第16話 廃病院の女の園
朽ちて廃れて取り壊されるばかりの廃病院の最上階に広がっていたのは、女の園。
総勢13名の女性がひしめき合う一室の中心。
シーツが乱れに乱れたベッドに腰掛けながら、女に囲まれていたのは10歳の少年。
廃病院に、女の園に、『毒裁社』の小規模基地に、まだ小学生の少年がいるのはおかしいように感じられるだろう。
この少年は、『毒裁社』に捕まった人質か。もしくは、『毒裁社』に属す誰かの息子か。
それとも──。
「ほっくん。来たわよ、予言通り」
タバコを吸いながら窓の外を見ていた女性が、「ほっくん」とその10歳の少年のことを呼ぶ。
「すいちゃんの予言通りだな。やっぱし、外部委託は金がかかるから当たるものだね」
すいちゃん──と呼ばれる人物。
その全貌こそわからないが、発言通りから考えれば「予言通り」という言葉から考えて、占い師か何かかもしれない。
「吸わせろ」
「はーい」
そう口にして、ほっくんは近くでタバコを吸っている女性と濃厚なキスをする。
甘い甘いキスをした後に、口を離して紫煙を吐いた。
「いやー、やっぱ受動喫煙は最高だね」
ほっくんこと、七星北斗は、齢10歳にして煙草の【中毒者】にまで登りつめた『毒裁社』の幹部である。
「〈ANTIDOTE〉の奴らだろ?大丈夫、大丈夫。アイツラに門番はさせてるし、少なくとも僕は裁かれない。少年法、最高だぜ」
そう口にする七星北斗。
のらりくらりと罪を避け、少年法に守られる彼は、何人たりとも裁けない。
ただ、七星北斗は人の権利を侵害するだけである。
***
廃病院・入口。
「発砲でお出迎えとは……。随分とめでたいね。サプライズパーティーかな?」
「もうケーキはウンザリだぜ?」
「銃刀法違反だな」
発砲され、1発の銃弾に命を狙われた3人であったが、水無月怜が傘を振るって弾を止めていた。
「じゅ、銃弾が効かねぇのかよッ!」
1人──いや、その奥にもう1人。合計2人の黒スーツと黒マスクの人物がいた。
「ここは俺達が出る幕じゃねぇな」
「──人任せだな。だが、合理的だ」
辛木のその言葉を聴き、一歩前に出るのは皇律。
2つの銃口が向けられ「動いたら撃つぞ」などと言われる中、ピシッとシャキッと立つ彼女はこう告げる。
「罪を聴枷ろ。断罪してやる」
「──は」
「建造物侵入罪違反・軽犯罪法違反・銃刀法違反・その他余罪多数」
「──ッ!う、がぁぁぁぁ」
皇律がその場限りで犯している罪を読み上げたと同時、2人の男の上には巨大な重石が落下する。そして、2人は押し潰されるようにしてその場で暴れる。
「武器は没収だ。罪の重さに悔いてそこで待っていろ」
「便利だよねー、皇ちゃんの〈AUS〉」
皇律の〈AUS〉は、相手の犯した罪の数と重さを「枷」と呼ばれる重石として具現化し、相手の上に乗っけるというものであった。
法律・条例をこよなく愛し、規律の【中毒者】として君臨している皇律に、ピッタリの能力であると同時に、〈ANTIDOTE〉としても、犯人を怪我なく確実に捕らえるのに有用な能力である。
大体の被疑者の前で、この能力を発動すれば捕まえることができるのだ。そのため、彼女に付けられた2つ名は『司法権の独立』。そんな彼女がすべての現場に出向けば解決ではないか──と思われるものの、それでは彼女が叛逆した場合など、もしもの場合に対抗できない可能性があるために、第一班と第二班の5人ずつのチームを作っていた。
「進もう。門番がいるってことは、何か隠しているってことだ」
「仕切るな。遅刻魔め」
「遅刻した分取り戻そうとしてるの。それに皇ちゃん、奇襲には対応できないでしょ?」
水無月怜はそう口にして、皇ちゃんに笑いかける。
辛木烈火は有事に備えてタバスコを1本飲み干し、水無月怜は武器である傘を持って、廃病院の正面入り口の中へと消えていき、探索を開始したのだった。
──と、エントランスの席に座っていたのは。
「まーさか、銃にも屈しないとは。流石は毒をもって毒を制す〈ANTIDOTE〉の皆様だ」
「だけどどうかな。毒を喰らわば皿までの、あくどいオレ達に勝てるかな?」
そこにいたのは、容姿が瓜二つの青年。鏡の中から連れてきたかのように、2人は本当にそっくりだった。
「お前たちは──」
「『毒裁社』、タブレットの【中毒者】。二条悠斗」
「同じく『毒裁社』、タブレットの【中毒者】。二条悠斗」
「「2人合わせて、二条兄弟!」」
そう口にして二条兄弟の片方は電子機器のタブレットを、もう片方は食べ物のタブレットを取り出したのだった。
***
「さぁ、お昼休憩は終わり!午前中はランニングなり授業なりをしてもらったけど、午後はレクリエーションのアイスブレイクです!」
Mr.マーヴェラスによるランニング、毒嶌淳一朗による講義、そして食堂でお昼休憩を終えた俺達6人に課されるのは、アイスブレイク。
伊織さんがそう場を仕切る。
「何をするんだ?」
「東奔西走旗取り合戦」
「「「東奔西走旗取り合戦?」」」
伊織さんの言葉に、俺とはるポン・泡音の2人は聞き返す。
「わからない人もいると思うので、ルールを説明します。第一班と第二班の2つにわかれて、この2本の旗を取り合います。旗は自陣に置いて、敵陣の旗を自陣まで持っていったら勝利!勝った方には夕飯のデザートにケーキがつきます!」
「「「おぉぉ!」」」
デザートにケーキが付くことが判明して、やる気が出ている夜宵・はるポン・泡音の3人。
「〈AUS〉は使用していいけど、相手を傷つけたらその時点で攻撃した側のチームの負けね」
どうやら、〈AUS〉の使用も許可されているらしい。
〈AUS〉を含めた作戦立てや、同じく〈AUS〉を使用してくる敵への対策。
そして、基本的なトレーニングもでき、楽しむこともできるいい遊びだろう。
「詳しいルールは、私か夜宵ちゃんに聴いてね。それじゃ、グラウンドに移動しよう」
チームは、俺と夜宵・錦ちゃんの3人の第一班と、泡音・はるポン・伊織さんの第二班であった。
俺は夜宵と錦ちゃんの2人よりも弱くて運動もできないから、頭脳の部分でなんとか助けていきたい。
そんな決意を1人で口にして、俺はグラウンドに足を運ぶ。
「試合のフィールドは、トラックの中全部で。トラックの外に出るのは、基本的には禁止。出ちゃったらできる限り早く中に戻ってね」
一周400mのトラックの中で行われる東奔西走旗取り合戦。
グラウンドの真ん中には高台となり得るだろう人工物が立っており、更にグラウンドの中には多数の障害物が乱立していた。
「このグラウンドの両端が両方の陣地ね。置いてあるものは自由に動かしていいし、陣地の中に持っててもいいけど高すぎるバリケードは禁止ね。崩れると危ないから」
「はい」
「それじゃ、5分後に試合開始の笛がなるから、それがなった陣地の外に出てオッケーね」
「了解です」
そして、俺達は第一班の陣地の方へ移動する。
第二班の3人は、かなりの猛者だろう。伊織さんは平和の【中毒者】だし、はるポンは俺よりも初心者だが、不安なのは泡音だ。
「夜宵。作戦とかはあるのか?」
「ふん、簡単だ。我が漆黒の見えざる食指を行使し、桃色の髪を持つ鬼神の自由を奪う。そして、無垢なる青年と閃光の女傑と相対している間に蛇神ブロケードの──」
「あー、はいはい。俺が聴いた馬鹿だった」
最近、夜宵がマトモに見えていたから忘れかけていたが、れっきとした厨二病だった。合わせているときりがないから、適当なところで話を打ち切らせる。
──と、マトモに作戦会議もせずにコントのような話を夜宵としていると。
ピィィィィーーーーーーー!!!
巨大な笛の音が鳴り響く。試合が開始したのだ。
「よし、とりあえず行こう。夜宵、防衛を頼む。錦ちゃんは俺と一緒に──」
「先手必勝!その旗、奪わせていただく!」
俺が錦ちゃんと一緒に動き出そうしたと同時、足から水──炭酸を噴出して、空を飛来してやってきたのは第二班の黒一点。
試合開始から10秒未満で、俺達第一班の陣地まで攻めてきたのは、炭酸の【中毒者】である沢田泡音であった。