第46話 〈コドクモリ〉の逆襲
〈ANTIDOTE〉第二班の班長である皇律が、毒裁社の招集した鬼畜米兵──アンノボン・サンダルフォンの足止めをする中で、残る第二班の伊織十和と、乾遥の2人組は、アジトの中に侵入する。すると、そこで出会ったのは──
「あ、いた!〈JAIL〉のお二人!」
そこにいたのは獅子のような顎鬚を蓄えた大柄の男──中西武と、黒とピンクを基調とした「地雷系」の衣服と言う抗争の最前線には似合わない格好をしている少女──軛ららの2人。
美女と野獣。港区女子と薩摩隼人。月とすっぽん。雪と墨。パパ活女子とパパ。
本来であれば交わらないであろう2人の姿が、そこには存在していた。
「おお、若いの。そんなに急いでどうしたんだ?」
中西武は2人のことを指し「若いの」などと呼ぶ。この場にいる女子3人──地雷系にギャル・清楚が揃っていて尚、彼にとっては同じ分類になるのだろう。
「班長が〈JAIL〉メンバーと合流しろって!一緒に行動してください!」
「もちろんいいわ。ららもおっさんと2人きりとかごめんだし」
「ありがとうございます!」
こうして、伊織十和と、乾遥・中西武に軛ららの4人は第二班・〈JAIL〉連合軍として先に進んでいく。
富士山頂という建設しにくい場所のはずなのに迷路のように入り組んだアジトの中を行き来しながら、操神と沢田の2人が捕らえられている部屋を、虱潰しに探していく。
そして、通算22枚目の扉を開け
「斬えろ」
「──ッ!」
扉を開けようとしたその瞬間、その扉が4人がいる方とは反対側に刻まれる。崩れた扉の先にいる、扉を切り刻んだ犯人は──
「──あ!アジト襲撃の時の!」
唯一、目の前にいる黒のセーラー服を身に纏った紫髪の少女と面識がある遥が、声をあげる。
「──久方ぶりだな。今日こそ殺す」
「ちょっと、何者よコイツッ!」
「七刃って言う、刀の【中毒者】!めちゃ強だから気を付けて!」
──七刃との戦いの火蓋が切り刻まれる。
***
他方、こちらもアジト侵入を試み成功した3人。
水無月怜に天喰夜宵・蛇ノ目錦の〈ANTIDOTE〉第一班ガールズは、最前線を突っ走っていた。
「外は銃弾の雨で危険だったけど2人とも無事かい?」
「はい、なんとか……」
「だいじょうぶ」
銃弾が飛び交うアジトの入り口を、なんとか無傷で通り抜けてきた3人。
「──と、遊翼君と繋がってたのは?」
「それは切れちゃいました……ごめんなさい」
「仕方ない。前は座ってたし目も瞑ってたからあんなに安定していたけど、今回は走ってたし目も開いてた。随分な進歩だと思うよ」
申し訳なさそうに謝罪をする夜宵のフォローをしっかりと行う水無月。
そんな中で、ヘビの持つピット器官で恒温動物──今の場合は人間から放射される赤外線を頼りに、できる限り人のいない道を探る錦。
「──ん、こっち」
錦が指を指した方の分かれ道へと進み、毒裁社の戦闘員を避けながらアジトの奥へ奥へと進んでいく。
「錦ちゃん。遊翼君の放射する赤外線とそれ以外の放射する赤外線って区別できるの?」
「なんとなく」
「なんとなくかぁ……」
「でも、そのなんとなくを信じて進も──う?」
と、「進もう」などと口にしながら、その場に立ち止まるのは班長である水無月。
「──班長、どうしたんですか?」
みるみる顔が青くなっていく水無月のことを見て、心配に思った夜宵は声をかける。
緊急事態を要するのであればここで引き返すのも一案だろうし、体調が悪ければ無理せず治まるまで近くの部屋に隠れているのが聡明だ。
「──少しどこかに隠れて様子を見させてくれ」
「わかりました」
余程のことがなければアジト突入を敢行するであろう水無月が作戦遂行中に足を止める。
そして、その理由を他の班員には伝えない。それは、彼女の中に理由があったからだ。それは──
──自らの〈AUS〉が、急に使えなくなった。そんな確固たる確信をついさっき持ってしまったのだ。
***
「──北斗様!ついに手に入れました!ついに傘の【中毒者】になれました!」
「私もです!私も今さっきめっちゃ雨の【中毒者】になれました!」
水無月が、〈AUS〉が無くなったという不安感を覚えたのとほぼ同刻。毒裁社の三大幹部であるタバコの【中毒者】──七星北斗に保護されながら、いや監視されて睨まれながら、なんとか丁度いま【中毒者】になった男女2名。
「──遅い。遅い遅い、遅い!──が、いい。よくやった、お前ら。成功だ」
北斗は、自分の3倍以上生きていきたであろう大人を前にして傲岸不遜な態度をとる。子供に虐げられる大人というのは、どこか皮肉を含んだ絵画のような情景であったが、これは紛れもない現実。
圧倒的な実力を持つ北斗が偉くて、【中毒者】にだってなれてていない2人の大人の方は小学生よりも立場が下だ。
「行って来いよ、お前ら。〈コドクモリ〉の逆襲を見せてみろ」
「「アイアイサー!」」
雨の【中毒者】──空蝉時雨と、傘の【中毒者】──菅笠霧奈は立ち上がり、意気揚々と戦場へ向かう。
──彼彼女には、他の戦闘員以上に人を殺すことに躊躇いがない。
何故なら、2人はこれまで〈コドクモリ〉で散々虐げられてきた存在だ。
ここで結果を出せば〈コドクモリ〉として拘束される状態から解放させられ、自由に動けることが保障される。そうなれば、誰を犠牲にして踏み躙ってでも、自らの自由を渇望するに決まっているだろう。
──こうして、奇跡的に2人が【中毒者】に選出されたように見えるのだが、これは引き起こされるべくして引き起こされた奇跡だ。
たまたま、本日8月5日が傘の【中毒者】の『入れ替わり』であり、たまたま菅笠霧奈が水無月怜を超える傘の愛する人物になった──という事実だけが表面だけには残っているが、それは毒裁社が引き起こした奇跡であった。
では、どうやってこの奇跡を引き起こしたのか。毒裁社の中には奇跡を引き起こすことができる奇跡の【中毒者】だとか、運の【中毒者】だとかが存在しているのか。答えは否だ。
ではどうしたのかと言うと、それと似たような現象を皆はもう知っているだろう。
この奇跡と呼ばれるべき必然は、毒裁社の三大幹部でありギャンブルの【中毒者】──現在は、北に一人戦線離脱し北へと逃亡している臆病者・賭賭博博徒の〈AUS〉によって引き起こされたもので、掛けたものは【中毒者】だ。
賭賭博博徒が1度負けると、毒裁社に所属している【中毒者】の三大幹部以外の誰かが、次の『成り代わり』と同時に【中毒者】ではなくなることを賭けに、傘の【中毒者】と雨の【中毒者】を手に入れたのだ。
賭けの試行回数は実に32回。実に、32人の【中毒者】が能力を手放すことになる結構な痛手なのだが、それでも相手の戦力を確実に削るには必要なことだった。
こうして、賭賭博博徒に賭けを決行させたのも、北斗が「逃げてもいいからこれだけは協力してくれ」などと頼みこんだおかげだろう。
賭賭博博徒の賭けにより、水無月は傘の【中毒者】ではなくなり、代わりに菅笠霧奈が傘の【中毒者】となった。
『入れ替わり』を利用して相手から〈AUS〉を奪うというのは、世界のどこを見ても毒裁社にしかできないような芸当だろう。
そして、いくら賭賭博博徒の〈AUS〉だとしても、『入れ替わり』が起こる可能性のある133日という周期は変更することができないから、次の戦いには使用できない策である。
──そんな今日限り、一世一代の奇策がこうして成功する。
北斗が心の奥底でほくそ笑み、公安を嘲笑いながら新しく【中毒者】となった2人を見送る。
「それでは、行ってきます!」
「めっちゃ頑張って、めっちゃ勝ちますので!」
そう口にして、部屋を出ていく2人。2人が出て行った後の部屋には、戦闘の舞台とは思えないような沈黙が広がる。部屋の中に残ったのは北斗ただ一人──ではない。
「──んで、お前はいつまでウジウジしてんだよ。お前の後輩は嬉々として出ていったぜ?」
「……うるせぇなぁ!嬉々としてられるのは危機がねぇからだ”!何も失ってねぇからだ!俺は壊された、あの金髪ビッチとヤリチン野郎によぉぉ!!ないんだよ、ないんだよぉ!俺が前まで使ってたヨーヨーが壊されて無くなっちまってんだよぉぉ!」
北斗が向けた目線の先にいたのは、幹部である北斗に対して全く敬意を払わない──いや、幹部に敬意を払うことすら忘れてしまうほどに精神崩壊しているやせ細った男。
この富士山頂に連れてこられた際も意識を失っており、つい数時間ほど前に目を覚ましたのちに「俺のヨーヨーが無い」と不貞腐れ騒ぎ続けているこの男は、ゴーガツ襲撃の際にMr.マーヴェラスと夜宵に大ダメージを与えて、遊翼に対して互角以上の実力を見せつけたヨーヨーの【中毒者】──廻神絢聖であった。
「クソがよぉ……クソがよぉ!!あのクソ野郎ども、赦さねぇ!俺から、この俺からヨーヨーを奪い取りやがってよぉ!おい、北斗!俺をそいつらの場所に連れていけ!」
「あー、そうだな。わかった。連れてくことはできねぇが、良いことは教えてやる」
「なんだよ?勿体ぶらずに言えよ、おい!第一に俺はお前の作戦に従ってヨーヨーを失ってんだからな!責任とれよ、責任!このクソガキがッ!」
「勿体ぶってねぇし、僕はお前より偉いんだぞ!なんだよその発言はよッ!」
「だから、早く言えって言ってんだろ!俺は偉いとか偉くないとかどうでもいいんだよ!殺す!殺すったら殺す!あのクソ野郎どもを殺す!そうすればお前だって文句はねぇだろ!」
「あぁ、文句はねぇから教えてやるって言ってんだ!このアジトのどこかにお前が探し求めてるやつはいる!自分で探せ!」
北斗が、このアジトの中に遊翼と夜宵の2人がいることを伝えると、絢聖の目の色が変わる。
「本当か?本当か?本当の本当に本当か?面白い。面白い面白い面白い。いいねいいねいいねいいね。わかったよ、そういうことかよ。見つけてやるよ、クソ野郎がよ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね。ぶち殺す。ぶち殺すぶち殺すぶち殺す。絶対にンぶち殺してやるから覚悟しておけよ、このクソガキどもがよ」
そう口にして、自らの顔に爪を突き立てて引っかきながらそんなことを口にする。そして、手に持っている新しいヨーヨーで扉を破壊して部屋を出ていったのだった。
「──ったく、僕の方が上司だってのにアイツは偉そうに。お前こそ死ね。殺されろ」
北斗はそうやって悪態をつく。扉が壊れてしまい、廊下から丸見えになった部屋を出て行き、アジトの暗闇に姿を消していった。




