第32話 白を切る
沢田泡音──俺は、紛れもなく馬鹿だ。
きっと、胸を張って言うことじゃないんだろうけど、中卒だし周りの皆の方が賢いのは確かだし俺が馬鹿なのは俺なりの個性、十和の言い方をすると「アイデンティティ」ってやつだ。
俺は馬鹿だから、信頼できる頭のいい奴の言う事を、まぁ具体的に誰かって言うと十和や皇さんに霜月さん、そして操神の言う事を信じることにしている。
──じゃあ、その信じていた人が敵側に寝返ったってんなら、俺はどうしたらいいのだろうか。
「嘘付くんじゃねぇ!操神がお前らの味方をするわけねぇだろ!」
「嘘じゃあない。実際に、操神は僕に仲間──いや、元仲間の情報を売ったんだから」
「絶対に、絶対に操神はそんなことしねぇよ!」
───目の前にいるガキと、そんな会話をするまでに何があったのか。話はこうだ。
目が覚めたら、扉一つしかない空間にぐるぐる巻きで捕まっていた。
寝てた──いや、意識が落ちてたのか体がどこかグッタリしたような感じがあって頭も痛い。
5W1Hの全てがわかっていなかったし、理解できるような情報が無い中で結構な時間放置されて、部屋にある扉から入ってきたのは、ガキだった。
小学生くらいの大きさのガキだが、部屋に入ると同時にすぐに俺の方に迫ってきてこう言った。
「公安を捨てて、僕達の仲間になってくれたみたいだね。感謝するよ」
「はぁ!?お前は何者だよ!俺は公安をやめてねぇ!」
「──。残念だけど、君の仲間の操神は僕達の方に寝返った」
───そして、話は冒頭に戻る。
「嘘付くんじゃねぇ!操神がお前らの味方をするわけねぇだろ!」
「嘘じゃあない。実際に、操神は僕に仲間──いや、元仲間の情報を売ったんだから」
「絶対に、絶対に操神はそんなことしねぇよ!」
信じられなかった。
夜宵を攻撃されて怒れるような強さと優しさを持つ操神が、チームの勝利のためなら自分を囮にしてでも仲間を勝利へと導くような作戦を実行する操神が、俺達を裏切るとは思えなかった。
だけど、目の前のガキは自慢げにそう述べる。
俺は馬鹿だが、馬鹿だからこそ直感でなんとなくわかる。
このガキから、賢しくて馬鹿な俺を馬鹿にするような頭が良くて性格が悪い嘘つき特有の嫌な感覚を感じない。
「──と、その反応を見るにお前はクソババアから勧誘を受けていないようだな。おかしい。操神の発言と矛盾している。操神が嘘をついている?とりあえず聞けること全部を聴く。お前。お前はなんで連れられて来た?」
「はぁ?何の話だ!操神が裏切った話はどうなったんだよ!おい!」
なんか色々と疑問がぶつけられて、俺の頭はこんがらがってくる。
「操神の話がそんなに大事か?」
「ああ、大事だ!俺の仲間の話だから!」
「お前らを裏切ったから元仲間だけどな」
「──ッ!そんな訳ないって言ってんだろ!適当な嘘を付くな!第一、仲間を売ったってどういうことだよ!操神がそんなことするはずないだろ!」
「いいや、売った。お前らを完全に売った。綾崎繰美。僕が知る由もないお前らの仲間の名前だろ?」
─?
──?
───?
「───は?誰だ、ソイツ?」
目の前にいる敵のガキの口から出てくる「綾崎繰美」の名前を、俺は聴いたことがない。
それに、組織に「綾崎繰美」なんて人はいたっけか?
少なくとも、俺は聞いたことがない。もしかしたら、〈JAIL〉のメンバーにいるのかもしれない。
「誰だソイツって……お前、まさかこんなくだらないところで白を切るつもりか?」
─?
──?
───?
「しらおきる」ってなんだ?
しら起きる?じゃあ、しらってなんだ?
しらを着る?じゃあ、しらってなんだ?
しらを切る?じゃあ、しらってなんだ?
──わからん。
わからんけど、目の前にいるのは俺よりも年下だ。だから、「しらおきる」の意味を聞きたくはない。
もし、この発言をしたのが十和なら遠慮なく聞けるんだが、前にいるのはガキだ。年下だ。
ググりたいけど、スマホが見えない。
──ええい、ここはわかってるのを装ってしまえ!
「あ、あぁ!そうだ!そのつもりだ!お前らのことなんか信用できないからな!」
「──アホが。切れてねぇだろう、しら」
「アホ!?」
やっべぇ、適当言ったら間違えったっぽい!
「助かったぜ。てめぇが嘘を付くのが下手でよ。お前がなんで連れてかれてきたかはクソババアにイヤイヤ電話するからいいとして。操神の言ってることの真偽が確認できたし僕にとってもうお前と話す理由はない」
「あ、おい!この縄解けや!」
俺のことなんか無視して、あのガキは出ていってしまう。
と、「しらをきる」ってのはどうやら嘘を付くみたいな意味だったらしい。
綾崎繰美って誰かわかんねぇな...
えぇと、つまりどういうことだ?
多分、操神があのガキに対して「綾崎繰美」って名前を教えて、俺の方に来た。
その理由は、「真偽が確認できたし」って言ってったし嘘か本当か確認しに来たんだろう。
えっと、そうなると「綾崎繰美」ってのがいるってなって……。
あれ、でも俺は綾崎繰美なんて知らねぇぞ?ってか、多分そんな人いない。
……あれ?じゃあ、なんで操神はいない人の名前は出したんだ?
──あ、嘘付いたのか。操神はあのガキに対して「しらをきった」ってことか。
そうなると?えぇと……わかんなくなってきたぞ。
「操神はいない人をいるって言って……ガキはそれを信じてて。それで、操神は裏切ったことになってるから……」
情報→本当 裏切り→本当
情報→嘘 裏切り→嘘
「──わかった!そういうことか!」
操神は、ガキに嘘を付いたから裏切りも嘘ってことになる。だからつまり、操神はガキの仲間のフリをしてるってことだ!
「よし、完全に理解した。俺は馬鹿だからかなり時間かかったけどよ。理解できたぜ。敵の組織の嘘スパイってことな?俺もその嘘スパイ、なりきって見せるぜ!」
そうなれば、次にするべきなのはこの部屋に来たあのガキやその仲間に、「俺も仲間になったぜ」ってアピールをすることだ。
──と、そんなことを思っていると。
「元気にしてるか?公安さんよ」
「──ッ!」
その部屋に入ってきたのは、俺が意識を失う前に現れた謎のお婆さん。
女王みたいなオーラを放ち、かなり頭が良い人の雰囲気を漂わせている酒臭いお婆さんだが、このババアがさっきのガキの仲間なのは正解だろう。ならば、コイツにスパイごっこをすればいい!
「ッチッチッチ。公安じゃない。元・公安な?もう俺はお前たちの仲間になった。前は色々混乱してたがよ。やっぱ仲間に入ることにしたんだ!」
スパイ任務、開始だ!
俺も活躍するから、待ってろよ!操神!!!!
***
少年がなにか小声で呟きながら出ていき、1人残された俺。
未だに縛られたままで、身動きが取れない以上ただ思考を逡巡させながら次の来客を待つ他ない。
問題は、あの少年が何をしに行ったのか。
沢田を傷つけに行ったのか、それとも俺の口にした「綾崎繰美」という虚構の存在を実在するのか確認しに行ったのか。もしくはそれ以外の何かがあるのか。
「綾崎繰美」が存在しているか確認されてしまえば、俺の賭けはその時点で失敗。
俺も沢田も、今以上に命の危険に晒される。それこそ、何を言っても信じてもらえず殺される可能性が高いだろう。
──と、ここはどこかなどと様々なことを考えていると部屋にあの少年が帰ってきた。
「んま、色々疑問はあるが綾崎繰美がいるかどうかってのは確認できた」
──は?
俺は、その少年が何を言っているのか理解できなかった。
綾崎繰美は存在しないのに、その存在の証言が出ただと?
一体誰が。どうやって。
「──どこに行ってたんだ?」
「君があのクソババアの部下になるってことは、間接的に僕の下になるってことだ。僕は僕に意見してくるものが嫌いだ。ここに属するのなら、僕に逆らうな。いいな?」
「──」
「お前は沢田と一緒にクソババアにスカウトされたって言ってたが、沢田の方はそれを否定した。お前ら2人の中で意見がズレている」
「──ッ!」
俺が返事をしないままに話が進み、俺の「賭け」が沢田の発言によって失敗されたことが告げられる。
先程まで、この少年は沢田のところに行っていたのだ。そして、沢田に対して俺の発言の真偽を確認していたのだ。
沢田は馬鹿正直だから、きっと「お前らの仲間になんかなったつもりはねぇ!」とか言ってしまったのだろう。
「──だが、お前の綾崎繰美って情報は正しかった。アイツがアホで助かったぜ。嘘を付くのが壊滅的に下手だった」
言っている意味がわからない。
どうして、綾崎繰美の情報が真実になっているんだ。
しかも「嘘を付くのが壊滅的に下手」ってどういう意味だ。沢田、お前。何をした?
「お前だけは出迎えてやるよ、毒裁社に。その代わり吐けるだけ公安の情報は吐いてもらうぜ」
「──望むところだ」
とりあえず、色々と危険な橋ではあったがなぜだか俺の嘘は嘘だとバレずに最初の難関を突破したようだった。
──毒を喰らわば皿まで。
この嘘は、バレないように最後まで貫き通してみせる。




