を抉り出すように切り裂く。そうしてできた深い切り傷からは赤黒い鮮血が噴き出した——が、彼女は恍惚としてその頬を染めている。


 代わりにその痛みに叫んだのは、七刃だった。

 

「……ッ!?」


 突如左手首に走った激痛から、七刃は日本刀を手放して手首を押さえた。しかし、そこには血はおろかこれといった傷すら窺えない。原因の欠落した痛覚信号が、毒のように彼女の脳内を麻痺させている。


「貴様、何を……っ!!」


「ふふ……気持ちいいでしょ? リスカってね、どんな悩みも不安も吹き飛ばしてくれる脳内麻薬なんだよ。死にたくなるほど思い悩んでても、この痛みはららの精神をキレイに保ってくれる……!」


 リスカの【中毒者(ホリッカー)】軛ららの〈AUS〉は、痛覚の一時的な共有。

 自傷行為に及んだ際に彼女が目を合わせていた相手、という制約はあるものの、痛覚の一方的な押し付けというのは戦闘においても非常に厄介な能力と言えるだろう。加えて彼女自身にとってリスカは快楽でしかないため、相手からすれば尚のこと性質(たち)が悪い。


「あの、その血……」


「あはっ……だいじょうぶだよ、ギャル子ちゃん。あとでちゃんとだーりんに治してもらうから♡」


 リスカ中毒とはいえ、彼女も彼女なりに今すぐ死に至るようなことがないよう弁えている。程々の切り傷、程々の出血、程々の痛み。死がちらつく中でそれを楽しみながらも、存外にもしっかりと自らの命の手綱を握っていた。


「理解、できない……正気か……っ!?」


「あはっ、また目が合った♡」

 

「……っ!!」

 

 ららは隙をみて、左手首にカッターの刃を沈ませる。

 七刃もその痛みに怯みはしていたが、それでいつまでも戦闘を放棄するほど愚かではない。足元に転がった日本刀を手に取るべく彼女が手を伸ばした、その矢先。

 

 天井が崩れ、巨体が落下してきた。


「「——!?」」


 軛ららと七刃の間に割って入るようにして乱入したのは、フルフェイスヘルメットを被った大柄な男だった。彼は大型の防護盾二枚を両手に構えながら、痛みに耐える七刃を庇うように立ち塞がる。


「七刃……貴方(あなた)は我らが毒裁社のもつ『刃』にして、まだ周囲に守られるべき幼い子供だ」


 くぐもった声で、男は言った。

 


「——ゆえに私が、守護(まも)らねばならない」



 状況を打開すべく、遥が立て続けにタピオカ弾を発射する。

 が、弾速も貫通力も低いそれはもはや男の持つ防護盾の前では通用しない。男のもつ鉄壁の防御を前に、伊織らは打つ手を失った——かに見えた。


「そろそろ、ワシの出番か?」


 その漢が、満を持して登場するまでは。


「中西さん……!」


「ここはワシに任せておけ、上品な若いの。もっとも、この力を使えばまた暴走しかねんがな……」


 そう言って意気揚々と指を鳴らすのは、獅子の【中毒者(ホリッカー)】、中西武。七刃の斬撃を前に様子見を決め込んでいた彼だが、堅牢そうな盾男の登場を見てその闘志を滾らせていた。


「気炎万丈、粉骨砕身。我が身は(たけ)る獅子の如く」


 上着を脱ぎ捨て、老齢の漢はその鍛え上げられた肉体をあらわにする。そして乾遥や軛ららの前に躍り出ると、豪快に拳を打ち鳴らした。


「手合わせ願おうか、若造」


 中西武の〈AUS〉は、獣化。

 自らが尊敬し愛してやまない獅子の姿に変身し、身体能力を底上げする。言ってしまえばただそれだけの能力である。——が、そんな単純明快な能力も、この状況では立派な切り札であった。


()ッ——!!」


 豪胆に地面を一蹴し、彼は半獣化した拳を盾に打ちつける。

 男はその衝撃に揺さぶられたが、彼の足がその場から動くことはなかった。純粋な膂力と体幹による押し合いとなり、実力の近い両者は一時拮抗状態となる。


「お強いですね。私の盾をもってしても、押されるとは……」


「ガハハッ、お前こそやるじゃあないか。若造、お前の名はなんという? なんの【中毒者(ホリッカー)】だ?」


「……防護(ぼうご)(まもる)。なんの【中毒者(ホリッカー)】にもなれなかった、落ちこぼれの成れの果てですよ」


「ほう、能力なしでこの防御か! こいつは面白いな!!」


 拳と盾。攻撃と防御。

 無能力者ながらも強力な防護の防御は、中西の拳をもってしても崩すのは容易ではなかった。彼によって通路を塞がれている関係上、ららや伊織、遥たちも先に進めずに止まっている。


 しかし盾の裏に隠れた刃は、その限りではなかった。


「お褒めに預かり光栄ですが……これ以上先に、あなた方を進ませるわけにはいきません」


 防護の肩を蹴り、七刃は跳躍する。

 居合の姿勢をとっていた彼女は、空中で垂直に刀を振り抜いた。



「————居合・『裂空(れっくう)』」



 伊織らの不意をついた、渾身の一太刀。

 その斬撃はタピオカ砲を手に、中西の援護にあたっていた乾遥を両断せんと繰り出された。反応の遅れた遥が死を直感し立ち竦んだその刹那、誰よりも仲間の身を案ずるかの少女が、手を伸ばす。


「遥ちゃん、危ない!!」


 棒立ちの遥を、伊織の右手が突き飛ばす。

 そして七刃の斬閃は無慈悲に、その腕を両断した。


「えっ……?」

 

 斬られた伊織の右腕が、断面からゆっくりと滑り落ちる。


「っ……ああああッ!?」

 

「い、伊織先輩!!」


 残された右上腕、もとい右肩を押さえて伊織は崩れ落ちた。救急手当の訓練を思い出した遥はバッグから包帯を取り出したが、その手は恐怖に打ち震えている。


 その一方で、彼女らの時間を稼ぐように軛ららはカッターを手首に押し当てるが、七刃の手はもう刀を手放すことはない。


「無駄だ。——()ね」


 覚悟を決めた剣士に、同じ痛みは通用しない。

 動きを止めた伊織らをまとめて葬るべく、七刃は二太刀目を繰り出す。しかしその斬撃は、溢れ出した深緑の光によって威力を和らげさせられた。


「この光、()()()の……」


「中西さん! 一旦退いてください!!」


「……!!」


 片腕を失った痛みに悶えつつも、伊織は〈AUS〉を解禁して七刃の攻撃をほぼ無効化させた。だがそれと同時に、効果範囲に巻き込まれた中西の拳も威力を減衰させられる。


「おや、勢いが死にましたね」


 防護は中西の隙をつき、防護盾で彼の体を打ちつける。

 すると不幸にも元々軽微だったその威力は反転し、屈強な中西を吹き飛ばす強烈な一撃となった。飛ばされた中西は立ち上がると、負傷した伊織の姿と〈AUS〉の発動をようやくそこで確認する。


「若いの、その腕は……」

 

「——今はいいんです! それより、こっちの能力に対応される前に彼らを撃破します! 中西さんはもう一度攻撃を!!」

 

 鬼気迫る表情で言った伊織に、ややあって中西が頷く。

 その間、伊織の手当てを軛に任せた遥は、威力の増したタピオカ砲で場を繋いでいた。盾持ちの防護はダイヤモンドよりも硬い鈍器と化したその球から七刃を守りながら、発動した伊織の〈AUS〉に考えを巡らす。


(斬撃の無効化にこの弾頭の威力増大……あの少女の能力は、攻撃力の反転といったところか?)


 無能力者ながらも、元機動隊出身にして【中毒者(ホリッカー)】との戦闘経験もある防護の勘は正確だった。それゆえに反転した敵の攻撃の緩急にも、彼の防御術は一瞬にして対応できてしまっていた。


「うおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 迫りくるのは、タピオカ弾と中西の拳。

 先のパターンから防護が重点をおいたのは、一時的に威力の増したタピオカ弾の方だった。盾を構える右手および右半身に力を込め、タピオカ弾を迎撃する。力の強い中西の打撃は、それによって二の次となった。


「今の貴方の打撃は、たかが知れている……!」


 右の盾に、タピオカ弾が着弾する。

 防護のとった判断は、最適解に近かった。


「——!?」

 


 伊織十和が、直前で〈AUS〉を解除しない限りは。



(弾の威力が弱い……!? しまっ——)


 それは、伊織の〈AUS〉に対応してしまったがために生まれた隙。元警視庁機動隊である彼の戦闘経験の豊富さが生んだ、ある種の弊害であった。


「なるほどな……感謝するぞ、若いの」


 フルパワーで繰り出された、中西の拳。 

 彼の拳はほぼ無防備状態だった防護の左の盾に直撃し、ダメージの蓄積していたそれを粉砕する。そして——黒のフルフェイスヘルメットもろとも、防護の頭を強烈に殴打した。


「……見事」


 右フックをくらった防護は、最後にそう呟いた。

 鉄壁の防御を破られた彼は半ば満足げに、盾とその役目を手放して倒れ込む。彼に守られていた七刃は一瞬放心したものの、すぐに柄を握り直し、


「貴様、よくもっ——!」

 

 迷いの混じった抜刀。

 普段より一段階剣速の落ちたそれは、中西の目にも容易に捉えることができた。彼は分厚い手で刀身を掴むと、軽々とそれをへし折ってみせる。


「よせ。もう終わった」


 砕かれた刀。

 しかし〈AUS〉による刀の形成という手が残されている七刃は、まだ戦意を喪失しない。最後の最後まで鬼灯の駒、ひいては〈毒裁社〉のもてる「刃」として、侵入者へ刀を振り続ける。


 瓦礫から短刀を作り出し、その刃先で中西の腹部を狙う——が。


「……っ!」


 

 七刃の腕を血のついた手が掴み、止めた。



「もう、やめにしよう」


 弱々しくも優しい声音が呼びかける。

 背後から七刃の腕を掴んでいたのは、先程彼女に右腕を切断された伊織十和の左手だった。七刃はそれに気づき愕然としながらも、それを振りほどくべく暴れ出す。


「貴様っ、放せ!! 私は——」


「ねぇ、あなたは……私たちを皆殺しにしたいの? そうしないと気が済まないほど、私たちを憎んでいるの?」

 

「っ、それは……」


 七刃の腕を掴む伊織の力は、さほど強くはない。それでも七刃に彼女の手を振り解くことができなかったのは、劣勢に陥ったことによる不安か、それとも——


「こんなこと、もうやめにしましょう。私たちもこれ以上あなたのことを傷つけたくない。私たちがここで殺し合ったとしても、もう何にも生まれはしないのよ」

 

「黙れ!! 私は……私は、鬼灯の姐さんの命令に従っているまでだ!!」


「そう……やっぱり、そうなのね」


 七刃の手首を掴んだまま、伊織はその場に膝をつく。

 そして彼女の手が握る短刀の刃先を、自分の首に向けた。


「——!?」


「ねぇ、七刃ちゃん。よければ、私たちのところに来ない? あなたはまだやり直せるわ。だってあなたは、盲目的に大人たちの命令に従っていただけだもの。今日もここで私たちと殺し合う以外に、選択肢が与えられていなかっただけ。違う?」


 諭すように七刃に言う伊織の背を、獣化を解いた中西は無言で見守っていた。七刃が少しでも戦意を取り戻せば伊織の命はないという状況だったが、ここで暴力に訴えるのは彼にも躊躇われる。


「もしこの戦いが本当にあなたの意思だっていうなら、この剣で私を殺せばいい。そのことで私は、あなたのことを恨んだりしないわ」


 刃を握る七刃の手は震えている。

 同時に彼女は、今自分がここで刃を振るう意味を考えてもいた。彼らをここで切り刻むことが、自分の生まれた意味なのか。自分にここまで歩み寄ってくれた彼女を刺し殺すことが、自分のやりたいことなのか。


 鬼灯の言いなりになって人殺しをすることだけが、自分に与えられた道なのか。


「なん、なんだ……」


 七刃の左目から溢れたのは、一筋の涙だった。

 幼少期から刀だけを握らされ、人も動物も虫も魚もなんであろうと斬ることだけを強要された彼女にとって、伊織の提案は未知の光であった。刀で他者を斬り殺すことでしか生を知らなかった彼女に、ようやく手を差し伸べる者が現れたのだ。


「なんなんだ……お前は……」

 

 震える七刃の手から、短刀がこぼれ落ちる。

 伊織はそれを見て痛みを堪えながら、精一杯華やかに微笑んでみせた。


「私は伊織(いおり)伊織(いおり)十和(とわ)

 人より少し平和を愛してる、あなたと同じただの女の子よ」


 

 

        ◇◇◇



 

 同時刻、操神たちのいるアジト最下層にて。

 すぐそばまで迫った銃撃の音を聞いた鬼灯は、操神たちの前で立ち上がった。腰のホルスターからリボルバーを抜き取り、素早く弾を込めていく。


「もう誰か来やがったってのかい。面倒だね」

 

 六発目を装填し、鬼灯はシリンダーを戻す。

 そしてそれとほぼ同時、通路の先で一人の黒服が吹き飛ばされた。その直後に現れた人影に対して鬼灯はリボルバーを構えた——が、彼女は驚いたように目を見開いていく。


「おいおい、アンタは……」


 現れたのは、真っ白な髪をした美青年だった。

 正と負、両方の絶対律を発動していた百鬼は彼女の視線に気づくと、サバイバルナイフを持った左手を見えるようにあげた。


「どうも、鬼灯さん。お邪魔してます」


 百鬼はすぐさまP90を構え、鬼灯を狙った。

 銃を向けあった両者は、目と鼻の先で火花を散らす。


「そこ、通してもらえますか」


「ああ、好きに通りな。私を倒した後ならね」


 両陣営の最高戦力が静かに対峙する。

 二者はほぼ同時に、引き金を引いた。

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