第23話 線香花火の散る頃に
7月30日。合同訓練合宿6日目、夜。
長いようで短かったゴーガツも、残すところあと一日となった。肝心の明日の予定はというと、最後の確認テスト的なものを受けた後は解散という流れになっており、本当にもう大きなイベントも何もない。旅行気分でいられるのは今日が最後というわけだ。
波乱続き、イベント続きの初ゴーガツだったが、こうして終わりが近づいてくると名残惜しくもなってくる。沢田や伊織さんとはまだ知り合って日が浅いし、なにより同年代の仲間たちと集まっての生活は、高校での日常を思い出してなんだか懐かしくなった。
終わるには名残惜しい。惜しすぎる。
まあ、だからというわけではないのだが……
「——サウナ暑っっっつ!!」
俺と沢田は、男湯のサウナに入っていた。
「想像の三億倍くらいあちーぞこれ……俺たち、このままじゃ蒸し焼きになって死ぬんじゃねーか?」
「脱水症状で倒れる可能性はあるけど蒸し焼きにはならねーよ。あとサウナ入りたいって言い出したのお前だろ。文句言うな」
「だってよー。てかこれ、ほんとに健康にいいのかぁ?」
ぶつくさ文句を垂れる沢田の隣で、俺もじわじわと汗をかいていく。明日で合宿が終わりだから入ってなかったサウナに入ろう——と沢田が言い出したのが全ての始まりだが、開始1分も経たずにこんなへこたれてしまうとは俺も情けない。
あとちなみにサウナは健康にはデメリットの方が大きい。
「あー、ゴーガツも明日で終わりかー」
「……だな」
天井を見上げて呟く沢田に、とりあえず同調した。
最初は修学旅行みたく思っていたゴーガツだが、名目上は訓練の一環だ。肉叉との一戦を経て、俺も少しはまともに戦えるようになるためにここへ来たつもりだった。
だが、結果はどうだ。
確かに新しい武器も手に入れたし、体力も申し分ないくらいには仕上がってきたが——俺はこの六日間で、戦う人間として少しは変われたのか?
——戦えるようになったのか?
「なあ、沢田」
「んあ?」
「俺、この六日間で少しは強くなったかな?」
「うーん、わからん!」
こいつに訊いた俺が馬鹿だった。
沢田は身体能力と格闘センスだけなら俺たちの中では一番だが、いかんせん感覚派なのだ。最短かつ理論的な強さを求める俺とは真反対だし、アドバイスもさして参考にならない。あと中卒らしいから教養がない。
けど、こいつは。
「でも……操神だって体力ついてきてるし、新しい装備もめちゃくちゃ使いこなしてんじゃん! 障害物避けて走りながらのジャグリングとか、操神以外じゃ誰もできねーよ! 自信持てって!」
底抜けにバカだけど、沢田はいい奴だ。
アドバイスはド下手だが、こういう気さくな励ましならこいつの右に出る者はいない。結果は明確に出なくとも——こいつの底抜けの明るさが励みになっていると、この訓練期間中何度も思わされた。
「俺もお前みたいに気楽に生きたいよ」
「だろ? そのほうが絶対楽だって!」
別に褒めたつもりはないんだが。
「あと、もうそろそろ出ようぜ? 早くプール入りてぇ!」
「プールじゃなくて水風呂だっつーの……」
◇◇◇
少し長めの風呂に入ったあと、俺たちは中庭へ移動していた。
夜宵たち女性陣が花火を買ってきたということで、俺と沢田もそれに混ざろうという流れだ。そしてなぜか、誰が呼んだか知らないがMr.マーヴェラスもやってきた。
「HAHAHA! いいぞ、最高だ……これぞ日本の夏というやつだな!! それはそうと火には気をつけるんだぞ、Boys&Girls!!」
「なんで教官まで……」
「まあ、保護者は多い方が助かるじゃない」
あたかも自分も保護者側だというような伊織さんに首肯しつつ、俺も自分の手持ち花火をぼーっと眺める。遠くではすっかり意気投合した沢田とはるポンの陽キャコンビが、花火両手持ちで爆走していた。あれの制御を任される伊織さんは大変そうだ。
と、また他方では。
「こ……これが噂のへび玉花火か……」
イロモノ花火で遊んでいた夜宵と錦ちゃんは、初めて見るへび玉に絶句しているようだった。特に錦ちゃんは想像していたものと違い過ぎたのか、わかりやすく顔をしかめ、
「こんなのヘビじゃない……むしろ、う——」
「——【虚なる邪竜の瞳】みたいな色で全然綺麗じゃないねー! あははー! じゃあ次はロケット花火でも打ち上げよっかー!!」
「え、ロケット花火!? 俺もやりてぇ!!」
「ちょっと泡音! 危ないからそれ持ってこっち来ないで!!」
これぞ青春。これぞ10代。
俺はこの時間に、【中毒者】になったことで失われたはずの青春を垣間見た気がしてなんだか嬉しかった。この夏が、この時間が、永遠に続けばいいとさえ思った。
終わるには、惜しすぎる。
「あー、夏も終わりだなぁ……」
「……まだ七月も終わってないわよ?」
「いやぁ、言ってみただけだって!」
柄にもなく感傷に浸ろうとする沢田を横目に、俺は手元の線香花火を見つめていた。沢田と伊織さん、はるポンと夜宵の花火は既に落ちており、俺と錦ちゃんとMr.マーヴェラスの三つ巴の戦いとなっている。
「にしぴっぴが微動だにしない……花火のプロだぁ……」
「てか、マーヴェラスの花火なんでそんな続いてんの? なんかコツとかあんのか?」
「HAHAHAHAHAHAHA!! ないッ!!」
「ないのかよ」
呆れてツッコミを入れた俺の花火が、ぽつりと落ちる。
そして残るは錦ちゃんとマーヴェラスの花火のみとなり、一同の視線が彼女らの手元に注がれた。夏の夜の澱みの中、最後のひとときを惜しむように皆が押し黙り、わずかな沈黙が降りる。
しかしその直後、生温い風が吹きつけた。
「……あ」
誰かの声があがる。
二人の線香花火は、瞬きの間に散っていた。
『お邪魔しまァす』
聞き慣れない声。
明らかに異質な気配のしたその方向に、俺は振り向いた。
そこにあったのは、黒い影だった。
「全員はじめまして……か? まァいいか、どっちでも」
「——ッ総員、伏せろ!!」
マーヴェラスの怒号が響く。
俺が反射的に頭を上げると同時に、その影は、
「轢き殺せ、ディアブロ」
直後、凄まじい速度で何かが頭上を通り抜けた。頭を下げる直前に糸のようなものが見えた気がしたが、そんな錯覚は背後で寮の建物が崩れ落ちる音を聞いたことで吹き飛んでいった。
「……っ!?」
ほんの少し顔を上げる。
よく見ると、その影は細身の男だった。濃い隈の目立つ顔面は狂気的に歪んでおり、両手からは糸に繋がれたディスク——ヨーヨーのようなものがぶら下がっている。あの小さなディスクで、コンクリート製の建物を斬ったっていうのか?
薄汚れた服装や人相からして、明らかに警察の関係者ではない。どこからか入ってきた侵入者——否、あるいはこちらに敵意を持って現れた何らかの【中毒者】 か……。
「Boy……君のその顔、見覚えがあるな」
冷静沈着に、Mr.マーヴェラスが言った。
金髪の男は意外そうに眉を上げる。
「毒裁社所属の【中毒者】……確か名前は——」
「——廻神絢聖。〈コドクモリ〉出身、ヨーヨーの【中毒者】だ。テメェら公安の犬どもを皆殺しにしたくて来た。御託フェーズは以上。死ね」
廻神と名乗った男は素早く両手を交差させ、こちらに向けて六基のヨーヨーを射出した。緑の刃を放つそれらを身を捩って避けながら、俺は教官である米国人の指示を仰ぐ。
「教官! こいつは——」
「It can't be helped……彼の相手はひとまず私がしよう。Boys&Girls、諸君らは訓練棟へ退避……それから本部への連絡を!!」
適確に指示を出し、マーヴェラスは男の前に立ちはだかった。それから息を止めて両腕に力を込めると——鍛え上げられた彼の上腕と前腕の筋肉が肥大化し、瞬く間に常人のそれを超える巨腕となっていく。マーヴェラスの〈AUS〉による、「アームドマーヴェラス」形態だ。
「Get lost, Boy」
丸鋸のごとく迫り来るヨーヨーを、マーヴェラスは血を流しながらも肉壁となった両腕で受け流す。俺たちはその隙にこの場から脱出しようと試みたが、男の眼はそれを見逃さなかった。
「おいおいおい……逃げんなよワンコ共!!」
奴の手から伸びるストリングがさらに伸長する。
(マジか……ッ!?)
リーチが長すぎる。これでは攻撃範囲が絞れない。
逃げ場を奪われた俺たちが足を止めた矢先、ひとつのヨーヨーが木の枝にかかって一回転し、変則的な軌道をとった。そして、運悪くそのディスクの前にいたのは——
「夜宵!!」
叫んだ時には遅かった。
軌道を変えたディスクが夜宵の右目に直撃し、その衝撃で彼女の体が宙を舞った。意識を失った夜宵が血を流して倒れ、青ざめた顔をした伊織さんが救助に駆け寄る中——俺はただ、その場で立ち竦んだ。
平穏だった日常が、壊される。
壊されていく。見ず知らずの敵に。
「夜宵ちゃんは私が手当てする! 錦ちゃんと遥ちゃんは本部に救援を呼んで!! 泡音と操神くんも、早く逃げるわよ!!」
伊織さんが叫ぶ。
そうだ、逃げなきゃ。こんな状況で俺たちが戦ったところで何にもならない。ここは持久戦に長けたマーヴェラスに任せて撤退するのが一番合理的な判断のはずだ。
俺も早く、逃げ
「みっともねぇなァ! 公安の腑抜け共がよぉ!!」
……は?
「一つのことに特化したイカレ人間【中毒者】様のクセによぉ、公安に飼われて枠にハマって、結局ヤリてぇことは仲良しごっこかぁ!? 笑えるな!! 2019M-1以来の傑作揃いだぜこいつァ!!」
ヨーヨーで絶えずマーヴェラスを攻撃しながら、廻神と名乗る男は喚き散らす。ここで俺たちがマーヴェラスを置いて逃げれば、彼は確実に物量で押し負けるだろう。
「行け、Boys!! 生きて未来を切り拓け!!」
「そうだ逃げろよ、負け犬二匹!! そうやってイカレ野郎のクセに真面目に生きてっから、テメェらは最期に馬鹿を見んだよ——あの女みてェになぁ!!」
足が完全に止まる。
聞くだけ無駄だと決め込んでいた廻神の言葉に、これ以上なく心を揺り動かされているのが自分でもわかった。ここで奴に反駁したって、なんの意味もない。メリットがない。
わかっていた。
けれど俺の右手は、懐のナイフを掴んでいた。
「黙れよ」
飛ぶナイフ。それを弾くヨーヨーのディスク。
廻神の目が、明確に俺を見た。
「お? なに、キレた?」
「いかん……よせ、Boy!!」
マーヴェラスの制止すら振り切り、俺は上着に仕込んでいたナイフを投げ上げてジャグリングを開始した。幸い新装備は全て今着ている服に仕込んである。ナイフを投げ、ヨーヨーを躱し、キャッチして刃先でまた受け流す。
側から見れば、これは暴走だ。
こいつの相手などマーヴェラスに任せて逃げればいいものを、勝手に割り込んで参戦するなんて非合理極まりない。無駄で無意味で無価値な行為だ。
だけど——今は、ただ。
「殺してやる」
今はただ、こいつが死ぬ程気に食わない。
「ハハッ!! いいぜぇその顔——やっと【中毒者】らしくなってきたじゃねェか!!」
殺したい。この刃を首に突きつけたい。
しかし俺の歩みは、視界前面に張り巡らされたストリングと迫るディスクに阻まれる。ストリングを断ち切れば無力化できそうなものだが、鉄製のワイヤーか何かなのか今のナイフでは刃が立たない。
そう、今のナイフでは。
『操神、お前の能力には上限がない』
脳裏に浮かんだのは、毒嶌の言葉だった。
『“ジャグリングに使ったものの性能を強化する”——ただそれだけの能力がお前の〈AUS〉だが、実験結果から推察するに、その性能強化には現状これといった限界がない。……勘のいいお前なら、これがどういうことかわかるだろう』
俺が貸したナイフを手に、記憶の中の毒嶌が続ける。
そうだ、俺の〈AUS〉に限界はない。演戯の中で使い続けることによって、俺の装備は際限なく強化することができる。つまるところ、それは——
「——理論上は、お前の性能強化を受け続けたナイフに切れないものはなくなる。そのうちお前のナイフは、ロンズデーライトだろうがダイヤモンドだろうが、関係なく真っ二つに切れるようになるだろうさ」
演戯は続く。ワイヤーと刃が擦れ合い、手応えを感じる。
こんな鉄の糸くらいなら、容易い。
『その刃で、すべて断ち切ってみせろ。【中毒者】」
ワイヤーに刃が滑り込む。
勢いそのままに刃は押し進み、奴のストリングを切断した。
◇◇◇
同刻、都内某所。
上層部の決定通り、水無月たちは毒裁社のアジトの一つと見られる廃墟へと突入していた。複雑に入り組んだ廃墟の中で、彼女らは狩るべき敵の姿を入念に探す……が。
『——こちら第二班、聞こえるか水無月!? 南棟にも現状、構成員と見られる人物は見当たらない! それと先ほど、合同訓練棟にて毒裁社メンバーを名乗る人物の襲撃が……って、聞こえてるのか、水無月! おい!!』
立ち竦む水無月怜の耳元で、無線越しに皇の声が響く。
しかし当の水無月は目の前に広がる光景を見て絶句し、悔しげに端正な顔を歪ませて唇を噛んだ。
「っ、やられた……」
朽ち果てた部屋に残っていたのは——何者かがここに滞在していたという、わずかな痕跡のみ。携帯食品のパッケージや煙草の吸い殻等のもの以外はすべて「撤収」されており、廃墟内はまさしくもぬけの殻であった。
「りっちゃん、辛木君、今すぐ戻ろう」
低い声音で冷静に——しかし焦りを滲ませながら、水無月は言った。
「あの子たちが危ない……!!」




