第40話 共振する魂の連鎖
「悪ぃ、公安に引っ捕らえた2人がいるところ。バレたわ」
「「──は?」」
──山口県下関市で九尾笑狐との戦いが終わり、水無月と夜宵の2人が後処理に追われているのとほぼ同刻。
日本に無数に存在する毒裁社のアジトの1つで、三大幹部の1人──ギャンブルの【中毒者】である賭賭博博徒は、残る2人の前で悪びれる様子もなく口先だけの謝罪をする。
「いや、すまん。勝てると思ったんだが、ちょっと最後欲張りすぎたな。負けたよ、負け」
「──この大馬鹿者。他人に迷惑をかけるものを賭けて賭け事をするなと言っただろう!」
いつも通りの死んだ目で謝罪を口にする賭賭博博徒に対して、叱責するのは歴戦の証である皺が多く顔に刻まれてある酒の【中毒者】──鬼灯酒樂。
最後に操神遊翼や沢田泡音と接触してから早くも数日。
公安に対して、嘘っぱちのアジトの住所を大量に送ることで捜査の撹乱を目論んだ彼女達であったが、そんな苦労も虚しく賭賭博博徒の持つ〈AUS〉によって、2人が監禁されているところがバレてしまう。
───と、ここで賭賭博博徒の持つ〈AUS〉の片鱗を少し説明することにしよう。
賭賭博博徒は、いついかなる状態でも賭け事を行うことが可能である。
賭けるものは、お金や自分の衣服及び持ち物・記憶や情報、ましてや命まで賭けようと思ったものはなんでも賭けることが可能である。
そして、賭賭博博徒の賭け事は相手を必要としない。
いや、もう少し別の言い方をすれば「世界」と勝負をする。とでも言えばいいだろうか。
相手となる人物がいなくても、賭賭博博徒は賭け事を行うことができ、勝てば何らかの因果が働いて賭賭博博徒は報酬を手に入れることができるし、負ければ何らかの因果が働いて賭賭博博徒は手元にあるものを失うことになる。
さて、今回の例を見てみよう。
今回、賭賭博博徒が賭けたのは「公安2人が捕らえている場所が暴かれるまでの時間」であった。
もしここで勝利すれば、その勝利と同等の価値の時間分「公安2人が捕らえている場所が暴かれるまでの時間」が伸びたのだが、今回は敗北してしまい無一文と呼ぶべき状態になってしまったので、「公安2人が捕らえている場所が暴かれるまでの時間」は0になったのだ。
「──だから、俺達が何をしたってそれが運命に組み込まれ、公安に2人の居場所がバレる。それは確定だ」
「それは確定だ──じゃねぇ!このポンコツジジイ、何考えてんだよッ!」
「ポンコツかもしれないがジジイではない!俺はまだ50代だ!」
「50代後半の癖に……」
「──ったく、賭ける必要なんか無かったのによ」
2人に悪態をつかれる賭賭博博徒であったが、勝つことのみしか求められていない彼には日常茶飯事だ。
「──と、バレることは確定したわけだ。これからはバレた上で対策するしかない」
腕を組んでウンウン頷きながら、自らが犯した失態を他人事のように扱っている賭賭博博徒。
それを苛立ちと呆れが同居している心持ちで見ているのは三大幹部の他2人であった。
「──バレたというのなら仕方ない。僕は公安と戦う準備をこれまで通り進めるぜ。いつやってきてもいいように、人員を早急に集める。幸い、公安のメンバーは操神から聴いたからな」
「ふっ、まだまだ北斗も子どもだな。それは嘘だぞ?」
「──は?」
「アイツは、私らを騙すために嘘っぱちの情報を流していた」
「──ッ!あのクソ野郎!僕のことを騙すなんて、100年いや、1000年早いってのに!」
「騙されたアンタが悪いよ。まだまだガキだね」
「んだと、このクソババアッ!操神は僕が殺すッ!だから、下がってろ!」
「待ちな。操神は殺すには惜しい人材だ。だからこそ、わざわざ私が重い腰を上げて誘拐してきた」
酒樂と北斗の口論が続く中、北斗が「操神を殺す」とのさばったのを見て、酒樂がそれを制止する。
「──どうしてだよ」
「アイツは毒裁社の味方になる可能性がある。今は、やじろべえのようにどっちつかずの状態だ」
「だが、僕はアイツが仲間にいても信用できない。嘘をつきやがった!」
「だからそれは騙されるアンタが悪いだろう?それに考えてみろ。公安側も敵に元味方がいたらやりにくいとは思わないかい?」
「それはそうだけど、それでも……」
「一つ。私に公安に対しての作戦がある。それを実行してからでもいいだろう?」
「──作戦?」
腕を組み、酒樂はいつも通りの口調でこう口にする。
毒裁社の幹部である彼女の口から出されるのは、毒裁社らしい人の心を弄び踏みにじったような独り善がりで自分勝手の最低最悪なものだった。
「あぁ、操神の中の公安の信頼をガタ落ちさせて、毒裁社にいなければと思わせる作戦だ。ヤツの母性本能をくすぐって───いや、甚振って帰巣本能をズタボロにしてやろう」
***
「外部と連絡が……取れる?」
日本某所?
どこにあるかわからない毒裁社にて、俺と沢田はそんな言葉を交わす。
「あぁ、正確には夜宵とだけ連絡が取れるんだが、もっと正確には夜宵と連絡が取れるような気がする」
「……」
沢田はその場にドスンと座り、考え事をしているのか黙り込んでしまう。
それを見た俺は、音を立てずにゆっくりと座りその返事を待つ。
「……わかんねぇ」
「──え?」
「わかんねぇよ、俺は。どうすれば正解だとか、誰が正しくて誰が間違ってるとか。馬鹿だからわかんねぇよ。だけどよ、俺は操神のことは信じようと思ったぜ」
「それは──同じ情報を知った同じ立場だからか?」
「……なんか、硬いな。そんなんじゃねぇよ、俺は操神の大親友だ!大親友のことを信じるのは当たり前だろ!」
そう言って、屈託のない笑顔で俺の肩に手を回してくる沢田。
なんとも沢田らしい発言だったが、公安と毒裁社のどっちが考えるよりは、友達を信じる──だなんて簡単で単純でバカ正直な答えの方がいいのかもしれない。
「──俺を信じてくれるなら、俺の友達も信じてくれるか?」
「あぁ、操神の判断なら文句はねぇ!少なくとも、公安より今の状況の方が不自由なのは間違いないしよ!」
「ありがとう」
俺はそう口にすると、目を閉じる。そして──
「「──共振する魂の連鎖」」
この世のどこかにいる夜宵の魂に触れる。
ぼんやりとした輪郭をなぞる事でハッキリとさせ、そこにある確かななにかを手で掴む──ような感覚。
俺が夜宵と錦の2人と決めた魔術名を口にした瞬間、俺の頭に響いたのは夜宵の声だった。
──どこかから、呼ばれているような感覚はしていた。
ノックされているような。もしくは、バイブレーション機能のような。
どこかで呼ばれている──そんな感覚が、そんな直感が、そんな雰囲気が俺はどこからともなく感じていた。
*ん、なんか繋がった感触。遊翼、聴こえてる?*
俺の頭の中に響くのは、甲高い夜宵の声。
いつもの声よりも高く感じられてどこか違和感があるような気もするけれど、自分が発している声と人に聴こえる声は違うし、その影響かもしれない。
*あ、遊翼の声だ!私の──我の禁術はついに成功したと言うのだな!ハーハッハッハッハ!*
向こうも、俺の言葉を──いや、声として発していないから考え事を受信したのか、厨二病の状態となって笑っている。
*ちょっと、人のことを状態とか言わないでよ*
全部筒抜けなのか?
*もちろん。考えてることは全部お見通しだからね。ってか、遊翼の頭の中ってそんな堅苦しい感じなの?なんか小説みたーい*
人の頭の中を小説みたいだとか失礼な。
でもまぁ、こうして夜宵と情報共有が無事にできるようでよかった。
そっちは今どういう状況だ?
*今は毒裁社から2人を取り返すために動いてるよ。でも、2人がどこにいるのか特定できないから大きく動けてない感じ。どこにいるかわかったりする?*
今いるアジトに来てからは外に一度も出れてないしここがどこかもわかってないな。
というか、ここに来る前のアジトだってどこにあるかはわかっていない。
*ないの?どんな些細な情報でもいいから*
些細な情報──などと呼ばれても困ってしまう。
ここから外に出た時のことなんか、酩酊していてほとんど覚えていないのだ。
「沢田、アジトの場所の特定に繋がりそうな情報はないか?どんな些細なものでもいい」
俺は隣にいる沢田に聴いてみる。
目を開けると、心を触れ合っている夜宵との繋がりが切れてしまいそうだったから、目は開けずに聞く。
「うーん、そうだなぁ……前に来たアジトからここのアジトに来るまでの腹時計は大体6時間くらいだったぜ?」
「腹時計って……信用できるのか?」
「それ以外に渡せそうな情報はないし」
*沢田の腹時計で6時間くらいって、すごく曖昧ね*
仕方ない。沢田はそれしか覚えてなさそうだし。
だけど、前のアジトの情報がわからなければこの情報も使い物にならない。
──というか、沢田の声はそっちにも届いているんだな。
*沢田のだけじゃなくて、遊翼の声も聞こえてるよ。脳内で直接つながってるから、そっちが手に入れている情報も入ってくるよ*
こっちは聴こえてこないんだけど。
*静かな部屋を借りてるからね。隣には班長がいるけど声でも聴いてみる?*
一言くらい聴いてみる
*「班長、何か遊翼達に伝えたいことはありますか?」*
*『伝えたいこと、か。必ず助けるから待っていてくれ──と伝えてくれ』*
*「わかりました」*
向こうの会話は、水の中での音の聴こえ方に似ているような気がする。
聞き取りにくいが、会話の内容が理解できる程度には聞き取れる。
「──ってか、腹時計って意識はあったのか?」
「まぁな。ぼんやりだけど覚えているような」
*もうちょっと情報引き出せない?なにか特定に繋がりそうなものがあるかもしれないし*
もう少し質問してみる。ちょっと待っててくれ。
*了解*
「ぼんやり覚えてるなら、もう少しなんか情報はなかったか?」
「そうだなあ、前半はなんとも無かったけど段々寒くなったような気がするな」
「寒くなった?車の温度が下がっていたってことか?」
「うーん、そこまではわからん。だけど、寒かったんだ」
*寒かったってことは、かなり北の方へ移動したってことになるかしら?*
かもしれないな。東北、もしくは北海道に俺達はいるかもしれない。
だから、そこら辺を重点的に探して──
──あ。
*え、何?どうかしたの?*
北はブラフだ。俺達がいるのは北でも南でも東でも西でもない。
*それってどういう事?*
寒い場所にいるって感じたら、普通は北を探すだろう。
だけど、違った。俺達がいるのは──
「──俺達が今いるの、富士山の山頂だ」
「*富士山の山頂!?*」
夜宵と沢田の言葉が重なって聴こえる。
「富士山って、あの日本一高い山の富士山?」
「あぁ、そうだ。日本の中心にあると言っても過言ではない静岡県と山梨県の間にある富士山だ」
到底信じられない話だ。
だけど、6時間あれば登ろうと思えば富士山を登ることだって可能だろう。
もし、この予想が外れていれば北の方を探してくれ。
だけど、毒裁社が公安との取引材料になるであろう俺達を普通の建物に隠すとは思えない。
だから俺は、富士山の山頂にいるという説を推したい。
*信じられないけど、毒裁社なら不思議じゃないわね。調べてみる*
よろしく頼む。
*それじゃ、接続を切るわね?*
あぁ、わかった。
俺がそんな返事をすると、先程まで触れられていたはずの夜宵の魂の感覚が無くなってしまう。
ゆっくりと目を開けて、俺は薄暗い監禁部屋を見渡す。
自分で言ったことだが、本当にここが富士山の山頂であるとは思えない。
「──終わったのか?」
「あぁ、夜宵にしっかりと伝えた。数日もすれば来てくれるだろう」
「そうか……そうだな。とにかく今は待つしかないよな」
沢田がそう口にする。俺はその言葉に、静かに頷いた。
──そして、約半日が経ったところで俺達の監禁されている鍵付きの頑丈な扉を開ける人が1人。
「もしかして」
そこにいたのは──
「新入りだよ、仲良くしてやんな」
扉を開けた毒裁社の幹部の1人、鬼灯酒樂の手によって投げ込まれたのは1人の年端も行かぬ少女。
ボロ布を着せられたまだ小学生であろう白髪の彼女は、涙目になりながら鬼灯酒樂から逃げるように俺達の背に隠れる。
「この子は……」
「この前見せた【中毒者】の養成施設〈コドクモリ〉にいた、失敗作さ」
失敗作。
その唐突な登場に驚き言葉が紡げない中で、部屋に小さく響くのは白髪の少女の小さな小さな泣き声であった。




