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異界潜  作者: 澁谷晴
3/3

後編

 異界侵入のライブ配信。映像は乱れている。縦横無尽に張り巡らされたコード。細長い廊下。突っ走っていく制服姿の後ろ姿。「おい! 待てって! 突っ込むな! あーもう、あの子の辞書には協調って言葉がないのかよ。アイ君、どうするよ!? ほらほら、エラー誘発しまくってんじゃん! ヨミちゃんそこ蟲出るよ! やばいってほら!」

 羽音。悲鳴。破裂音。ヨミの同行者は大変だが視聴者には受けているようだ。


   ■


 鎧谷地下街。駅東口から直接行ける混沌。異界化は着々と進んでいる。ライブハウス、クラブ、酒場、喫茶店、書店、ジャンクショップ、古着屋、銭湯、ガソリンスタンドなどが乱立する鎧谷系異界潜(マグ)の聖地。異界干渉作戦(MTG)の日ともなれば異界は活性化し、コードはうねり、無数のブラウン管の光は増す。


 開始時間より遅れてやって来た参加者たち。武器の貸し出しが行われている。〈ヤカン〉や〈ラッパ〉を使えるのは二種免許取得者だけだ。二種持ちは少ないので、大抵は角材とか鉄パイプ、持参したフライパンとか包丁で戦う。改造拳銃や火炎放射器を持ち出す者もいて流石に警備員として参加していた〈二級〉の部隊に詰問されている。凪はモップの先に包丁を固定した槍を持っていて、ヨミは携帯端末ジャムの武器アプリを使う――大抵、閃波の形成不足で十分な威力を発揮できず、評判はすこぶる悪いが、ヨミのように同調率が高い者が使うとしっかりしたジャム剣が出せる。


 見物客の〈四級〉学生が端末の画面を見せて何かを囁いている。弾き語りをする路上ミュージシャン、聞き取れない異様な歌詞、人工言語なのか滑舌が悪いだけなのか。天井は低くて汚水が滴っている。消火器が何十本も置かれている、赤い。〈MAG-NET〉のバックナンバーが売られている、「今アツいダブ劣化」「漂白剤、知られざる閃波変性効果」。聖遺物に祈願する〈教団〉の人々、棒付きキャンディを掲げる、聖遺物は新聞紙に包まれたボーリング玉くらいの何か、「これ本当に効果あるんですかね?」と尋ねた信徒に「さあ」と答える指導者。カタログを見ながらパーツを吟味する少年たち、疑問を呈すると、通りがかったギークな小父さんがその疑問に答えてくれる。「それはN上限に干渉して帰結点を増やす働きをするんだ、ただ冷却を考えると――」


 どこぞのネットアイドル、携帯端末のカメラではなく、使い捨てカメラでの撮影会。宇宙食――と呼ばれているだけで本物の宇宙食ではない――で朝食を済ます不健康な部隊。チケットを電話帳に挟んでの闇取引。洗濯機が並んでいる区画でその稼働音に紛れて怪しい密談をする人々。


 ルーズリーフのコピー、配布資料ハンドアウト。どこかの大学のサークルが説明を行っている。「エラーコード七五〇、通称〈虎〉。本当に虎。ヤバい。〈ヤカン〉がないなら逃げろ。タルタルソースに反応するからそいつを撒いて気を取られた隙に――」


 通路のど真ん中で、探索中に死んだ異界潜の合同葬が行われている、花で道が塞がっている。遺影はブラウン管モニターに映された静止画、古くなっていて顔が緑色。


 界域計算機(ネスト)の組み立てを行うサークル、「マザーはクロバネすか?」「指紋をちゃんとつけろ、親指のやつ」「ギョクを三連? 干渉しない? いや、敢えて?」「歪み系? ファズ? 剃刀で傷つけて?」「今って一九九九年? 九六年?」


   ■


 異界潜の習慣の一つに、ろくに名乗らないというものがある。誰かがそいつを何と呼んでいるかを聞いて、それで名前を把握する。食堂で遭遇した相手も、凪は見覚えがあったが、名前は分からなかった。


「それ、聖森(ひじりもり)の制服だよね? あたしも聖森行ってたんだよね」


 ヨミのブレザーを見ながら背の高い女子が言った。ヨミは常に、通う中学の制服姿で、壊滅的なコミュニケーションとは対照的に衣服には一分の隙もない。ネクタイが曲がっているということもなく、服のどこにも埃や皺ひとつない。


 話しかけてきた相手の顔ではなく腹部の辺りを見るだけで、ヨミは何も答えない。カステラをココアで流し込み続けている。


「先輩、この人に構う必要はないですよ」と、近づいて来た目付きの悪い男子が言った。彼は前に、どこかのイベントで会ったはずだ。確か望月だか三日月だかそんな名前だった。「皆のことを舐めてるんですよ、この人は。そうでしょう、アイさん」


 凪は頷く、まさにその通りだからだ。やはり前にどこかで会っている。女子の方が彼を呼んでくれれば思い出せるかも知れないが、それは叶わず二人は去った。あの、望月だか三日月という名の少年は恐らく結構な同調率の持ち主で、流れ込んで来る思念からヨミの本質を把握していたのだろう。


 それからも顔見知りが来て、不明瞭な挨拶を交わし、ヨミを胡乱な目で見たり、逆に「握手してもらえますか」というファンもいた。彼女はその態度は悪いが、異界では毎回大活躍している。チャンバラ映画のごとくジャム剣でエラーを斬りまくり、こちらの作戦を大いにぶち壊す。握手やサインを求めてもヨミは反応せずカステラを食べ続けるだけだが、その反応で何故かファンは喜び、同調率の高い者が彼女から送られた何かの幻覚を垣間見ると、サインを貰ったかのように歓喜して去っていく。


   ■


 どこぞのサークル・集団のレポート。印刷された文書かも知れないし、ネット上のコンテンツかも知れない――「異界とは」「異界は『過剰』がテーマであり、挑むならこちらも『過剰』を手にしなくては」「どうして効果があるのか分からないが、しかし、異界には確実に効果がある数々の手段。機械でも呪術でも、崇拝でもいい」「意識の共有。大都市という場、ネットワーク、その〈うねり〉が異界を呼んだ」「大仰な機械じゃなく、それがその機能を持っていると認識する側の意識こそが本質」


   ■


 〈エラー〉。異界に現れる敵、番人、化け物、怪現象。全て纏めて、異界で何かあればエラーと呼ぶ。頻発する、重要・危険なものはエラーコードが割り振られて共有される。今回の任務では蟲のエラーが多発した。タナベという名の大学生配信者は、ヨミと同じグループで異界へ入り、エラーよりも彼女に翻弄される。実際、エラー化した異界潜は存在する。犯罪者や、異界の一部に取り込まれたり、人外へと変異してしまった者がそれだ。ヨミはそういう意味ではまだセーフと言える。


 追いすがる蟲たちを引き連れて、凪とタナベ、仲間の異界潜たちは逃げ続ける。エラーの数は増えていく。一同はいつしか歌っていた。数年前のヒット曲で、「この場所から逃げたい」という閉塞感を歌ったものだった。やがて、先行していたヨミが、青白く光るジャム剣で巨大な芋虫のようなエラーの頭を落として、こちらに逆戻り、そして突然、巨大な脚が蟲どもを全て押し潰し、ついでに床も踏み抜いて下の階層ごと崩落させた――それは、ヨミが〈怪獣〉と呼んでいる幻覚の一つで、異界の外と違い、ここでは実際に建物をぶち壊す。凪は、自分では申し訳程度に陽動を行い、最後はこの〈放送〉で一掃する戦術で大抵どうにかしていた。


「ああやってヨミに全部やってもらえば良いだけですよ。普段偉そうにしてるぶん、活躍してもらわねぇと。あぁ、疲れた」


「助かったよヨミちゃん、さんざ振り回されたけど。あれ、〈Escape〉まだ誰か歌ってる? 伴奏も聞こえるんだけどこれもあの子の〈放送〉?」


「それはタナベさんのじゃねぇかと思います。まあ異界には付き物ですよ。そんじゃこっから脱出(Escape)しましょう、何かあれば拾いながらね」


「アイ君が一緒で良かったよ。異界潜(マグ)って喋らない人多いからさ」


 そういった会話をしながら一同は異界を出た。凪たちが倒していた蟲の内部からは基盤や記録媒体がいくつか溢れ出て、比較的破損の少ないものを売って小遣い稼ぎにはなった。平坂オーナーの店はまだ営業していて、動物の入った水槽は増え続けている。今日もヨミは怪獣が街を闊歩する幻覚を見ている。タナベは少し前のヒット曲の幻聴が止まらず、対抗するために演歌を聞き続けている。

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