異世界危機一発勘違い譚
「ベッドでね。『子ども』を作ってたんだ」
この一言が、騒動の始まりだった。
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これは星歴1242年のお話。
とある街の屋敷。自室でベッドに寝そべりながら何やら工作をしている女性が居た。
「うーん、中々上手くいかないなぁ……」
レム・リゼット。現在48歳。
大陸の北東に位置する王国の王女であった彼女は何やかんやあって国を出奔。
そして何やかんやあって恋に落ち、王族としての名を捨て一夫多妻家庭の3番目の妻となった。
かつては冒険者をしていたが何やかんやあって今は引退。
何やかんやとは実に便利な言葉である。
彼女の夫は異世界からの転生者である。
彼から『異世界の文化』について聞くのがちょっとした楽しみだったがある日閃いた。
彼女はそこにビジネスチャンスを見出したのだ。
様々なサービス、商品を開発し人々の生活レベル向上に寄与した。
例えば魔法技術を応用し『洗濯スフィア』なるものを作り出した。
そして、更に多くの家庭が恩恵をあずかることが出来る様に、と『コインランドリー』の様なサービスも開始した。
こうして彼女が作った『リーゼ商会』はいつしか大陸有数の商会に発展していたのだ。
現在、彼女は新しくある分野に着目をしていた。
それは玩具だ。子ども用の玩具に商機を見出した彼女は夫から様々な玩具について聞きだした。
そして当初の目的からは少し外れているがある商品に目をつけた。
たる上の入れ物に人形を入れ小さな穴に剣を突っ込んでいくというゲーム。
シンプルだが皆でワイワイ楽しめるものだ。
親子で楽しむのは勿論、近年流行っている『合コン』などのパーティーでも使えるかもしれない。
というわけで早速彼女は部屋に籠って試作品を作ってみることにした。
まずは自分が試作品を作ってみて部下たちにプレゼンするのが彼女のスタイルだ。
とりあえず聞いたままだと捻りも無いので人形は海賊から子どもにして、『子どもを助ける』スタイルにしてみよう。
試行錯誤を繰り返しているが中々難しい。
緻密な作業をベッド上で行っているのもいけないのだろう。
救出する子どもの人形を作っている内に段々と肩が凝ってきた。
最近、年齢を感じてしまうが子どもが20歳を超えているのだし仕方の無い事だとも思っていた。
いったん手を止め階下で休憩することにした。
暖かい飲み物を淹れていると……
「よぉ、おふくろ。何だか疲れてるみたいだけど大丈夫か?」
「ああ、ホマレ。うん、ちょっと疲れてるかな」
話しかけてきたのは長男。
自分が産んだ二人の内、弟にあたる子だ。
3人いる妻達はそれぞれ二人ずつ子どもがおり、彼女が産んだのは三女と長男である。
「一体どうしたっていうんだ?調子でも悪いとか」
母親想いで優しい自慢の息子だ。
重度のシスコンで無ければ言うことが無いのだが……
「うん、ベッドでね。『子ども』を作ってたんだ」
疲れが溜まっていたリゼットは色々と大事な説明部分を『うっかり』すっ飛ばしていた。
「なっ!?」
母からされた突然の告白に長男は戦慄した。
見た目はまだまだ若いが母はもうすぐ50代に突入しようとしている。
妊娠が不可能なわけでは無いが出産するとなれば高齢出産となりリスクは高い。
尚且つ、この世界の医療レベルでは何かあった時に対処しきれない恐れもある。
それなのに子作りをしているというのだ。
「えっと、おふくろ……その、えっと……」
非常にセンシティブな話題だ。
言葉に気をつけなくてはいけないと長男は細心の注意を払う。
「だけど中々上手くいかなかったよ」
「だろうね!!」
細心の注意が死んだ。
思わずツッコミを入れてしまったではないか。
そもそも真昼間から何をしているのだと言いたかった。
「やっぱり君もそう思うんだ。うん、そういうことはきちんと机の上でするべきだったって反省してる。でもつい癖でさ」
長男は絶句した。
母にそんな性癖があったとは思いもしなかった。
というか出来る事なら母親の性癖など知りたくなかった。
いや、もしかしたら父親の性癖かもしれない。
母親は割と流される所があるのでそういう事にしておこう。
(あのエロ親父、おふくろに何をさせてるんだよ!!)
当然、これは勘違いなのだが長男はあまりの衝撃にその可能性に気づけていない。
「やっぱりみんなに手伝ってもらうべきかもしれないね」
「みんなにだって!?」
「そう。例えば……君とかにさ」
親の子作りを手伝う息子。
かなり危ない絵面では無いか。
(いやいや、倫理的にどうなんだよそれは!?)
「棒がね。中々穴に入らなくて」
勿論、サンプルの話である。
「止めろ!そんな話聞きたくねぇ!!」
何が悲しくて親のセンシティブな営みの失敗談について聞かされなくてはならないのか。ましてや、自分の母親から。
長男はマザコンというわけでは無いが母親に対してはある種の神聖さを抱いている。
こういうのは酒に酔った父親がうっかりぽろっと漏らして母親に怒られるとかそういうものでは無いのか?
「うぇっ!?急に叫んでどうしたんだよ?まさか君、今頃になって反抗期?お母さんはちょっと悲しいよ……」
「いや、その、悪い……」
長男は一度呼吸を整え思考した。
父親は現在55歳。それは書類上の話で何やかんやある人なので実年齢を突き詰めれば70歳くらいにはなっている可能性がある。
つまり、上手くいかなかったとはそういう事だったのだろう。
(そうか、衰えたんだな、親父……)
同じ男性としてその時、父がどんな思いだったかを考えると胸が詰まりそうになる。
まあ、勘違いなので実際にそんな事象は全く起きてないのだが……
長男は更に思考した。
母は何故急にこんな行動をとり始めたのか。
幾ら流されやすい母とはいえ、同意のうえで事に及んだはずだ。
思うに最近、三女が結婚して家を出た事が原因では無いだろうか。
娘の幸せを喜ぶと同時に寂しさもあるのだ。
しかも遠方に嫁いだので孫が出来たとしても会える機会は少なめとなると心にぽっかりと穴が開いて埋まらないのかもしれない。
それでこんな突拍子も無い事を思いついたのではないだろうか。
「うーん、男の子と女の子、どっちがいいだろうなぁ」
母が言っているのは飛び出すことになる子どもの人形についてだ。
だが長男はこれを聞き新たな弟や妹について妄想を広げる。
重度のシスコンである彼にとって歳が大分離れた新たな妹というのは……非常に魅力的だ。
幼い妹から『将来はお兄様と結婚するだもん』とか言われようものなら悶絶しそのまま失神できる自信がある。
では弟だとどうだろう。
シスコンである彼にとってはあまり魅力を感じない存在……とも言い切れなかった。
前世では弟というのは自分を蔑んでくる存在だった。それは家庭環境も関係していただろう。
だが転生したこの家で育ったなら理想的な兄弟となれるのではないだろうか。
自分の背中に憧れ追いかけてくる弟。時には突き放し、それでも実は影ながら見守る。
そして時には支え合い汗を流すのもいいかもしれない。
(くっ、どちらも甲乙つけ難い魅力だぜ)
「うーん。ここは大変だけど敢えて両方作るのも有りかもしれないよね」
「ま、マジかよ!!」
長男は母親の貪欲さに尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
勿論、ただの勘違いである。
□
「なぁ、親父。そのさ、良かったらこれ、使ってくれ」
後日、長男は父親に精力剤を贈った。
「ホマレ、お前……え……これ?」
「わかってる。親父、頑張ってくれよ」
全くわかっていないのだが長男はエールを送りその場を立ち去った。
後に残された父親は精力剤のビンを手に戦慄した。
(まさかあいつ、俺に弟か妹を作れというのか!?嘘だろ!?歳を考えろ!むしろお前達が子ども作って俺達に孫の顔見せてくれる番だろ!?)
そして、精力剤のビンを握りしめている夫を見た妻もまた戦慄していた。
(嘘、まさかこの歳になってまた子作りを計画!?いやいや、確かにボクが一番若いけど流石にちょっと……いや、でもどうしてもって言うのなら……ハッ、この人の事だから平等にって他の2人も巻き込んでまたひとりずつ子どもを作る気とか!?アンジェラは49歳だしメイシーは51歳だよ!?や、やっぱりボクが頑張る必要がある!?)
この勘違いが解けるまでおよそ1週間ほどかかる事になる。
その間、この親子は悶々とする日々をおくる事になるのだった。