第28話 小籠包
都内某所の山奥に人知れず存在する廃墟にて、緊張した空気が走っている中、面倒くさそうに睨み合っているのは2人の壮年──辛木烈火と葛原黎斗。
タバスコと冷凍食品。炎と氷。〈ANTIDOTE〉と毒裁社。正義と悪。
色々な点で、対局に存在している両者が、その双眸で睨み合う。ただ、睨み合う。
既に、隣で戦闘を開始した水無月怜と葉隠恋慕の2人は戦闘を開始し、「かくれんぼ」をし始めたというのに、男性陣2人は動く素振りを見せない。
辛木は、葛原の動きを見て行動しようとしているのだろうが、その葛原自身がポケットに手を突っ込みながら面倒くさそうに辛木の方をジロジロと品定めするように見ているだけなのである。
その無気力で無機質さの感じられる眼球からは頭の中で何を考えているのかを読み取ることはできない。
既に、睨み合いを始めて40秒。
共通テストでは喉から手が出る程欲しい時間かもしれないが、命を賭けた肉弾戦では永遠よりも長く感じられるような時間。
ついに痺れを切らした辛木は、葛原の方へと数歩近付き、葛原を自らの射程圏内に捉える。が──
「……こっちは、お前の能力を知っている」
相変わらずポケットに手を突っ込んだまま、葛原は森羅万象に興味の無さそうな目で辛木の方を見る。
「──それがどうしたって、話だよ。知ってたらなんだ?俺を完封できるとでも言うつもりか?」
能力はきっと、毒裁社の幹部である七星北斗が、先に伝えておいたのだろう。
だから、廃病院での戦闘中に能力を使用した辛木と皇には、向こうが容易できる限り最高の対策が成されていると読み取れる。
きっと、葛原の能力は辛木の炎を封じ込めるように炎までもを凍らせる──みたいな感じだろうか。
冷凍食品の「冷凍」にばかり引っ張られている気もするが、〈AUS〉は発現したものによってそれぞれだ。
同じタバスコの【中毒者】だからと言って、辛木の前任が辛木と同じように口から炎を放ち、炎を纏うことができる──と言った〈AUS〉だったとは限らない。
唾液がタバスコになる──と言った形の〈AUS〉だった可能性だって十分にあるのだ。
「──まぁ、いい。俺は燃やし尽くせばいいだけだ」
辛木がそう口にして、大きく息を吸い込む。それは、誰がみても攻撃の合図。それを見た葛原は、ただ辛木の方に手を伸ばして──
──辛木の炎に包まれ「小籠包」
「──は?」
辛木が吐いた、炎が消える。それとほぼ同時に、地面に落ちたのは小籠包であった。
「なん、で──?は?小籠包?」
目の前の事象に理解ができない。
いや、ただ辛木の放つ炎が消えて小籠包が生み出されただけなのだが、炎を代償に小籠包を生み出したのはきっと葛原の〈AUS〉による力なのだろうが、辛木は全く理解ができない。
「……向こうがかくれんぼなら、俺達は鬼ごっこだ。ルールは氷鬼──いや、冷凍食品鬼な。炒飯」
そう口にして、葛原は辛木の方へ数歩近づいた後に、立っている床に触れる。すると、2人の立つ廃墟の部屋の床だけが消え──いや、炒飯に変わって下階層の床にバラける。
辛木は下の階へと落下しながら、理解した。
葛原は、何かを凍らせたり氷を作る──だなんて、生半可で甘っちょろくてそんなに頭を使う必要のある能力じゃない。
葛原の〈AUS〉は、触れたものを任意の冷凍食品に変えるという、一触即死で何よりも危険な能力であることを。
***
皇律は睨み合う。
睨み合う──ということは、もう1人誰かがいるはずだ。それでは、皇律は一体誰と、どこのどいつと、どんな馬の骨とその双眸を交わらせているのか。
知りたい人もいるであろうから、どこのどいつかを都々逸で発表しよう。
答えは簡単、単純明快。自分自身と睨み合う。
「「8・8・7・5。都々逸になっていない」」
頑固な女の皇律は、字余りさえも許さない。
「「内容としては許され難いが、都々逸としてはそれで良し」」
8・8・8・5の字余りでしかない都々逸により合格を貰ったので話を進めるが、皇律はどうして自分自身と睨み合っているのか。
ただ、鏡の前に立って眉をひそめているだけなのか──それは、否。
では、精神的な問題で、心の奥底にいる自らの黒いところ、物語によってはブラック皇などと呼ばれ兼ねない幼少期のトラウマなどと相対しているのか──否、それも否。
彼女の目の前にいるのはドッペルゲンガーの【中毒者】であり、その〈AUS〉によって皇律と全く同じ姿を手に入れた二重幻影であった。
二重幻影が手に入れたのは、皇律の見た目だけ。要するに上っ面だけなのだが、それだけでもあまりに強力すぎた。
まず第三者から見れば、どちらが本物の皇律であるかなど見分けがつかない。
着ている服からほくろの数まで、どこをどう見ても完全に一致しており、その声紋も指紋も顔認証も突破できる。
機械でさえも看破できない超常的な〈AUS〉が人の眼でどうして看破できようか。
だからこそ、皇律を慕い、従う狙撃の【中毒者】であり霜月兵平でさえも、彼女の違いには気付けない。
そのため、遠くからの射撃も不可能だ。
唯一、目の前に立つ皇律が偽物の皇律だと言う確信が持てるのは、本物の皇律だけである。
本物の皇律が、皇律の持つ規律の【中毒者】による〈AUS〉だけが偽物の皇律こと、二重幻影を倒す方法であるかもしれないが、それも不可能だ。
その理由としては、規律の【中毒者】による〈AUS〉は皇律がその目で認識した相手の犯した罪を〈枷〉として具現化するという能力だ。
であるから、現在規律の【中毒者】によって裁かれるのは二重幻影の犯した罪ではなく、皇律自身が犯したことのある罪であり、生真面目堅物人間である彼女が罪を犯したことなど、これまでの人生において一度だって無いのだから〈AUS〉の効果がないのである。
誰も、犯していない罪は裁くことができないのだ。
「仕方がない……」
皇律は己の持つ〈AUS〉が通用しない相手であることがわかり、懐から武器としても利用することができるハンマー、正式名称で言うのであればガベルを取り出す。
裁判所で使用される木槌のことを表すガベルを模した、金属製のハンマーを右手に握り偽物の皇律の方を見る。
──このガベルを模した金属製のハンマーが彼女の持つ唯一と言っていい武装であり、規律に厳しい彼女が唯一認めた特注のオートクチュールの正式装備である。
「そのハンマー、カッコいいですね。あ、私も持ってるんでした」
そう口にして、同じく懐から同じくハンマーを取り出した同じく皇律は、同じく皇律の方を向いて、皇律が見せたことのないような下衆な笑みを浮かべる。
「──私の顔で、あまり笑うな」
「別に私は警視庁の前に行き全裸で小便を撒き散らし、その姿を個人情報付きでSNSに糞尿のごとくばら撒いても構わないんですよ?」
「──法律に則り、お前を殺す」
強くハンマーを握り、自らの姿で跋扈しようとする二重幻影に対して苛立ちを口にした後、その身体を動かす。
俊敏な彼女は、一瞬で偽物の自分へと近付いて、手中にある鈍器を振り下ろし──
「──ッ!受け止めるか!」
「勿論。真似できるのはアナタの姿形と声色だけで、アナタの思考や思想に心情と信仰を理解することなどありませんし、理解する気など微塵もありませんが、痛いのが嫌なのは同じ。ですから、慣れない武器ですが抵抗させていただきます」
ハンマーをハンマーで受け止め、ハンマーをハンマーで弾いた後に、ハンマーで皇律を攻撃しようと試みる皇律。
持つ武器も、している姿形も、名称も、全て同じであるシェイプシフターである皇律と皇律(二重幻影)の戦闘は、姿が同じが故に白熱する。
第三者が見たら、最初はどちらが本物かわかっていたとしても、途中からわからなくなってしまうような程に縦横無尽に部屋を動き回り、そのハンマーを上にも下にも後ろにも振るいながら、もう片方の皇律を倒すべく攻撃を試みる。
──お互い、ハンマーを交えて攻防戦を初めて早くも5分。
「「なかなかやるな……」」
本物の皇律は、初めて使用する武器なのに、自分に匹敵する強さで扱ってくる偽物に羨望と嫉妬を交えてそんな言葉を届け、偽物の皇律は、洗練されたハンマーの技に対して称賛と尊敬を交えてそんな言葉を届ける。
両者、体に青痣を作りながら目の前の自分を倒す方法を思案する。そして──
──勝負に出たのは、両方の皇律だ。
「「これで、終わらせる!」」
両者、ハンマーを振るってお互いの右頬を狙う。ガードをすることはない。
──ただ、お互いを狙うだけ。
「「うおおおおおおお!!」」
2人の雄叫びがあげられると同時、ハンマーは吸い込まれていくかのようにお互いの頬へと衝突し──
───皇律と皇律の戦場は、皇律が失神することによって決着が付いた。
一体、本物と偽物どちらの皇律が勝利したのか。最初と同じく都々逸で発表しよう。
勝利を掴む皇律の正体明かす「ハンバーグ」
「──ッ!」
「──皇さんッ!」
皇律と皇律の戦闘が終えた一室の壁を冷凍ハンバーグに変えて、闖入してきたのは2人の壮年。そう、年長の辛木烈火と葛原黎斗であった。
「皇さんッ!コイツ、触れたものを冷凍食品に変える〈AUS〉っす!炎も無力化されるんで、重石でなんとかしてください」
「──辛木烈火君。すまない、それはできない」
「なんで……って、え?」
部屋に闖入してきた辛木が見たのは、頬を擦る皇律と、その場で失神している皇律の姿であった。
「皇さんが……2人?」
「こっちの皇、無力化してくれないかな?」
「……了解」
「ちょ、お前!待ちやがれッ!」
「唐揚げと餃子」
辛木が、目の前にいる皇律が偽物であるかもしれないと考えた時には、もう遅かった。
辛木が、倒れている皇を守るために火を吐いたけれども、その火を唐揚げに変えられ、倒れている皇律でさえも餃子に変えられてしまう。
「───あぁ……ッ!皇さんッ!」
「建造物侵入罪違反・軽犯罪法違反・殺人罪・その他余罪多数」
「……ッ!まさか」
辛木が、皇律を餃子に変えられてしまったことに対して感情を爆発させようとした刹那、立っていた皇律が規律の【中毒者】の〈AUS〉を使用し、葛原黎斗の上に重石を落とす。
「辛木君。本物は私だ。ドッペルゲンガーの【中毒者】の〈AUS〉を知らない君に何を説明しても疑われることはわかっているから、どうにかその疑いを晴らすために私は罪で償うよ」
「──まさか」
目の前にいる皇律が、本物か偽物かわからなくなる辛木の情緒はタワーオブテラーであるが、皇律のその発言と行動を持って、生きている皇律が本物であることを理解する。
〈法壊〉
それと同時、皇律の体──詳しく言うと心臓の部分から出てくるのは、まるで黒のクレヨンで幼子が塗ったかのような一本の手。
「……必殺技か知らないけど、冷凍食品に変えてやる」
葛原はそう口にして、車よりも大きな重石の下にいながらに、その純悪な漆黒の手の方へ、手を伸ばす。
そして、握手またはハイタッチするような形になって──
「今、君は法に触れた」
「……ッ!」
それと同時、葛原を押し潰そうとする重石が膨張してくる。
「1901年、イランのスサで見つかったとされる石棒に何が書かれていたか知っているかい?ハンムラビ法典さ。実際には聖書での文言なのだけれど、目には目を、歯には歯を。で有名な、都市国家バビロンの王ハンムラビが作った同害復讐法さ。さて、話を戻そう。君は今、法に触れた。言い換えると、法を破った。掟破りなことをしたんだ。同害復讐法に基づくなら、目には目を、歯には歯を。破りには破りを」
「……ッ!」
「破れろ」
それと同時、葛原の体に切れ目が入る。そして、そのまま体がまるで紙のようにビリビリに破れていき──
「──やはり、警察官職務執行法により罪にならないとは言え罪悪感は残るね」
勝利したというのに、憂うような表情を浮かべるのは、第二班の班長であり、紛れもなく本物の規律の【中毒者】──皇律であった。
「こちら皇。状況終了」
毒裁社の幹部である十歳児──七星北斗が用意した【中毒者】は全滅し、毒裁社が使用していた廃墟は〈ANTIDOTE〉の手によって制圧することに成功したのだった。




