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第33話 嘘の寿命


 嘘をついた。命懸けの嘘だ。

 正直バレたら取り返しがつかないし、最悪の場合問答無用で殺される。そのレベルの嘘を俺は吐いた。


「さすがに、これは精神に応えるな……」


 白い部屋の隅で、ベッドに寝転ぶ。

 あの七星北斗という子供には一応信用されたようで、その証拠に拘束具も全て外してもらった。しかし俺は約束通りその見返りとして、〈ANTIDOTE〉の仲間の情報を売るという裏切りに当たる行為をした。——もちろん、渡した情報は全て嘘だが。


 化石の【中毒者(ホリッカー)】、倉骨(くらほね)古太(ふるた)

 折り紙の【中毒者(ホリッカー)】、折島(おりしま)千鶴(ちづる)

 嘘の【中毒者(ホリッカー)】、(うつろ)無偽(なぎ)


 すべてが俺の妄想で、創作で、虚構である。

 七星にはこれに綾崎(あやさき)繰美(くるみ)とそれぞれのもつ能力までを加えて教えた。この嘘にどれくらいの寿命があるかなんて知ったことじゃないし、正直忘れないようにするので精一杯だ。


 ここで生き延びるための策とはいえ、こんなことを続けていたら気がおかしくなる。どうにかして沢田と合流して、脱出の手立てを見つけなければ——


「——!」


 外で足音が聞こえて飛び起きた。

 足音は部屋の前で止まると、パスコードらしきものを入力して扉を開錠する。


 果たして、開いたドアの先に立っていたのは。


 

「なんだ、起きてたのかい。気分はどうだい?」


 

 その姿を視界に捉えた瞬間、全身が戦慄した。

 目の前にいたのは——あの日俺たちの前に立ち塞がり、マーヴェラスを凶弾のもとに撃ち殺した憎むべき宿敵。


鬼灯(ほおずき)……!!」


「ハッ……その様子じゃどうやら、私のことは覚えてるみたいだね。なら話は早い。ちょいとこの馬鹿を説得してやってくれないか? あんたの仲間だろう?」

 

 鬼灯はそう言って、背後にいた人物の首根っこを掴んで俺の前に差し出す。

 そうして現れた「馬鹿」は案の定、沢田(さわだ)泡音(あぶく)であった。


「よぉ操神! ここにいたのかー!!」


「ッ、沢田……! お前、今までどこに」


「——俺も毒裁社に入ることにしたんだ! お前と一緒にな!!」


 ……は?

 

 待て、何がどうなってる。

 毒裁社に加わると言ったのは俺の嘘で、そのことも七星しか知らないはずだ。なのにどうして沢田までこんなことを言っている? 奴らに何か吹き込まれたのか?


「ま、待て沢田! 何言ってんだ!」


「へ? いやだって、お前も毒裁社に入るんだろ?」

 

「そんなわけないだろ!! あれは俺の……」


 そこまで言って俺は、ニタリと笑う鬼灯に気づいた。

 彼女はさっき、「沢田を説得しろ」との旨の頼み事をした。だがよく考えたら、自分たちの仲間になると言っている沢田を俺に説得させる必要がどこにある?


「そんなわけないだろ……か。ハッ、やっぱりね」


 しくじった——いや、()()()()()

 俺の予想通りなら、鬼灯の狙いは最初から——



「——あんた、北斗に嘘ついたね?」

 

 

 体から血の気が引いていくのがわかった。

 七星本人じゃないからと油断していたが、鬼灯にバレてもそれはそれでアウトだ。「毒裁社に加わる」という嘘を吐いたのがバレてしまえば、俺はここにおける信用を根本から失ってしまう。


 いや待て、今はそんな場合じゃない。


「違っ——待て、違う!!」


 嘘がバレた。

 七星を騙したことがバレた。

 

 殺される。


「北斗相手に嘘をつくなんて大した度胸だが……あんたの嘘の寿命は、存外短かったみたいだね。その詰めの甘さだけは子供らしいじゃないか」


「違う……俺は、嘘、なんて……!」

 

「まあいいさ。嘘をつき続けるのも疲れるだろう」


 そう言って鬼灯は、右手の親指で自身の背後を指す。

 あのリボルバーで撃ち殺されるとばかり身構えていた俺は、その動作の意味を飲み込むのに少し時間がかかった。


「あんたに見せたいモンがある。ついてきな」


 憎しみでも、殺意でもない。

 いたって平然として、鬼灯は俺に向かって言った。しかしその真意を取り損ねて棒立ちしたままの俺に、鬼灯は少し機嫌を損ねたように、


「別に取って食いやしないさ。さっさと来な」


「……は、はい」

 

「先に言っておくけど、余計な真似をしたら容赦はしないよ」


 そう軽く釘を刺されながら、俺は部屋を出た。

 彼女の後ろには沢田の他に一人、黒のセーラー服を着た少女がいて、日本刀を携えていた。鬼灯の護衛……というよりは、俺たちが変な真似をしないための抑止力といったところだろう。


「なあ操神、さっきの『嘘』ってどういうことだ?」


 鬼灯についていく途中、沢田が訊ねた。

 まだこうして呑気に話せるあたり、沢田は何か誤解しているのだろう。早くこいつの誤解を解かなければ厄介なことになる、と予感していた矢先、鬼灯が口を開く。


「あんたら、二人とも本気でウチの仲間になる気はないんだろう?」


「——!?」


 沢田が隣でわかりやすく動揺する。


「目ぇ見ればわかるさ、それくらい」

 

「そ、そんなわけないだろ! 操神はよくわかんねぇけど……俺は本気で、あんたらの下でやっていくって決めたんだよ! なぁ七刃ちゃん!?」

 

「気安く話しかけるな。殺すぞ」


 七刃、と呼ばれた少女が後ろから沢田を睨む。

 頼むからもう余計なことを言うな、沢田。


「まあ、あんたらが何をどう考えていようが関係ない。今から見せるモンに対して何を思うか……私はそれを知りたいだけだからね」


 鬼灯は一息に言って、それから無言を貫いた。

 正直、俺も内心腹が立っていた。この人はマーヴェラスの仇で、立場上は水無月さんたちの敵でもある存在だ。


 けど、仲間にならないとわかっている上で俺たちの拘束を解いたままなのは、いざとなれば今の俺たちなど簡単にねじ伏せられると思っているということでもある。今の俺たちには、彼女の言うことを大人しく聞く以外にできることはないのだ。

 

 少しでも長く、ここで生き延びるために。


 

「さて、着いたよ。下を見な」

 


 鬼灯に言われるがまま、俺は足下に視線を移した。俺たちの到着した通路は正面右側の壁が一面ガラス張りとなっており、軽い展望デッキのようでもあった。


 果たして、そのガラスの下に広がっていたのは。


「これ、は……」


 そこにあったのは、異様としか言いようのない光景だった。

 巨大な六角形の壁で区切られた空間の中で、白い服を着た子供たちが一様になんらかの物事に熱中している。ある区画ではベーゴマ、またある区画では絵画、そのまた別の区画ではハンドボール。分厚い壁の中に埋め込まれた部屋を見る限り、彼らはここで生活をしているとみて違いない。

 

 何かの養成施設のようだが、奇妙なまでに一貫性がない。

 まるで同時並行的に、それぞれのプロを生み出そうとしているようにも見えた。子供たちを閉じ込め、半強制的に何かに熱中させてそれを子供同士で高め合わせる——そんな意図が見て取れたのだ。


「……なあ、あいつら何やってんだ? みんな全然楽しそうに見えねーんだけど」


 ガラスに寄りかかった沢田が呟く。

 たしかによく見ると、彼らの表情には物事を楽しむ上での余裕というものが一切なかった。まるで何者かに脅迫されているかのような、切羽詰まった必死さを感じる。


 しばらく黙って傍観していた鬼灯は、沢田の問いに答えるように口を開いた。


 

「——ここは〈コドクモリ〉、【中毒者(ホリッカー)】の養成施設さ」



 驚いて、思わず顔を上げる。

 なんとも言えない表情をした鬼灯は、湧き上がる感情を押し殺したような、震えた声で続けた。


「それぞれの区画に、大きなモニターみたいなのが見えるだろう。あれは区画内での子供達の『中毒(ホリック)係数』の順位を示してるんだ。まあ一位になったからといって、必ずしも【中毒者(ホリッカー)】になれるってわけじゃないけどね」


「ま、待てよ……じゃああいつらは、【中毒者(ホリッカー)】になるためだけにあんな必死になって打ち込んでんのかよ!? あんまりだろそんなの!!」


「ああ、あんまりさ。……でもここに居る子たちの大半は、この場所で生まれた時からずっと、自分に割り振られたものの【中毒者(ホリッカー)】になることだけを考えて生きている。そこにいる七刃もそうだ」


 鬼灯の視線につられて、俺も七刃と呼ばれた少女を見た。

 同年代にしてはやけに殺気立ったものを感じるなと思ったが、どうやらそうなるだけの理由があったらしい。もしあんな地獄のような場所で育ったら、まともな人間性なんて身につかないだろう。


「同じ区画にいる他の子供だって、自分の仲間なんかじゃあない。【中毒者(ホリッカー)】を目指す上で蹴落とすべきライバル……いや、『敵』だ。お互い敵同士って中で一番を目指して喰らい合った結果、【中毒者(ホリッカー)】になれる可能性があるのはたった一人。——言っちまえば『蠱毒(こどく)』みたいなモンなのさ、ここは」


 そこまで言い切って、鬼灯は大きなため息をついた。

 彼女の説明で、俺も理屈自体は理解できたような気がした。要するに毒裁社はここで、自分たちの手駒となる【中毒者(ホリッカー)】たちを時間と手間をかけて育てているということだ。やり方はとても倫理的とは言い難いが。


 しかし、まだ根本的な部分が納得できなかった。


「どうして、ここまでするんですか」

 

 思ったことがそのまま、口から飛び出した。

 鬼灯の冷たい視線がこちらに向けられる。


「どういう意味だい?」


「……こんな大規模な施設と大量の人間、同時に維持するためには莫大な費用がかかる。こんなの、はっきり言って時間と金の無駄じゃないですか。なのにどうして、あんた達はこんな施設を……あんた達がここまでして成し遂げたい目的は、一体なんだって言うんですか?」


 下手なことを言えば殺されるなんて、わかりきっていた。

 けれど俺の本音は、そんな枷を破壊して口から滑り落ちていた。思えばその本音は、彼らの本心を見極めたいという俺の気持ちの表れだったのかもしれない。


「……長い話になる」


 吐き捨てるように鬼灯は言った。


 

「それでも知りたきゃ、教えてやるよ。私らが命懸けで追い求めてる、理想の——“世界の在り方”ってもんをね」

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