第43話 監獄より解き放たれて
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山梨県上空 警視庁所有ヘリ「おおとり」内にて
「さて、作戦概要は話した通りです。確認できましたか?」
飛行中のヘリコプターの内部で、バインダーを手に話すのは〈JAIL〉所属の【中毒者】——百鬼全一郎。〈JAIL〉メンバーで構成された今作戦専用の臨時部隊の隊長を務める彼は、部隊員に改めて作戦内容を伝達していた。
が、それに対し発されたのは、余裕ありげな笑い声だった。
「ハッ……こんなの、今さら確認するまでもねぇな。アジトに到着し次第二人一組で操神たちの捜索にあたる——言葉にすれば単純明快な作戦だ」
溌剌とした声でそう答えるのは、操神の初任務にも同行した経験のある千手観音の【中毒者】、扉音三十三。そしてその背中で眠る少女は、眠たげに目を擦りながらゆっくりと口を開いた。
「んー……終わった? 眠いからちょっと寝ていい?」
「構わねぇけど、〈AUS〉のための『眠気』は残しといてくれよ? 向こうの搦め手にはお前さんの能力だけが頼りなんだからな、眠り姫さん」
「んむ……でも、今日のために二徹してきたから……さすがにねむい……」
睡眠の【中毒者】、華夢寧々はそう言い残してザムザの背中に顔を埋める。
睡魔に関する〈AUS〉をもつ彼女は、今日の作戦に備えて二日間FPSゲームをすることで夜を乗り越え、眠気を十二分にチャージしてきていた。小柄で儚げな容姿に見合わずゲーマーな一面をもつ「ゲーミング眠り姫」こと華夢は、装着したヘッドホンで音楽を聴きながら浅い眠りに落ちていく。
「ちなみにそれ、何の曲聴いてんだ?」
「ヤバT」
「よくそれで眠れるな……」
圧倒的手数でゴリ押すザムザと、搦め手にも対応可能な睡魔使いの華夢。このタッグに死角らしい死角はない。他方、ザムザらと向かい合って座るのは、黒のピンクを基調とした「地雷系」の服装をした少女であった。
「はぁ〜、今日も全くんメロすぎぃ〜♡ メロすぎてまぢ無理ムリリンモンローなんですけどぉ〜♡」
隊長である百鬼に熱い視線を送るのは、リスカの【中毒者】こと軛らら。見た目に違わず年頃の少女らしく恋に焦がれる彼女だが、その実【中毒者】に選ばれるほどに高い自傷衝動も併せ持つ危うい少女である。
「はぁ……それに比べて」
ららは億劫そうに、隣に座る人物に目を向けた。
「——なんでららのペアはこんなおっさんなわけ!?」
彼女の隣で一人瞑想に耽っていたのは、獅子の【中毒者】である中西武という大柄な男だった。獅子の鬣のように豊かな顎髭と長髪をもつ彼は、ららの叫びに対して静かに目を開く。
「む……何か言ったか、若いの」
「もー、“若いの”じゃない!! ららにゃんって呼んでって言ってるでしょ!?」
「ガッハッハ!! すまんすまん、そう怒るな。男梅、食べるか?」
「食べるけどさぁ! ありがと!!」
豪胆な中西の器量にららが丸め込まれ、こちらのペアもなんとかなりそうだと百鬼も胸を撫で下ろした。そんな中、華夢を背負って作戦開始に備えていたザムザが気づいたように口をひらく。
「なあ、百鬼」
「はい?」
「もし向こうが対空攻撃を仕掛けてきた場合、俺たちはどう対処するんだ? さすがに向こうも無策でうちらを迎えるわけじゃねぇだろう?」
ザムザの指摘はもっともであった。
敵の捕虜を抱える毒裁社側にとって、〈ANTIDOTE〉がそれを取り返しにかかると考えるのはごく自然なことである。しかも彼らのホームグラウンドであるアジトが主戦場となれば、地の利は迎撃する彼らの側にあるといえよう。加えて今回のように侵攻ルートが限られている場合であれば、敵を近づけさせない陣形を取ることも可能である。
が、そんな事は百鬼も、他の部隊長も織り込み済みであった。
「そのことなら大丈夫です。このヘリには俺の〈AUS〉で『弾除け』を施してありますから。俺が意識を保っている限り、このヘリは“絶対に”落ちません」
そう言って百鬼は、もとの赤色から澄んだ青に色を変えた自身の左目を指差した。その青の瞳の中には十字架を模したマークが刻まれており、既に彼のもつ〈AUS〉が発動していることを示している。
ザムザは彼の言葉に、信頼を込めた笑みで返した。
「お前がそう言うなら、まあ大丈夫だろうな。お前の言う“絶対”は“絶対”だ」
「さっすが全くん超ゆうしゅ〜!!」
部隊員から全幅の信頼を置かれる百鬼だが、当の本人は未だ一切の油断も見せていなかった。他の〈JAIL〉メンバーに対しては柔和な表情で答えつつ、ときに真剣な顔で武装類のメンテナンスにあたっている。これもすべて、任務を完璧に遂行するためのルーティンの一部だ。
「……さて、そろそろ降下ポイントです」
愛銃であるP90を携え、百鬼は振り返った。
「気を引き締めていきましょう」
◇◇◇
他方、皇ら第二班を乗せたヘリにて。
「ぎゃあああああああああ!? めちゃくちゃ撃ってきてるじゃないですかあああああ!?」
目前に迫ったアジトからの銃撃に喚き散らすのは、最も実戦経験の浅い〈ANTIDOTE〉の【中毒者】にして生粋のギャル、乾遥。しかしそんな彼女もヘリを守る迎撃役として、タピオカ砲と共に駆り出されていた。
「ただの威嚇射撃だ。この距離ならまだ当たらない」
乾遥の横で、狙撃態勢に入った霜月が言った。
アジトからの銃撃は、ほとんどが毒裁社の抱える下級構成員によるものだった。対空機銃なども持ち合わせていない彼らは、手持ちの機関銃で応戦する他ない。そんな彼らを、射程で勝るスナイパー霜月は一人ひとりクレバーに制圧していく。
「当てようとしなくていい。お前は弾をばら撒き続けろ」
「ううう……なんとかなれえええええっ!!」
錯乱気味になりつつも、乾遥はタピオカ弾を投下していく。有効射程の差からしても霜月たちが優勢に見えたその刹那——アジト側から、一発の弾頭が発射された。
「まずい、あれは……!」
霜月がスコープでそれを目視するも、既に遅く。
皇たちの搭乗するヘリの真横で、それは盛大に爆ぜた。
「うあああああああああああああああ!?」
「……ッ、RPGだと!?」
上空でヘリを揺さぶるように炸裂したのは、アメリカ軍人であるアンノボンの発射したRPG-7の弾頭だった。凄まじい爆風に揺られるヘリの中で、遠距離の攻撃手段を持たない伊織も身を乗り出し、窓の外に目を向ける。
「皇さん、ここは私のAUSで防御体制に切り替えを……!」
「っ、待て伊織! 敵の攻撃手段がすべて割れていない以上それを使うのは危険だ! 霜月、もう一度狙えるか!?」
「やっている——!」
皇の指示に応えるべく、霜月は愛銃であるバレットM99を向け直す。しかしその直後、畳み掛けるようにアジト側から放たれた高速の物体がその銃身を真っ二つに切り裂いた。
「——ッ!?」
「シモさん!!」
「向こうの狙撃手か!? クソっ……!」
「いや、今のは……」
舌打ち混じりに銃の残骸を手放し、霜月はゴーグル越しに眼下のアジトを睨む。銃身が破壊される直前、彼の眼はたしかにその飛翔物の正体を捉えていた。
「——はっはァ〜! 見たかいな公安のボケナス共!! これが八九様のブーメラン操術や!!」
ヘリの方向から返ってきたブーメランを華麗にキャッチしてみせたのは、吊り目気味の顔をした関西弁の男だった。男はその高飛車な口調に見合わず、100m以上も離れた霜月の狙撃銃に的確にブーメランを命中させていた。
彼の名は、十返舎八九。
言うまでもなく、ブーメランの【中毒者】である。
「ワーオ! ジャッパニーズノブーメランテクニック、マージデエグイデース!! タスカリマッシタ!!」
「はっ、せやろ〜!? 特殊能力使って自分らだけ好き勝手しとる連中にはなァ、ちょいとお仕置きが必要っちゅーわけやねん!!」
「ソノハツゲンモ、ジャッカンブーメランデクサハエマース!! ハッハー!!」
ともに対空迎撃にあたっていたアンノボンと軽快な会話を交わしながら、八九はヘリめがけて第二射を放つべくスローイングの姿勢を取る。当たりどころと皇の判断次第では、もはや墜落寸前という窮地に立たされた第二班だったが——
その刹那、銃弾が降り注いだ。
「……ッ!? 誰や!?」
八九が空を仰ぐ。
そこにいたのは、命綱なしでヘリから降下した百鬼全一郎であった。彼は八九とアンノボン両方にP90による銃撃を加えつつ、凍てつく山肌に無傷で着地する。
「班長たちはやらせませんよ」
「鬱陶しい……! 死ねやカスがぁ!!」
着地した百鬼に向けて、八九の投げたブーメランが飛翔する——が、百鬼はそれをサバイバルナイフ一本で弾き飛ばし、その隙をついて一気に八九との間合いを詰めた。懐から取り出したもう一本のブーメランで八九はナイフと切り結ぶが、ガラ空きとなったその胴体に百鬼が強烈な蹴りを見舞う。
「がッ……!?」
「バックサン!? ダイジョ——」
援護に入ろうとしたアンノボンを、百鬼はすかさず短機関銃で中距離から牽制する。そして自身の蹴りでアジト内部まで押し戻した八九のもとへ、ひとり一直線に駆けて行った。
「チッ……聞いてへんぞ、クソボケェ……!」
瓦礫に埋もれた八九は息も絶え絶えに立ち上がる。
百鬼は彼のもとへ、まるで死神のごとく歩み寄った。
「俺、実戦は三ヶ月ぶりなんですよ」
よく研がれたナイフを手の中で回しながら、彼は言った。
「よかったら、リハビリに付き合ってくれませんか?」
殺意のこもったその笑みに、八九は軽く戦慄する。
6時23分。〈ANTIDOTE〉によるアジト侵攻が開始された。




