37:逆鱗
「テメェを契りの相手としてやる」
【悲報】ダチと地獄のデート中、知り合いの龍から股開けと言われた件について。
(ってクソがあああああああーーー!? どうしてこうなったーーーーーーーッ!?)
なんで野郎ばっかりすり寄ってくるんだよボケェッ!
ジェイドくんにそっちの趣味はねぇぞぉアァアアッ!?
「はっ、どうした緊張してるのか?」
と言って、俺に無駄に綺麗な顔を近づけてくるヴァン。
「まぁ安心しろや、オレも初めてだ。病気の心配ならないぜ?」
ってんなこと心配してねーよ!
あとあんま人間社会で『初めて』言うのやめろや!
童貞カミングアウトはそう堂々とするもんじゃねーぞ!?
「オイなんとか言えや。オレ様が声かけてやってんだぞ? 光栄だと泣いて、脱げ」
(うわすげー自信でグイグイくるじゃん)
どこからそんな自信が……ってそうかこいつドラゴンだからか。
周囲の魔物連中からビビられまくればそりゃぁ調子に乗るよな。
うん、俺もそんな感じだったしネ……。
「いい加減にクチ開けや。それとも下の口から開くか?」
(下品だな~)
これだから義務教育受けてないドラゴンは……と思いつつ、『俺だよジェイドだよ。あと下の口ねーよアホ』と正体を明かそうとした時だ。
「――テメェッ、サッちゃんから離れやがれ!」
「アァ?」
ドリンクを手にしたルアが戻ってきちまった……!
っておいおいおいおいおい、
「なんだァテメェは?」
「テメーこそなんだよっ!? サッちゃんから離れろ!」
俺の前でにらみ合うヴァンとルア。
こ、これはまずいことになったぞ。
どっちも血の気はマックスだ。
「ぉ、おい二人ともっ」
そうして止めに入ろうとした時だ。
二人は何の躊躇もなく同時に、その拳をぶつけ合った!
「ゥぅっ!?」
「へぇ……人間の分際でなかなか」
激突する拳と拳。
とても肉がぶつかり合ったとは思えない轟音と衝撃が周囲に響く。
その結果は、ルアの負けだ。
「ぐぅううッ!?」
拳を抑えて転がるルア。
皮膚が破れ、ほとんど骨が見えかけていた。
「やるじゃねーかチビ。その雌みてぇな身体でどうやって……と思ったが、なるほど。魔術か」
ルアの側に浮かんだ魔導書。
それを見てヴァンは「相当高度な強化術式だな」と感心するが、ヤツの拳にダメージは一切ない。
当たり前か。腐っても最強の龍種なのだから。
「くそっ、こんな野郎に殴り負けるなんて……!」
「おいルア、無理するなっ」
対してルアは重症だ。
ぶつけあった拳からは血が流れ、腕全体がビクビクと震えている。
これは拳だけじゃなく腕の骨までイカされちまったか。
「へっ、情けねぇなオレ……」
「そんなことはない」
むしろその程度のダメージで済んだのはすごいことだ。
弱っていようがヴァンは龍種。
真正面から拳を打ち合えば、肩ごと腕が千切れ飛んでもおかしくない。
「けど見ててくれやサッちゃんよ。こっからオレ様の逆転劇が、始まるからよぉ!」
「ルアっ!?」
止める間もなく飛び上がると、反対の腕でヴァンに殴りかかってしまう。
「サッちゃんにゃッ、憧れのサラ様にゃぁ指一本触れさせねぇ!」
「ハッ、面白れぇ人間だァ!」
そして、再度激突。
一度目以上の大爆音を立て、二人の拳がぶつかり合った。
「クソ赤髪がぁあああーーーッ!」
勇ましく吼えるルア。
しかし、
「寝てろやメスチビがッ!」
ヴァンが拳を振りぬくと、たちまちルアは地面に叩きつけられてしまう。
「うぅッ!?」
同時にバキリッと砕け散る音。
ルアの拳が片方以上のダメージを受け、指がグチャグチャに拉げてしまったのだ。
それを見てヴァンが「ざまぁねぇ」と嗤った。
「所詮は人間の雑魚野郎だな。そんなんでそのオンナの番気取りかよ」
……うずくまるルアを見下す赤龍。
こいつにとっては人間なんて取るに足らないのだろう。
どれだけ勇気を振り絞ろうが、くだらないと思っているのだ。
「く、そぉ……!」
「じゃあな雑魚。この女はオレが貰っていくからよぉ」
そうしてこちらに手を伸ばすヴァン。
俺はそれを、ゴミのように弾いた。
「触れるな、汚れる」
「あァ……!?」
カスが怒っているが気にもならない。
さっさとヤツから意識をそらし、痛みに苦しむルアの背を撫でた。
「お前、格好良かったよ」
「ぁ、サラ、様……オレ、全然かなわなくて……っ」
「いい。今はゆっくりと休め」
スキル発動≪回復≫。
その癒しの波動を流し込むと、ルアの両腕が巻き戻るように癒え始めた。
同時に彼の瞼が落ち始める。
「ぁ……れ……?」
「急速な治癒は体力を消費するからな。あとは何も心配せず、意識を手放せ」
「でッ、で、も……ぁ――」
最後まで俺を気遣いながら、ようやくルアは眠りについた。
落ちる頭を咄嗟に抱き、膝をついて腿に寝かせる。
こいつを地べたで汚させたりはしない。
「さてと」
親友が寝付いたところで、こちらを睨む者に顔を上げた。
「まだ何か用か。ゴミ」
「ッ、さっきから、テメェ……!」
怒りに身を震わせた男、ヴァンだ。
ヤツは眠るルアを指さし、「そっちの雑魚とずいぶん扱いが違うじゃねぇか!?」と吠えた。
「なにそんなメスチビに構ってんだよッ! 勝ったのはオレだぞ!? だったらオレに惚れるべきだろうが!」
「はぁ……」
ヤツの叫びに心底呆れてしまう。
まさに野生動物よろしく、強い者こそ魅力的で大正義だと? 勝った奴が偉いんだと?
ふざけるな。
「たしかに強さは大事だよ。だけど人間の世界では、誰かを守るために必死になれる『優しいヤツ』が一番魅力的なんだよ」
一度だけ。
ちゃんと一度だけ教えてやる。
俺は無知ゆえの間違いは咎めない。
だが今、一度はきちんと教えたからな?
「そして人間社会じゃ、暴力を武器に女をモノにしようとするヤツは、ゴミ以下のカスなんだよ。理解したか?」
「アァァッ!?」
怒りのままに吼えるヴァン。
そうしてヤツが「舐めやがって!」と、こちらに手を伸ばしてきた時だ。
「何の騒ぎだッ!」
と、鋭い女の声が響いた。
アイリスである。
「むっ……その少年は確か、ルアと言ったか。意識を落としているようだが、どういう状況だ?」
周囲に伺うアイリス。
するといつの間にか出来ていた人だかりたちが、「その子、そっちのフードの女の子を守ろうと……」と、状況を説明してくれた。
「ふむ、なるほど。おい赤髪よ、咎は少女を手籠めにせんとした貴様にあると見える。元騎士として見過ごせんな」
「ケッ、突然出てきたメスが何をッ」
ヴァンの言葉は続かなかった。
背後より、ヤツの喉元に刀が押し当てられたからだ。
「――貴様か? 拙者の友を傷付けたのは」
黒髪の若武者、シロクサである。
俺と遊ぶ時の抜けた雰囲気など一切ない。
冷たくなるような殺意を放ち、ヴァンの命を取らんとしていた。
さらに、
「なんだなんだぁ!?」
「女の子襲おうとしたクソ野郎がいるってよ!」
「そいつにルアが重症負わされたらしいっ! 俺たちも向かうぞ!」
続々と集まってくる冒険者に、騒ぎを聞きつけた衛兵たち。
たちまちごった返していく場に、ヴァンが「チッ」と舌打ちをした。
「人間どもがぞろぞろとうぜぇぜ。テメェらみてぇな雑魚、どれだけ束になろうが無傷でぶっ殺して……!」
「無理だろ、そのざまじゃ」
俺は嘲笑を向けながら、ヤツの腕を見た。
「腕、痛そうだぞ?」
「なっ、ッッ……!?」
俺の言葉でようやく気付いたらしい。
ルアの拳と二度もぶつかったヤツの右腕、それはわずかに震えていた。
「っ……こんなのどうってことねぇよ! 少し骨に響いただけでッ」
「ハッ、認めたな! 無傷でどうのと言っておいて、『少しでもダメージありました』と認めてしまったなぁ。ダサいぞお前?」
「ぐぅッ!?」
俺への怒りをさらに強くする赤龍。
が、雑魚扱いだったルアが少しでもダメージを与えたという事実。
それを加味しての周囲を取り囲まれた状況に、どうやら拙いと判断したらしい。
ヤツは再度舌打ちすると、
「覚えてろよッ、ニンゲンどもォッ……!」
そう言って、一瞬にして姿を消すのだった。
「そうか」
反省の意思も、ないんだな?
あーあ・・・