第38話 下関戦争・急
本州と九州を跨ぐ道路橋──関門橋の本州側の袂にて。
交通事故──もとい1人の手によって故意に引き起こされた交通事件の現場にて、〈ANTIDOTE〉第一班の班長・水無月怜とその部下・天喰夜宵が相対するのは、事件の犯人である黄色の髪を9つのリボンで結んだナインテールの糸目の女──九尾笑狐であった。
九尾笑狐は、ニタニタと薄気味悪い上っ面な笑みを浮かべながら、現れた2人を出迎え、そして──
「──お前、俺っちと髪色と言い結い方だったりと色々被ってるな。同じ場所に似たようなキャラは2人もいらないんだよ」
「──ッ!」
直後、車の──正確に言うのであれば、車だったものの上に乗っていた九尾笑狐が、宙を舞い蜘蛛の足のように形になったナインテールを武器に、夜宵に襲いかかる。
「逃げ」
「させねぇよ、バァカ!」
ゴーガツの時から不調が続き、襲撃された時こそ一度だけ魔法が使えたが、それ以降は遊翼を守れなかったという自責の念から魔法が使えなくなっている夜宵は、反撃する手段を持っていない。
だから、髪色と髪型が似ている──といっても、向こうはナインテールでこっちはツインテールと、「似ている」と形容するには、相手の方が奇抜な髪型なのだが、そんなことは関係なしに大雑把な理由で大雑把に襲いかかってくる九尾笑狐から逃げようとするけれども、それよりも早く九尾笑狐は夜宵に飛びかかろうとしていた。が──
「——《アマノモリ》、防壁展開」
九尾笑狐と夜宵の間に入り込み、その愛用している傘に水の膜を貼り初撃を防御したのは、傘の【中毒者】水無月怜であった。
ある条件を満たすことで使用できる《アマノモリ》は、その条件を満たすことへの難しさから、通常の戦闘では一度のみしか使用できないが、絶対的な防御力を誇る。
一度限りの絶対防御。そんな、最後の最後に己を守る切り札をこんな最序盤で使ってしまったが、九尾笑狐から夜宵を守るためには仕方がなかった。
「──ッチ!入り込むとは!」
九尾笑狐はそう口にすると、そのまま後方に弾かれるように飛んでアスファルトの上に着地する。
もう水の膜は剥がれておりいかなる攻撃を防御することはできないが、それでも尚黒の傘を九尾笑狐に向けている水無月の姿を見て、九尾笑狐はあの傘が開かれているときはどんな攻撃も通用しない──などと考え、その攻撃を一時停止して睨み合う。
「──お前は、何者だ」
静かに低い声で、傘を広げたままの水無月は問う。すると、九尾笑狐はその返答として──
「北川第一中学!!〝コート上の王様〟影山飛雄!!」
「「……」」
「──って、あれ?ハイキュー!!ってもしかして世代じゃない?」
「名前時代は知ってるけど、読んだことはない……」
沈黙が続いたために、九尾笑狐が世代の確認をするけれども、夜宵はハイキュー!!を読んだことが無かったようで伝わっていない。
「──仕方ない。俺っちの本当の名前は……」
少しの溜めが入り、九尾笑狐はその名前を名乗り──
「俺の名前はナツキ・スバル! 右も左もわからない上に天衣無縫の無一文! ヨロシク!」
「「……」」
「──って、ヤバ!これ『小説家になろう』でしか連載してないじゃん。やっぱ、2人はカクヨムしか使わない派閥の人?なら、伝わらなくて当然だよねぇ〜」
九尾笑狐は1人で2人にはよくわからないことを言っている。少なくとも、ネット小説という文化に触れたことのない水無月にとっては「小説家になろう」も「カクヨム」もチンプンカンプンで、機能の違いも理解していない。
「仕方ない。それじゃ、本当の自己紹介を。毒裁社・幹部。笑顔の【中毒者】九尾笑狐」
「「───毒裁社の幹部!」」
その発言を耳にし、2人には戦慄が走る。
目の前にいるおちゃらけた女子が毒裁社の幹部だと言うのだ。先程のお巫山戯とは違い笑顔が消えて、あたかも真実のように語る。が──
「ウッソー!何信じちゃってんの?ジョークジョーク!毒裁社なのは正解だけど、幹部ではねぇよー」
「ジョークにしてはどれもこれも笑えないものばかりだ。特に最後のは肝が冷える」
「別に、最初2つは貴方達がサブカルチャーに触れていないのが悪いと思いますけどね。俺っちは悪くなーい」
そう口にして、九尾笑狐はケラケラと笑う。
そんな様子を見て、水無月は開いていた黒い傘を閉じて見掛け倒しの盾ではなく、しっかりとした剣として利用する。
「──って、おやおや?漫談は終わりになっちゃうんすか?」
「失礼。永遠によくわからない話をされても困るものでね。それに、毒裁社とわかった以上早急に君を捕まえてアジトの口を割らないといけない」
「あぁ、アジトならラクーンシティの地下にあるっすよ」
「ハハハ、それは毒裁社ではなくアンブレラの秘密研究所のハイブだろう」
「──はい、スマイル0円」
その刹那、瞬くよりも早いスピードで水無月に接近する九尾笑狐。
「──ッ!」
水無月は咄嗟に傘を剣のように真一文字に振るい近接攻撃を受け止める。
「──俺っちの攻撃を止めるとは」
「並に死線を掻い潜ってきたわけじゃないからね。君の〈AUS〉は笑った相手に滅法強くなるとか、そんなところかい?」
「半分ハズレ」
そう口にして、九尾笑狐は水無月の首へとめいいっぱいナインテールを伸ばす。
刃物のように鋭くなった九尾笑狐の髪の毛だが、水無月が咄嗟に傘で九尾笑狐のことを突き飛ばしたために、その攻撃は当たらなかった。
「──俺っちの〈AUS〉はね。笑った相手に対してのみ髪の毛が殺傷能力を得る。そんな馬鹿げた能力なんす。ナンセンスとは言わせねぇっす」
そう口にして、彼女はその髪の毛を変幻自在に動かして見せる。
髪の毛に筋肉が付いているのかと思うくらい自由に動く常人離れした髪の毛を前に、夜宵は唾を飲み込む。
──狙いが、キャラ被りしていると怒りをぶつけてきた夜宵ではなく、笑ったことにより髪の毛で攻撃することが可能になった水無月に変化している。
それにより、夜宵の心のなかには安堵があったが、それと同時に焦りもあった。
このまま、水無月と九尾笑狐の戦いが激化してしまえば、夜宵という存在は完全に足手まといになってしまう。
ただ一緒に同行しただけのキーホルダーになってしまう。
自らが一緒に付いてきたのは、体を動かしていないと遊翼が連れて行かれてしまった自責の念に潰されてしまいそうだったから。
アジトの捜索のために、班長である水無月の手足となって働こうと思ったのに、意外にもすぐ毒裁社に関連する人物と戦闘になってしまったため、何の役にも立てていないのだ。
──自分には、魔法以外の長所はない。
魔法が使えない夜宵は、邪魔で凡愚な足手まとい──
「──夜宵。そうやって自分を卑下する必要はないよ」
「──班長?」
「守るものがあるから、私は強くあれるんだ」
水無月は背中を向けたまま夜宵に対してそんな言葉に残すと、九尾笑狐の方へと攻め入る。
石突の先端に水を槍のようにして溜めて九尾笑狐の方へと振るう。
だが、軽い身のこなしで九尾笑狐はそれを回避し、水無月の持つ傘を掴む。
「お前の武器はこの傘だけか?なら、奪い取って──」
「できるものならやってみろ」
その言葉と同時、バサリと傘が開かれて九尾笑狐の手を傘から離させると同時に、その九尾笑狐の視界を黒く染め上げる。
「──ッ!」
九尾笑狐は、驚いたように喉を鳴らすけれども、彼女だって単純な目眩ましで体を硬直させるほど馬鹿ではない。
「絶対防御とか知らねぇけど、俺っちを止められると思うなッ!」
そんな言葉と共に、九尾笑狐のナインテールの内のフォーテールが、水無月の愛用する傘の生地を破る。
「──あれ、全然貫けるじゃねぇっすか。さっきのガードは一体全体どうやったって?あぁ?」
「一度限りのハッタリとバレたなら仕方ない」
そう口にすると、九尾笑狐の髪を巻き込みながら傘を閉じ、そのまま槍のように水を纏わせた石突で、九尾笑狐の体を突く。
──が、残ったファイブテールがその傘の動きを止めたので両者拮抗したような状態になる。
「──中々やるね」
「まだまだやるね」
九尾笑狐はその言葉と同時に、その場で首をグルグルと回していく。
傘は九尾笑狐の髪を巻き込んでいるため、九尾笑狐の髪は、傘を巻き込みながらその場で回転を始める。
髪が絡まっているため九尾笑狐を引き離すことはできないし、武器がなくなってしまうため傘を手放すこともできない。
だから、水無月はその回転に巻き込まれてしまい──
「吹き飛べ」
「──ッ!」
その言葉と同時、歌舞伎のように大きくふるった九尾笑狐は、水無月を空中へと投げ飛ばす。
これにより、髪に絡まってる傘は吹き飛ばないが、傘を持っていただけで固定されていない水無月だけが空中へと投げ出されてしまったのだ。
「──ッ!傘が」
「班長!」
空中に投げ出された水無月は思うように身動きが取れず、夜宵は目の前で繰り広げられるその光景に驚きが隠せず、両者動けない。
そんな中で、唯一計画通りに戦線が動いているのを見て、意気揚々と高く飛び、空中で水無月に対して強烈な蹴りを喰らわせるのは九尾笑狐であった。
「──あ、言ってませんでした?俺っちの取り柄って、別に髪の毛だけじゃねぇんすよ。それなりに身体能力がないとやってけねぇですし」
十数メートル先に吹き飛ばされた水無月に対して髪に絡め付いた傘を外しながらそう口にする九尾笑狐。
先程の攻撃で髪を使わずに蹴りを使用したのは、傘が髪に付いていたためであろう。
もし傘が付いていなければ、今頃水無月は肉片に姿を変えていたかもしれないが、それはあくまで生存時間が少し伸びただけ。
このまま行けば、九尾笑狐は1分どころか30秒もかからずに水無月を肉塊に変えてしまうだろう。
「──足が」
どうやら、当の水無月は飛ばされた反動により足を怪我したようで、上手く動けていない。
武器もなく回避もできなければ防御も出来ない。絵に書いたような絶体絶命が、夜宵の前には広がっていた。
九尾笑狐は、動けなくなった水無月の前に仁王立ちをしている。
──また、自分では何もできないのだろうか。
目の前でMr.マーヴェラスを失い、遊翼を誘拐されてしまったのに、そこから何も成長していない。
このまま班長が殺されてしまえば本当に私は足手まといだ。
稀代の天才幻想魔術師などと公言していた自分が本当に恥ずかしい。
大切な仲間が傷つき、死にかけている今でも、私は能力を使えずにこうしてただ突っ立っているだけなのだ。
「はは……ははは……」
気付けば、私は笑っていた。
いや、違う。笑うではなく嗤うだろうか。もしくは、嘲笑うだろうか。
「はははははは、はっははははははは!」
随分と、馬鹿馬鹿しい。
自分という生き物が、本当に馬鹿らしい。
どうしてか、私は腹の底から嗤いがこぼれ出てしまう。
「──スマイル0円」
遠くから、そんな言葉が聴こえる。
姿は見えないが、音から察するに水無月を殺すよりも先に、私の笑い声に勘付いたのだろう。
ここで私が殺されても、班長が死ぬまでの時間稼ぎにでもなってくれればいい。
「───先にキャラ被りしてるオメェから」
そんな声がして、私の方へと九尾笑狐が接近してくる音がする。
怖くはない。嘘だ、怖い。
死ぬのは嫌だ。死にたくない。
私の頭に流れるのは、「走馬灯」と呼ばれるものだろう。
〈AUS〉を発動させて。班長と出会って。試験を合格して。最初の任務で死にかけたところを白魔に助けられて。錦ちゃんと仲間になって。ゴーガツに参加して。第二班の皆と友達になって。白魔が何者かに殺されて。初めて仲間を失った悲しみに暮れて。失うことが怖くなって。それでも、錦ちゃんを不安にさせないようになんとか頑張って。皆を守れるために魔法をたくさん増やして。色々と任務をこなして。遊翼が仲間になって。またゴーガツに参加して。そのゴーガツで──
『仲間としてこの上なく頼りになるなと思ったよ』
そんな、遊翼の言葉を思い出す。
私は、弱い。けれど、信頼されている。
「──私は、先輩だ。後輩を助けるのは、私の──いや、我の仕事だ!」
「火事場の馬鹿力か?そんなので、私を止められると──」
「私は、先輩を自覚した夜宵ちゃんよりも先輩だ。魔法に託すよ」
そう口にして武器を持たずに尚、足を痛めて尚、その身体を突き動かし、九尾笑狐へと組み付く水無月。
「──お前ッ!足を痛めてたんじゃ!」
「可愛い後輩の笑顔のためなら痛みなんて忘れてしまう。それが、先輩というものなのさ。もっとも、スマイル0円だなんて、スマイルを無価値だと公言している君にはわからないだろうけどね」
「──ッ!」
九尾笑狐に後ろから組み付く水無月は、意地でも九尾笑狐を離さない。そして、チラリと夜宵の方を見て、2人は頷いた。
「【我希う、宵闇より出でし幻惑なる魔神よ。ただ今この刻をもって、荘厳なる日輪の剣となり、紺碧なる滄海の盾となり、天翔ける我の純然たる双翼となれ】」
夜宵の詠唱が開始する。
もう、彼女の心に迷いはない。
「【結実せよ、開闢せよ、延焼せよ!熾天火を唱え、真理の炎にて選定した悪を焼き尽くす力を与えよ!燃え盛る炎よ、我が意志を受け入れ、灼熱の業火を燃え上がらせよ!】」
「──何を!」
「幻想法典・第二章八節」
──それは、遊翼を助けるために使用した魔法。
不調な時でもなお、体が震え上がり遊翼を救うためだけに生み出された魔法。
それが再度、水無月を助けるため。そして、遊翼を救う活路を見出すために放たれる。その魔法の名は──
「──【森羅万象を崩壊に導く紅焔神の涙】」
白い炎が燃え上がり、バチバチと音を立てながら九尾笑狐の髪の毛だけを的確に消し炭にしていく。
そこに顕現したのは、1人の女傑。
もう誰も、彼女に対して足手まといだとも邪魔だともお荷物だとも言わせない。
「──"稀代の天才幻想魔術師"、天喰夜宵。完全復活」
それは、九尾笑狐に対する勝利宣言に他ならなかった。




