第14話 新しい出会いと新しくない出会い
「オレの名前は沢田泡音!炭酸の【中毒者】だ!よろしくな!」
俺と同じ黒髪を──と、感覚が変わってきてしまっているが、俺は〈ANTIDOTE〉に入る前は、黒髪以外の人なんか知り合いにいなかった。それだというのに、〈ANTIDOTE〉に入ったら金髪・赤髪・白髪ロング。多種多様で奇抜な髪を持つ人があまりに多すぎたので、俺の髪色に関する感覚は、狂い始めてきていた。黒髪──というだけで、どこか親近感が湧いてきているのである。
「それにしても、〈ANTIDOTE〉にいるのに黒髪って、随分と珍しいな。オレが言えたことじゃないが」
どうやら、沢田泡音も同じことを思っているようだった。俺と同じ黒髪に加え、少し吊り上がった凛々しい瞳にラムネ瓶が描かれたTシャツを来た沢田泡音は、俺の黒髪を珍しがる。
「まだ入って1週間だからさ。と、俺は〈ANTIDOTE〉所属の──って、一緒か。操神遊翼。ジャグリングの【中毒者】だ」
「まだ入って1週間なのか?1週間は7日?」
「あぁ、丁度先週適正試験を終わらせた」
「そっか、じゃあまだ入ってすぐ──って、オレの初めての後輩?んじゃあ、敬語使えよ〜」
「あぁ……はい」
俺は、1人で盛り上がっている沢田泡音に若干引きつつも、どうにか仲良くできるように話を合わせる。
「って、これじゃオレがいじめてるみたいじゃねぇか!冗談だよ、全然タメで構わねぇ。と、これ。近付きの印だ」
そう口にして、沢田泡音は俺に対して1.5Lペットボトルに入ったサイダーを渡してくる。
「ありがとう。それじゃ、こっちも。空のペットボトル、使っていい?」
「おう」
俺は、近くに落ちていた空の1.5Lペットボトルをいくつか手繰り寄せて、自分の近くへ持ってくる。
あぐらをかきながら行う、ペットボトル3つでのカスケード。まだまだ、そこには空いたペットボトルが散らかっていたので、それをも回収して4個、5個と数を増やしていき、同時にナンバーズへと移行していく。
「おぉ、すげぇ!」
チラリと泡音の方を見ると、子どものように目をキラキラと輝かせて、俺の方を見ていた。
1.5Lは、上部と下部の大きさが違うため、かなりやりにくいけれども、上手に上部の細いところだけを落ちてくるように調整しているので問題ない。
「──と」
俺はジャグリングを続けながら、ゆっくりと立ち上がる。この部屋には、まだ中身が満杯に入ったサイダーのペットボトルが無数に乱立しているので、空きペットボトルを落としなんかしたら大惨事だ。
そのまま十数回ほど投げたりキャッチしたりを繰り返した後、泡音の飽きが来る前にやめた。
右手に3個、左手に2個と1.5Lペットボトルをキャッチするのは指が痛かったけど、落とさなかったので無問題だ。
「すっげぇぇぇ!お前、すげぇよ!」
「まぁ、伊達にジャグリングの【中毒者】じゃないからな」
「オレもなんか見せてやりたいが、オレは炭酸だからよぉ……ごめんな」
泡音は、どうやら俺のジャグリングに喜んでもらえた良かった。これで、ファーストインプレッションは好印象となっただろう。これだけ反応してくれるのならば、俺もやりやすい。すると──
「入るよ?」
部屋の扉がノックされ、こちらの返事を待たずに扉を開けるのは薄い桃色の髪を持ち、真っ白なワンピースに身をまとった少女。確か、名前は──
「十和!見てくれ!コイツ、すげぇの!」
「コイツじゃなくて操神くんでしょ」
「読み方なんかいいんだよ、もう親友になったから!」
「本当?操神くん、嫌なら嫌だと言っていんだよ?」
「いやー、大丈夫です、はい。あの、本当に」
「すっげぇ、テンション差!」
「ごめんね、泡音はこんな風に馬鹿なの」
「おい、馬鹿ってなんだよ!もうオレの仲間はお前だけだ、操神ぃ!」
「いやいや、大丈夫です。このくらいの方が扱いやすいですし」
「──って、操神ぃぃぃぃ!お前もオレを馬鹿の呼ばわりするのかよ、クソォォ!」
そう口にして、泡音は近くにおいてあった1.5Lを開封して、中身を一気飲みする。
「──と、そうだ。伊織さんはどうしてこの部屋に?」
「そうそう。2人を呼びに来たんだった。泡音、欲しがってた後輩が来たわよ」
「あー、今回のゴーガツで新しく来るって言ってた人か?どんなやつだ?」
「来たらわかるわよ」
「ほう」
「操神君も来てね」
「はい」
伊織さんに付いていくようにして俺と泡音の2人は寮の外に出る。
俺が案内されたのは、訓練場。どうやらそこには俺と同期に値する人物がいるらしい。
俺が〈ANTIDOTE〉の第一班に所属したように、その「後輩」という人は第二班に所属したようだった。
同期だというのなら、折角だし仲良くしたい。きっと、新しく入った人なら皆のように狂ってはいないだろう。
そんなことを思いながら、訓練場に足を運ぶと──
「──操神?」
「え……」
そこにいたのは、俺の名を知る人物。そして、俺が名を知る人物。
「───はるポン、どうして……ここに?」
そこにいたのは、はるポンこと乾遥。
俺と同じ県立久留井学園高等学校の出身であり、今から約10日ほど前に、毒暴走の影響により、生徒十数人を殺害するという凄惨な事件を起こしたタピオカの【中毒者】である乾遥が、そこにはいた。
***
「乾遥を第二班に所属させる!?!?そんなこと、許されるんですか!?」
警視庁の地下の最下層。
幾重もの鋼鉄の扉が設置された奥にあるもっとも厳重に管理されている会議室には、報告が信じられないと声を上げる水無月怜の姿があった。
その会議室には他にも、第二班のリーダーであったり、警視庁の重鎮であったりと厳重に警備されるべき人物の姿がそこにはあった。
「報告が遅れたのも仕方ない。水無月、お前は謹慎中だったのだからな」
重く低い合成音声のような声で、嫌味のようにそう述べるのは、警視庁公安部第五課課長を務める人物。
名は───ない。
ある者は彼を役職を理由に「第五課課長」と呼び、ある者は彼を尊敬を理由に「ボス」と慕い、ある者は彼の好物を理由に「バナナサンド」と揶揄し、ある者は彼をその権能を理由に「秘匿の【中毒者】」と呼ぶ。
それこそ、彼の知られている情報など、公安第五課課長でありバナナサンドが好きであることくらいであった。だから、「彼」などと呼称しているものの彼が男性なのかどうかすらわかっていない。
無論、彼がどれだけ秘匿を愛し、秘匿の【中毒者】を手に入れたのかというのもわかっていない。秘匿が好きであるから、彼もそれを誰かに話そうとはしない。故に、誰も知る由もない。
「毒嶌淳一朗と話をしてね。乾遥はどうやらあれ以上の毒暴走を起こさないらしい。実際、適性試験には合格している。それに、彼女の精神安定を考えても、狭い部屋に閉じ込めておくより活動させた方が最適──そう考えたんだ。なぁに、安心したまえ。責任は全て毒嶌淳一朗にある。何かあろうと、君達の首は飛ばない」
「──」
水無月怜は、静かに彼の聞き取りにくい言葉を反芻する。
「──わかりました。これからは、第一班第二班共に、5人体制に戻るということでよろしいですね?」
「あぁ、そうだ。これで、水無月君のいなかった1週間での大きな変化は終わりだ。次は、これからの──未来の話をしよう」
彼はそう口にして、手元にあった資料を1枚捲る。それを見て、会議室にいる他のメンバーも資料を1枚捲る。
「ここ最近、毒裁社の活動が看過できない程に活発になってきている。その為、こちらもメスを入れることにした。5日後、毒裁社の子分共が利用していると思わしき廃墟に突入する」
彼による、静かな宣言。
その場にいる【中毒者】は、彼の言葉を受け、静かに唾を飲み込んだのだった。