第42話 嵐の前の静けさ
〈ANTIDOTE〉の面々が、毒裁社の仲間を救出するため、本格的に覚悟を決めた現在よりも時は遡り──。
「それじゃ。北斗は公安の襲撃に対応するメンバーの選出。そして、酒樂は連れてきた公安2人を毒裁社側に引き込むための作戦を実行しろ」
日本某所に位置する毒裁社のアジトで、三大幹部の2人に命令口調で指示を出すのは、同じく三大幹部の1人、公安側にアジトの場所がバレてしまった原因そのものであるギャンブルの【中毒者】──賭賭博博徒。
自らの失態を皮切りに始まった幹部会議は、彼の衝撃の発言により投げやりに終わりそうであった───。
「その口調に色々文句は言いてぇが、それよりも先に言いたいことがある。僕やクソババアには行動を促してる割に、お前自身は動く素振りを見せない。ポンコツジジイは何すんだよ?」
「クソババアじゃないって、北斗に文句はいいたいけれど、私もそれより先に言いたいことあるよ。北斗の言う通り、博徒。お前はこれから何をするつもりだい?」
「俺だって北斗にお前だとかポンコツジジイだとか言われるのはすっげぇ不愉快だぜ?なんで二分の一成人式を終えたばっかのマセガキにお前とか言われないといけない?だが、それより先にお前らの疑問質問に答えてやる。俺は今から、北に逃げる」
「「──は?」」
賭賭博博徒の発言を前に、北斗と酒樂の2人は驚きが隠せない。
「ガキと老害にはわからなかったか?北に逃げるって言ってんだ。死にたくねぇからな」
「待て待て!お前、戦わないのか?」
「元はと言えばお前らが公安のガキをひったくって来たのが問題だろ!?遅かれ早かれ公安はやってきてたからギャンブルで負けたってのは俺を責める理由にはならないぜ。今回の案件は俺の管轄外だ!」
逃亡を正当化しようとしてくる賭賭博博徒であったが、2人はそんな言葉を無視して睨む。その2人の反応を見た賭賭博博徒は──
「──そんなに文句を言いたいってなら勝負をするか?ギャンブルで」
「ルールはなんだい?」
「そちらで決めてもらって構わないぜ?ルーレットでもバカラでも、クラップスだっていいだろうし、なんならスマブラとかでも構わない。とにかく勝負だ。誰一人として怪我をしない、安心安全なゲームで勝負だ」
「仕方ない。その勝負を飲もう。その代わり、私とクソガキの両方に勝てなかったら、約束通り公安との勝負に参加してもらうからね」
「わかってる。俺が2人に勝てば、戦いに参加せず北に逃亡。俺がどちらかにでも負ければ公安との勝負に参加だから、賭けるものは『俺の戦いの参加是非』でいいよな?」
「あぁ、そうだね」
「了解した。それじゃあ、勝負を始めようぜ?選べよ、好きなゲームを」
こうして、三大幹部によるギャンブルが開始する──。
***
時間は現在に戻り、場は富士山山頂付近にあるアジト。
操神と沢田の2人をここに捕らえていることが公安にバレてしまった以上、もうこの場所を隠す必要はない。
他のアジトと同様に──いや、他のアジト以上に堂々とし、人の出入りを増やしても問題はないのだ。
「──と、北斗。戦闘員の準備はできたのかい?」
「当たり前だ。〈コドクモリ〉だったり、全国各地にいる面々を招集したさ。ま、集まったのは俺達含めて10人だけどな」
北斗はそう口にして、肩を竦める。
今いる部屋には、北斗と酒樂の2人しか姿はない。
──2人は、ババ抜きを選択して賭賭博博徒に敗北した。
テレビゲームは酒樂に分が悪かったし、ポーカーは北斗を役を覚えていなかったので誰でもルールを知っているババ抜きを選んだのだが、賭賭博博徒は楽々と1抜けをして2人に勝ち、そそくさとアジトを出発して逃亡していった。
「──んま、10人集まったというのなら良い方だね。それで、誰が来ているんだい?」
「それは──」
北斗が、酒樂の質問に答えようとした瞬間、2人のいる部屋の扉が開く。
そこに立っていたのは──
"I was surprised to find such a facility on Mount Fuji."(富士山にこんな施設があるなんて、ビックリだぜ!)
そこに現れたのは、筋骨隆々とした褐色肌を持つ白のタンクトップと青いオーバーオールに身を包む外人女性。
その巨体は、まだ成長期に入ったばかりに北斗と、年老いて年々背が縮んで尚長身である酒樂の2人を優に越えており、2mはあるだろう。
「アンノ嬢も来ていたのかい、軍の方は大丈夫なのかい?」
"No Problem."(大丈夫だ、問題ない)
「日本語で喋れ。僕がわからない」
「オーケー、オーライオーライ。アーアー、コレデオケ?」
「まぁ、いい。カタコトだし無理して長文を話そうとはしなくていいぞ」
「シェーシェー」
「謝謝は中国語だ、日本語じゃない!」
「ワタシニトッテハ、オナジデス」
「あのなぁ……」
大雑把すぎるアメリカ軍人の彼女──アンノ嬢こと、アンノボン・サンダルフォンは北斗が知り合い、毒裁社と繋がりを持っている。アメリカ軍で仕事をしながら、毒裁社にその情報を横流ししている彼女も、今回の公安との戦いに、規律の【中毒者】皇律に対する対抗策として連れて来られていた。
──と、アンノ嬢を筆頭に、北斗は全国各地から7人の猛者をかき集めていた。
全部で10人と言っていたが、残る3人は三大幹部である北斗に酒樂。そして、アジトに常駐して捕まえてきた公安2人の監視をしている七刃であった。
「──全面戦争も籠城戦も、こっちは準備できてるぜ。だから公安が、どっから来ても困らねぇ」
そう口にして、北斗は部屋にあった回転椅子に腰掛ける。そして、魔王のような笑みを浮かべたのであった。
「──ト、ヒトツクエスチョンデース」
「アンノ嬢、どうかしたか?」
「ワタシタチノナカマニ、中毒者ジャナイヒトガ、フタリイマシタ。ドゥシテデスカ?」
「北斗、本当か?お前、それで公安の中毒者共に勝てると思っているのか?」
「待て待て。気が早すぎるぜ、お前ら。僕が作戦なしに中毒者じゃない人間を連れてくるわけ無いだろう?」
「デハ……」
「簡単な話だ。俺が連れてきたのは、次期雨の【中毒者】になる人間と、傘の【中毒者】になる人間だ。相手が厄介な中毒者だと言うのなら、僕達の誰かにその中毒者を継がせてしまえばいい」
口角を釣り上げて、悪魔のような笑みを浮かべる七星北斗。
北斗は、実に狡猾に様々な方法で公安の戦力を削っていくのであった。
***
「皆、準備はできたかい?」
8月5日。
操神と沢田の2人が毒裁社に誘拐されてから早くも1週間が経過しようとしていた頃、〈ANTIDOTE〉の面々は、ついに助けに行く準備が整った。
集まった16名──〈ANTIDOTE〉の第一班・第二班の8名と、〈JAIL〉所属の5名。そして、ヘリコプターの運転手である3名が、その場には集っていた。
「──って、乗富さん。車だけじゃなくてヘリコプターも運転できたんですね」
運転手枠で参加している乗富さんの存在に、夜宵は驚きが隠せない。
「はい。ヘリコプターだけでなく、船や飛行機も運転できますよ」
「すごい……」
乗富さんの異常な経歴が発覚したところで、今回のメンバーを紹介しよう。
まずは〈ANTIDOTE〉の第一班。
班長であり、傘の【中毒者】の白髪の女傑──水無月怜と、副班長であるタバスコの【中毒者】──辛木烈火。自称『稀代の天才幻想魔術師』である妄想の【中毒者】──天喰夜宵に、作戦参加の最年少、ヘビの【中毒者】──蛇ノ目錦の計4名。
続いて、〈ANTIDOTE〉の第二班。
班長であり、規律の【中毒者】のプラチナブロンド髪の女史──皇律と、副班長である『極東のシモ・ヘイヘ』こと狙撃の【中毒者】──霜月兵平。平和を愛し、平和に愛された平和の【中毒者】──伊織十和に加えて、ギャルであり、操神と同校の出身であるタピオカの【中毒者】──乾遥の計4名。
次に、〈JAIL〉所属の5人組。
〈JAIL〉卒業に最も近い完璧の【中毒者】──百鬼全一郎と、それに次ぐ『永遠の二番手』こと千手観音の【中毒者】──扉音三十三と、彼の背中で惰眠を貪っている小柄な女子は『眠り姫』こと、睡眠の【中毒者】──華夢寧々。そして、ザムザの隣にいる見事な顎髭を貯えた男が獅子の【中毒者】──中西武で、その隣りにいる黒とピンクを基調としたいわゆる「地雷系」と呼ばれるような格好をした女が、リスカの【中毒者】──軛ららの計5名。
最後に、ヘリコプターの運転手である乗富さんと、運崎さんに車田さんの3人で、合計15名の少数精鋭だ。
「──皆さんにはヘリコプターに乗ってもらいたいのですが、どう分けましょうか?」
「第一班と第二班。そして、〈JAIL〉のメンバーという感じで分けたらどうかな?」
「承知いたしました」
水無月の決定で、〈ANTIDOTE〉第一班のヘリコプターを乗富さんが、第二班のヘリコプターを運崎さんが、そして、〈JAIL〉のヘリコプターを車田さんが運転することになった。
──そして、ヘリコプター三台は早朝の東京の空を大きな音を立てて飛んでいったのであった。
──もうすぐ、〈ANTIDOTE〉と毒裁社による抗争が幕を開ける。




