70:胎動の『黒亡嚮団』
――月も出ぬ真夜中。金鏤と朱漆艶めく玉座の間にて、黒衣の従者は片膝を突き、己が君主へと告げる。
「芙羽皇帝陛下。根の者の報告曰く、『灼熱業魔ウゴバク』の寄生者が、やられたそうです」
「ほほう」
その一報に、玲瓏なる唐衣装の男が片目を開いた。
「驚いたネ。朕の〝仕込み〟がいきなり潰されるとは」
芙羽と呼ばれた彼は、煙管を燻らせながら「残念、残念」と呟く。
「悪魔の魂魄を拾ったときはワクワクしたんだがネぇ。――これを利用すれば、どれだけのニンゲンが死ぬカナってネぇ~」
男は無邪気に笑っていた。
まるで子供が遊戯で負けてしまったときのように。悔しがりつつも楽しげだった。
「くふふ。でも悪魔化したってことはあの老害、よっぽど深い絶望を味わったんだろうネぇ。片方の魂が沈んだ時こそ、朕の『魔砲』は効力を発揮するから」
死に顔が見たかったなァとぼやく芙羽。
――そう。商会の大老・アルベルトに悪魔化する細工を仕込んだのは、この男だった。
さらに言えば、
「最近はおかしなコトが続くネ。『ブラエ・フォン・コンスタンティーノ』。あの少女貴族、朕のくれてやった毒を無力化したそうじゃないか」
邪龍の呪毒を撒いたのも、全ては彼の仕業だった。
「李。あの一件に助力したのは、『開拓都市トリステイン』の冒険者だそうだネ?」
「は」
黒衣の従者、李は頷く。
「また、悪魔憑きの老人を倒したのは、例のサラなる人物と、トリステインの領主・イスカルとされています」
「ふは、サラか。余計な真似を」
彼らは『暗黒令嬢サラ』の存在を認知していた。
当初は人間社会の賢者という認識しかなかった。幼い身でありながら、様々な知恵をトリステインに齎した才女だ。
それだけならば驚きには値しない。ニンゲンは無駄に数が多いのが強みだ。その上澄みが頭角を現したというだけだろう。
だが――何年経っても子供のままだという点から、彼らは気付いた。
「そんなにニンゲンが可愛いかよ、あのダークエルフめ」
すなわち魔物の一種、不老の魔人種だと彼らは結論付けたのだった。
「陛下。名こそ偽っておりますが、間違いなく彼女こそが裏切りのダークエルフ『ダー』なる者かと」
「だろうネ。……四百年前、魔物の一種でありながら人間に与し、多くの『開拓都市』建設を手伝ってきたダークエルフか……」
智慧と武勇に優れた女と聞く。
彼女の助力があったからこそ、人々は魔物を狩っては土地を拓いて都市を作り、ソコを橋頭保にまた支配地を広げていく流れを生み出すことが出来たのだ。
「ヤツがいなければ、ニンゲンたちは魔物入れぬ『神聖領域』の地を争い、繁殖も出来ぬまま仲間割れしていただろうに」
ある意味、現代の人類の母とも呼べるべき人物である。
そんな魔人が名を変えて再度、表舞台に上がってきた。「これは流石に愉しくないネ」と、芙羽は紫煙を静かに吐く。
「あァヤレヤレだ。『七大特級』だけでも、面倒だというのに……」
果たして女神の意志なのか。どの時代にも必ず七名現れる、人類の七大異能者たち。彼らもまた芙羽の敵である。
「だが」
バキリ、と。彼の手の中で煙管が折れた。
「それ以上に忌まわしい者が二人いる……」
否、一匹と一人かと、魔の皇帝は目を眇めた。
「一匹の名は、暗黒破壊龍……。あの忌まわしくも最強な裏切り者がどこかにいる限り、朕は表立って動くことが出来ぬ」
その名を呼ぶ声に、当初の遊びはなかった。
思い返すもおぞましい。それこそ、『七大特級』を一匹で相手取れるほどの最強の邪龍。そして、そんな力を持ちながら、なぜか人間に与した災厄の存在だ。
十年ほど前に突如として消えたが、アレが死んだとは考えづらい。必ずどこかで魔物の侵略に備えているはずだ。
そして。
「もう一人……ある意味、暗黒龍よりも忌まわしいのは……!」
芙羽皇帝の爪が凶悪に伸びた。本能がざわつき、蠢いた指が豪奢なる玉座に傷跡を刻む。
「魔人ダークエルフの知恵者を受け入れるほどの器を持ち……多くの人道施策を打ち立て、街の発展と共に数え切れぬニンゲンどもを守り育ててきた人類の守護者……!」
そして、此度の悪魔討滅の件においてはついに牙を剥いた男だ。
ダークエルフの実力など悪魔には遠く及ばない。だとすれば、かの男の力量がどれだけ高いか窺い知れる。
「殺してやるぞ……」
魔の皇帝は立ち上がると、暗雲より出た月を見て、吼える。
「必ず殺してやるぞ! 人類の守護者ッ、『イスカル・フォン・トリステイン』!」
そう言って芙羽は――否、魔人組織『黒亡嚮団』の首領、『絶滅邪龍ファフニール』は、高らかに殺意の笑いを響かせるのだった。
「李よ。『七大特級抹殺計画』に、領主イスカルも加えたまえ」
「は!」
再び隠れゆく月光の下、ファフニールは目を輝かせるのだった。
「さぁ人類よ、遊戯の時間だ」
――朕の手から、逃げられるかネぇ……!?――
なお、
「――ぶぇぇっくしょぉおおいっ!」
「うわきたねーなイスカル。なんだよ、風邪か?」
「いや、貴族は風邪など引かぬはずであるが……」
鼻をすするイスカル。彼が悪魔をも倒す人類の守護者である、はずがなかった……!
全てはファフニールらの思い違いである。本来の彼など並の貴族よりそこそこ強い程度の小悪党でしかないのだ。
「はは。もしかしたらどっかの美女がお前の噂話してるかもな。今のお前、人気者だしよ」
「ぬぬ? ……ぬふふふふ! 持ち上げられるのは勘弁であるが、モテるのは悪い気はせんであるな!」
「やったなイスカル」
残念ながら噂話をしているのは絶滅邪龍である。しかも抹殺を目論んでいる模様。
だが彼らは悪くない。よもやダークエルフに違いないと思い込んでいる傍らの美少女が、最強の雄たる『暗黒破壊龍』などと見抜けるわけがないのだ。
おかげで暗黒破壊龍の助力による悪魔討伐を、民衆らと同じく、イスカルの実力によるものだと勘違いしてしまっていた。
「独身卒業の日は近いか~?」
「ふはは。その時はデカい式場を用意してやるである」
用意すべきは葬式場である。
「――ふぁああ式場の話をしてらっしゃるッ!? イスカル様! その件はこのセバスチャンめにお任せをォオオオーーーッ!」
「「何か知らんが元気だなセバスチャン」」
飛び込んできた老執事に呆れる二人。
こうして様々な掛け違いを起こしながら、事態は新たな方向に動こうとしていた……!
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