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第31話 完璧な賭け


「お前の仲間の能力を教えろ。さもないと、お前の仲間──沢田泡音を殺す」

 

 俺の額に火のついたタバコを押し当て、その少年は言った。

 顔立ちと身長からして年齢は俺よりも下、声変わりの具合等も鑑みればまだ小学生あたりといったところか。彼の話した条件を呑み込む前に、まずはこの状況を整理する必要がありそうだ。


(ここは一体……夜宵は、マーヴェラスは……)


 今日は何月何日だ? 俺は何日間眠っていた?

 こいつは誰だ? 仲間の安否は? 生死は?

 知りたいことだらけだ。でも、何もわからない。


 俺の手足は今、縄か何かできつく縛られている。

 見たところこの部屋にいるのは俺とこの少年だけのようだし、誰かに助けを請うて脱出するのは無理だろう。そういえばさっき沢田の名前が挙がったが、もしかするとあいつもこの場所に——


「——おい」


 低声。それと、激痛。

 額により強くタバコが押し当てられ、流石に悶えた。顔に根性焼きなんて跡が残るから正直やめてほしいものだが、今はそんな文句を垂れている場合ではない。この少年を説得しなければ、俺も沢田も無事では済まないのだ。


 とにかく今は、全力で思考を回せ。

 この状況を打開するための情報を、手がかりをかき集めろ。


「黙ってないで早く僕の質問に答えろ。絢聖たちを送り込んだあの日、同じ施設にいた仲間の名前と能力を教えろ! さもないと沢田泡音の命はないぞ!!」


「……っ、沢田も、ここにいるのか?」


「ああ? ……そうだよ。あの鬼灯のクソババアが、なんでか知らないがお前と沢田をここに連れて帰ってきたからな。沢田のほうも今は別室で拘束されてるよ。もしお前が情報を吐かずにいれば、沢田は手足の指をちょん切られて最終的にぶっ殺される。わかったか?」


 鬼灯(ほおずき)。その名を聞いて、記憶がフラッシュバックしてきた。

 そうだ——俺はあの日、ヨーヨーの【中毒者(ホリッカー)】との戦闘の末、割り込んできた鬼灯と名乗る老女に「仲間にならないか」と誘われたんだ。そして、俺はその誘いに——


()()()……のか?)


 いや、そんなはずはない。

 この俺がそんなリスクしかない誘いに乗るわけがないし、こんな非道な扱いを受けていることこそが何よりの証左だ。元敵とはいえ、もし仲間になると確定しているなら、こんな拷問まがいの仕打ちをするのは些か遠回りがすぎる。


「おいお前……何を考え込んでるんだ? 今さら作戦を考えようったって無駄だぜ?」


 頭上で少年が言う。

 この少年は、聞いた情報からして鬼灯とは反りが合わないらしい。絢聖——あのヨーヨーの【中毒者(ホリッカー)】たちを送り込んだのがこいつだとすれば、鬼灯は彼の作戦を妨害してまで俺たちを誘拐してきたことになる。同じ組織とはいえ、二人は派閥の争いか何かで対立していると見ていいだろう。


 だとすれば、だ。

 

 この少年は、鬼灯が俺を勧誘したことを知らないのではないか?


「おいおいおい……本当に黙ったままでいいのかよ? 仲間が死ぬのは気にしないってわけか? ハッ、ならその顔にこいつをもっとたくさん押し付けて、灰皿にしてやったっていいんだぜ?」


「……お前の方こそ、俺にこんなことしていいのかよ?」


「あぁ? どういう意味だよ?」

 

 少し、息を吸う。

 それからごく自然に、その一言を捻り出した。



「俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 

 勿論、これは(ブラフ)だ。

 しかし、瞠目する少年の反応を見るにまだ見破られてはいない。予想した通りこいつは、鬼灯と俺のやりとりを知らないということだ。


 そしてここからは、少しばかり「賭け」になる。


「お前が……鬼灯の部下?」

 

「ああそうだ。あの人から聞いてなかったのか? 俺と沢田はあの人にスカウトされて、毒裁社に加わると決めたんだ。だからまあ……まさかこんな扱いを受けるとは夢にも思ってなかったよ」


「ッ、あのクソババアのスカウトなんて……ありえない!! 信じられるか!! 僕らの仲間だって言うなら、公安の情報の一つくらい吐いてみろよ!?」


「——綾崎(あやさき)繰美(くるみ)。あやとりの【中毒者(ホリッカー)】で、指先から糸を出せる」


「——! 何……!?」


 言うまでもなく、これも真っ赤な嘘だ。名前も能力も今考えた適当なものだが、こいつに今すぐ確認を取る手段は存在しない。こいつはただ、俺の吐いた情報を鵜呑みにすることしかできないのだ。


 やはりこの状況、尋問にしては詰めが甘すぎる。


「あやとりの【中毒者(ホリッカー)】、だな……? よし、他には? まだ他にも残ってるだろ!! 言え!!」

 

「そうしたいのは山々だが……これから仲間になる奴にこんな扱いをする連中には、俺もそう簡単に情報は渡せないな」


「は……? 何言って」


「——この縄を解け。それと沢田のことも解放しろ。そうしたら俺たちは、全面的にお前たちに協力してやる」


 少年がわかりやすく顔を顰める。

 正直この状況は、事情を知ってる鬼灯が絡めば一発で瓦解するだろう。そうしてすべての嘘がバレれば、俺は最悪その場で殺されるかもしれない。


 だが、これでいい。

 いまこの時だけ、こいつ一人を騙すには十分だ。この閉塞した状況から抜け出して、あとのことは脱出後の俺と沢田に任せるしかない。


「くそ……ッ、お前——」


 こいつを最後まで騙しきれるか。

 ここから無事に逃げきれるか。


 完全に、あるいは完璧に、これは「賭け」だ。

 




          ◇◇◇


 


 同日。

 東京警察病院研究棟、地下3階。


 白く空虚な廊下をひとり歩くのは、張り詰めた表情の(すめらぎ)(りつ)だった。彼女は規則正しいリズムで靴音を響かせながら、【中毒者(ホリッカー)】たちの収容された白い監獄を迷いなく進む。


 するとしばらくして、彼女はある扉の前で足を止めた。

 プレートに書かれた管理番号は——100番。


(すめらぎ)だ。入るぞ」


 インターホンにそう呼びかけ、パスコードを入れて解錠する。扉の先にはガラス窓を隔てて一対の椅子が用意が用意されており、向かい側の椅子には一人の少年が腰掛けていた。


 皇が入室したのを見かねて、少年は微笑する。


「どうも。ご無沙汰してます、先生」


 淡く柔和な声色で、少年は言った。

 その顔立ちは中性的でありながら恐ろしいまでに整っており、雪のように白い髪や赤い目といった特徴は浮世離れした雰囲気を感じさせる。身体の線はやや病弱気味に細いものの、男女問わず誰もが羨むようなその容姿は、まさに「完璧」の境地にあった。


「先生はよせと言っているだろう。百鬼(なきり)


 呆れ気味に呟いて、皇も椅子に腰をおろす。

 

 少年の名は、百鬼(なきり)

 物事の完全・完璧さを愛し、また自身も「完璧」に愛された男——百鬼(なきり)全一郎(ぜんいちろう)。それが彼に与えられた名であった。


「すみません班長。なかなかクセが抜けなくって」

 

「はぁ……まあ、こちらとしては変わりないようで何よりだ。体調の方は問題ないか?」

 

「ええ。この間の定期検査の結果も、全項目異常なしで『完璧』でしたから!」


「そうか。流石だな」


 どこか懐かしげに表情を緩めながら、皇も会話を続ける。

 それもその筈、百鬼は〈ANTIDOTE〉特別作戦群第二班の元メンバーであり——かつて任務中に起こした毒暴走(アポトーシス)が原因で〈JAIL(ジェイル)〉に“堕ちた”過去をもつ人物でもあるのだ。こうした経緯もあり皇にとっては元部下でもある百鬼だが、彼女が彼のもとを訪れたのは、単に久闊を叙するためだけではなかった。


「……さて、今日面会を設定した理由は他でもない。早速だが本題に入ろう」


 積もる話も程々に、皇は表情を正した。


「次に予定されている〈ANTIDOTE〉メンバー奪還作戦……〈JAIL(ジェイル)〉からの参加者リストに、コールサイン100(ハンドレッド)との表記があった。これは、お前自身の意志で間違いはないな?」


「はい」


「戦うつもりか? また、奴らと」

 

「勿論です。あんまり休んでると、体が(なま)っちゃいますから」


 屈託のない百鬼の笑みに、皇は逡巡する。

 確かに一度毒暴走(アポトーシス)を起こしている以上、彼の作戦行動には常に不安が付きまとう。仲間が一人暴走状態になったとなれば、最悪の場合その対処で作戦全体に支障が出る可能性もある。


 しかし、だ。

 百鬼の作戦参加によって公安が受けるメリットは、それ以上にあった。


 

「……確かに、元〈ANTIDOTE〉最高戦力であるお前がいれば、こちらの勝率は跳ね上がるだろうな」



 皇の言うことに、誇張はない。

 

 第二班所属時代の百鬼の作戦成功率は、紛れもない「100%」。

 彼の介入は、すなわち作戦の成功を意味すると言っても過言ではない。

 

 完膚なきまでに完全に障害を排除し、目標を完璧に完遂する——そんな絵空事めいたモットーを現実にするだけの実力が彼、百鬼全一郎にはあった。「個」としての実力だけで考えれば、百鬼全一郎という個人は間違いなく公安の要する戦力の中ではトップクラスである。


 もっとも、「完璧」を愛する彼が〈JAIL〉にいること自体、彼の人生における最大級の誤算なのだが。


「もう、あの時みたいな無茶はしません。それに、操神(あやがみ)君や沢田君……俺の後輩たちが危険な目に遭っているとなれば、俺も先輩として黙っているわけにはいきませんから」

 

「……お前ならそう言うと思っていた。だが本当に、無理だけはするなよ。お前の〈AUS〉は制御するだけでも脳に負荷が——って、そんなことはお前が一番理解しているか」


「ええ。流石に出力は七割減くらいってところですけど、微力ながらサポートに回りますよ。あと、他の参加者の能力のデータもくれると助かります。うまくいけば俺の能力で補助できるかもしれないので」


「ああ、了解した。協力に感謝する」


 そう短く言い残して、皇は席を立った。

 分刻みで綿密なスケジュールを組んでいる彼女にとって、これ以上の対話はロスタイムとなる。面会の終了時間も迫り、一通りの確認を終えたところで彼女は扉に手をかけた——が。


百鬼(なきり)、」


 皇は足を止め、振り返らず言った。



「早く戻って来い。皆、お前の帰りを待っている」



 百鬼が黙り込む。

 そして、その言葉を呑み込むように目を閉じ、ややあって答えた。


「はい。必ず」

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