疲れた
「全て終わらせて仕舞おう」
目覚めてすぐに漏らした呟きは、雲で覆われた重ったるい空に吸われて消えた。
微かに聞こえる雨音
絶えず鳴り響く通知音
携帯をそっと眠らせると、クローゼットを覗く。
「ん‥、これと‥」
慣れた手つきでそれらを取り出すとゆっくり着替えた。
歯を磨いて、洗顔して、洗濯して…と
いつもと何一つ変わらぬルーティーンをひとつずつ消化して、全部終わった頃にはもう二度寝の体形になっていた。
「‥だめ、今日が終わったら終わりが怖くなっちゃう」
己を鼓舞し何とか布団を引きはがすと、部屋を見回す。
最後くらい綺麗にしよう。
その考えが浮かぶと同時に、私は部屋の掃除を始めた。
‥小一時間ほどして、満足した私はテーブルの前に座り込んだ。
…せめて終わらせるのなら最後に手紙でも書こうかな。
頭にひとつの面影が浮かび、そっと頷く。
うん、そうしよう。
いつもLIMEばかりだったから新鮮だな、文字や形あるものを渡すって。
最後にいつ使ったかも分からないレターセットを探しながらそう思った。
ピンクと白で統一された、如何にも〝女の子"といった部屋で棚の中身をひとつずつ取り出していく。
単純な作業を繰り返していくうちに、何時しか今朝までの記憶をそっとなぞっていた。
取り立てて不幸なことがあったわけじゃない。
親が離婚したことによる家庭環境の変化とか、誰かにいじめられたとか。
両親は仲が悪かったわけじゃないし、友達は多くはなかったけどみんな優しく接してくれた。
今思えば、中々に良い人生だったのではないかと思う。
ただ、疲れてしまっただけ。
本当に、それだけだった。
例えば、可愛くいること。
小物や家具で部屋を飾って、綺麗に保つこと。
控えめに可愛い洋服を買うこと。毎日それを選んで着ること。
決して本心が悟られないように塗りつぶして〝私"を演じること。
毎日肌の手入れを欠かさずに、髪の毛や美容にも気を遣うこと。
仕事でもミスをしないようにすること。
人と良好な関係を築き、絶やさないようにすること。
いつも笑顔を浮かべること。
細かいことのひとつひとつに、――---疲れちゃったんだ。
‥どうせ終わるんだ、気にしてもしょうがないか
そうだな、せっかくだから貴方のことでも考えようかな。
初めて出会ったのは、私がまだ幼くて、みぎひだりも分からなかった時。
家が隣でとかいう少女漫画のテンプレみたいなのじゃなかったけれど
「いっしょにあそぼ!」
なんていかにも子供らしい言葉ひとつ
きゅ、と心を掴まれて
それに何度救われただろう
ある程度の年代になると、男女で話してるとからかわれたりもした。
それでも貴方はいつも
「話したい奴と話してんの、何が悪いの」
って
”友達”っていえばそれで終わりなのかもしれないけど、私は、貴方を心から…
…なんて、重いだけか
笑い声が漏れる
笑いながら貴方を想えるなんて、私も大人になったなぁ、なんて、胸を撫でおろす
「もうお酒も飲めるようになったよ‥」
言葉の端に、少し、切なさが滲んだ
忘れられないあの言葉を何度も反芻する
「 ちゃん、ずぅーーっといっしょだよ!」
「ほんと?ずっと?」
「うん、ずーっと!」
くら、と目眩がするような感覚、それと同時に理解した
あーこれが恋なのか、と
「…嘘つき」
そう漏らす頃には、手紙はもう、とうに書き終わっていた。
「さぁーて‥」
ググッと伸びをして、綺麗になった部屋といつの間にか光が差し込んでいた窓に目を向ける。
「雨、止んだんだ」
窓を開け、ベランダに出る。
顔を叩く心地よい風に目を細めると、鮮やかな色彩が目に飛び込んできた。
「ぅわ‥、虹だ‥‥。」
何時ぶりだろう、そう思うよりも先にシャッターを切っていた。
そして、写真フォルダに収まる風景に、満たされる感覚がした。
ーー、何時から風景をちゃんと見えなくなったんだろう。
こうやってしみじみと風景を見たのは思い出せない位、前で。
今まで何で綺麗と思えなかったんだろう。
…いや、違う、綺麗と思いたくなかったのだ。
綺麗だと思ったら、この世界を好きになってしまうから。
好きになるのが怖かったんだ、私は
みんなにはくだらないこと、でも私にとっては大切なこと。
きっと他の人は”ずれている”私を見て笑うのだろう。
取り柄もなくて、ちゃんと笑えない私。
初めから0なんだ、マイナスにはなりたくない。
だから、笑われないように、馬鹿にされないように、ずれているのがばれないように、そっと、普通を演じていたかった。
だけど、なれなかった。
だから私は終わるという手段で逃げたかった。
自分勝手な、現実逃避。
結局は誰かに本当の自分を知られるのが怖かったのだ。
いや、知られて拒絶されるのが怖かった。
知られることで私の演じる”私”が壊れるのを恐れていたんだ。
他人を呪って、自分を肯定して、でも出来なくて、
自分の中で完結して、勝手に病んで
なんと汚らわしいのだろうか、私は
「‥はは」
力ない笑みが零れる。駄目だ、幸せになってしまう。
「わたしはこの景色に相応しくない」
そっと携帯を仕舞って、ドアを閉める。
書き終えた手紙を机の上に置いて、壁に寄りかかる貴方を見つめた。
…貴方にだけは知って欲しくなかった。
醜くて汚い、私の本性。
貴方にだけは嫌われたくなかった。
取り繕っていたかった。
でもばれてしまった。
その瞬間、私の頭の中はまっしろになって。
それでわたしは思わずーー。
隣に座って、紅く染まってしまった貴方を優しくなぞる。
ひんやりとした感覚に、ぞく、とあの時と同じ目眩のようなものを感じた。
あー、やっぱりこれは
「恋、なんだよなぁ‥」
私は静かに微笑むと、椅子を伝って机に上る。
前から設置しておいたロープをそっと握って最期に貴方を目に焼き付ける。
「…一人で待たせてごめんね、今行くから」
足が離れていく感覚。
首がひどく締め付けられる痛み。
「は‥ぁう”っぁ”」
視界がぼやける。
終われ‥!
終われ!
早く終われ!
おわれ!
おわれ!
はやくっ‥
「ぁ…ぅ”」
神様は残酷だ。
愚かにも愛してしまった私への罰を受け入れてくれない。
こんなものじゃ、だめ、
わたしの罪と苦しみが、見合わない
つらくて、苦しくて仕方ない
「げほっ…げほっ‥ぐぁ‥っ」
それとも神様、これもわたしへの罰だって言うの?
「ひゅ…ぁ……っ……、…、……」
揺れ動く視界の中で、寄りかかる貴方がわらう。
夢、なのかもしれない。
最期の最後の、夢。
苦しい、はず、なのに
さっきまで感じていた痛みが、溶けて、
涙にぬれた口角が上がる
ねぇ、神様、最後ぐらい、あの人に抱きしめてもらいたいな。‥駄目かな。
ぎゅ、と目をつぶったのと同時に爽やかな風が吹き抜ける。
体を包み込む、ひとの体温。
大好きな、匂い。
わたしの人生はずっとバッドエンドだと思ってた。
でも違った、
貴方がいたから。
「…ありがとう」
そして
「やっと会えた」
ぎゅ、と抱きしめる。
「…わたし、幸せになってもいいかな」
彼はふわりと笑ってーーー。
『 貴方へ
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最後にこれだけは言わせてください、わたし、貴方のことが大好き。 』
曲パロの香り添え、黒歴史です