流れ星の君に
君は……決してむだなんかじゃないんだよ。
「流れ星って……なんの意味があるの?」
月の明かりで、かすかに見える白い息を出しながら、ルミエールは言いました。
ここは名もない丘の上。ふたりの男の子、ルミエールとリアンは、足首までふりつもった雪をふみつけながら、暗い夜道を通ってこの丘の上にやってきました。
今夜は、ふたご座流星群が見られる日。ふたりは、町の明かりが見えない、星に少しだけ近いこの場所に、流れ星を見にきました。
「あ、流れ星だよ! ねがいごとしなくちゃ」
リアンは、いつも明るい顔をした少年です。学校でも人気者で、友だちがたくさんいます。リアンは手を組んで、流れ星にねがいごとをしました。
「ねえルミエール、君はなにかねがいごとをしたのかい?」
「ぼくは……もうねがうことなんかないよ」
ルミエールは、いつも悲しげな顔をした少年です。学校ではいつもひとりで本を読んでいて、だれとも遊びませんでした。
そんなルミエールが、たったひとり心を開いている友だちがリアンです。
「そうなんだ……でもだいじょうぶ! ぼくがルミエールの分までねがいごとをしておいたから」
リアンとルミエールのふたりは、おさななじみです。ふたりは、小さいときからいつもいっしょです。
「ありがとうリアン。でも、せっかくのねがいごと……むだになっちゃうよ」
ルミエールは、暗くてきれいな星空をながめながら、こう言いました。
「ぼく……死んじゃうんだ」
「うん、知ってる……ママから聞いたよ」
リアンはおどろきもせず、悲しみもせず言いました。
ルミエールは、とても悪い病気にかかっていたのです。お医者さまから、「あと半年の命」と言われていました。さいきんは学校に行くこともできなくなり、ずっと病院にいました。
今夜はリアンにさそわれて、こっそり病院をぬけ出し、近くの丘の上に流れ星を見にきたのです。
リアンは、ルミエールがもうすぐ死んでしまうことを、お父さんお母さんから聞かされていました。なかのいいルミエールと、いつまでもいっしょにいられないことを知っていました。
「ねえ、リアン……」
月の明かりにてらされたルミエールが、リアンの方を向いて
「流れ星って……なんの意味があるの?」
白い息を弱弱しく出しながら、そう言いました。
「え? なんでそう思うの?」
リアンは、ルミエールがなぜそんなことを言ったのか、ふしぎに思いました。
「だって……他の星は、何十年も何百年も、ずっとかがやきつづけているというのに、流れ星は、たった数秒で消えてしまうんだよ。こうしてぼくが、リアンと見つめ合っているときに流れ星が出てきても、だれにも見られることなく消えてしまうんだよ! じゃあなんで流れ星ってあるの?」
「……」
リアンは、ルミエールの問いかけに何も答えませんでした。ルミエールは話しつづけました。
「ぼく、十一才で死んでしまうんだよ! じゃあ、なんでぼくはここにいるの? 学校で勉強したって全て頭から消えてしまうんだよ! 本を読んでも……。大人にもなれない、けっこんもできない、お父さんにも、おじいちゃんにもなれない……じゃあ、ぼくはなんで生まれてきたの? ぼくが生きているのは、全くのむだじゃないか! 意味がないじゃないか!」
ルミエールは、しくしくと泣き出してしまいました。
リアンはしばらく考えてから、こう言いました。
「流れ星は……むだじゃないよ」
「そんなことないよ! だって、たった今見えた流れ星に、ぼくたちはねがいごとをしなかったじゃないか! ねがいごとをされない流れ星は、むだなんだよ!」
「ぼくたちだけじゃないよ!」
「え?」
「たしかに今の流れ星は、ぼくたちがねがいごとをしないで消えていったよ。でも世界中のどこかで、あの流れ星にねがいごとをした人は、ぜったいにいるはず。だから、あの流れ星は意味があったんだよ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ、これだけ世界は広いんだから、どんなに小さな流れ星だって、ねがいごとをしている人は、かならずいるはずだよ! だから……」
リアンはルミエールの手を、手ぶくろの上からにぎると、さらに言いました。
「ルミエール、君が生まれてきたのは、決してむだじゃないよ! 君のママやパパは、君と出会えて幸せだったと思っているし、ぼくもルミエールと、友だちになれて幸せだったよ」
ルミエールとリアンは、いつもいっしょでした。いっしょに遊んで、いっしょに本を読んで、ときにはけんかをして、なかなおりして、いっしょにわらい合ってきました。
「ありがとうリアン、ぼくもリアンと友だちでいられたことが幸せだったよ」
ふたりはしばらくの間、おたがいの手をにぎり合っていました。すると、
「実はね、ルミエール……君にどうしても言わなきゃいけないことがあるんだ」
リアンは少し悲しい顔をして言いました。
「ぼく、来月になったら遠い所に引っこすんだ」
「え?」
ルミエールはおどろいた顔をした後、ふたたび悲しい顔をしました。
「でもだいじょうぶルミエール、はなればなれになっても、ぼくは君のことを決してわすれないよ。ぼくはこれからもずっと流れ星にありがとうを言って、それからねがいごとをするんだ! ルミエールと出会えさせてくれてありがとう、これからもずうっとルミエールのことをわすれませんようにって……やくそくするよ!」
「ぼくも……リアンのことはわすれないよ、はなればなれになっても、お星さまになっても君のことはわすれないよ! やくそくするよ」
ルミエールもリアンにそう言いました。でも、心の中では
(本当なのかな? リアンはぼくとはなればなれになったら、ぼくのことなんかすぐにわすれてしまうんじゃないのか?)
と考えていました。
でもルミエールは、それでもいいと思いました。なぜなら、リアンはこれから新しい場所で、友だちをいっぱい作るだろう。いつまでも自分のことを思い出していたら、友だちが作れなくなる……そう考えたからです。
(ぼくはすぐ死ぬんだ。だからリアンは、ぼくのことをわすれた方がいいんだ)
ルミエールは、やくそくするつもりなど、はじめからありませんでした。半年後に死ぬから、どうせ守れないと思ったからです。
「ねえルミエール、次の流れ星が出てきたら、いっしょにおねがいしようよ」
「うん」
ふたりはしばらく星空を見上げていました。そして、
「あっ! 流れ星だ!」
ふたりは、いっしょにねがいごとをした後、手をつないで帰っていきました。
※※※※※※※
一か月後、リアンは家族とともに、遠い町に引っこしていきました。ルミエールに、おわかれのあいさつをしようとしましたが、病気のじょうたいが悪いということで、会うことができませんでした。
ルミエールは、リアンたちを乗せた車が去っていくのを病室のまどからこっそり見ていました。
「さよなら……リアン」
その後、リアンから何度か手紙がとどきましたが、ルミエールは返事を書きませんでした。
一年後の冬の夜、ルミエールは、お父さんとお母さんに見守られながら、十二才で死んでしまいました。
お医者さまは、「あと半年の命」と言っていましたが、ルミエールは、一年もがんばって生きていました。その小さな手には、リアンからもらった手紙がにぎりしめられていました。
すると、ルミエールの「たましい」が死んだ体から、すうっとぬけ出しました。
(お母さん、お父さん、いままでありがとう)
ふわふわとただよう「たましい」になったルミエールは、死んでしまった体の前で泣いている、お父さんとお母さんにお礼を言うと、そのまま病院の屋根をすりぬけ、星空に向かってぐんぐんと上っていきました。
ぐんぐんぐんぐん……ぐんぐんぐんぐん……
気がつけば、この町から見える一番高い山をこえていました。さらにルミエールは、お月さまを少しだけかくしていた雲をつきぬけ、もっともっと高いところまで上っていきました。
(ええっ、どこまで行くんだろう?)
ルミエールは少し心配になりました。ルミエールは空よりも高い「宇宙」にまで上ってしまったからです。ルミエールは、丸い形をした地球を見ていました。
(きれいだなぁ、でも……)
と、ルミエールが思ったとき、急に
〝ビュッ〟
ものすごい速さで、ルミエールは地上に向かって落ちていきました。道路を走る車よりも、大空をとぶハヤブサよりも速いスピードです。
ビューンと落ちていくルミエールは、やがて少しずつ、金色の光につつまれていきました。そう、これは「たましい」になったルミエールから放たれた光だったのです。
光を放ち、ものすごい速さで落ちていくルミエールは、
(ああ、こうやってぼくは消えていくんだな……だれにも気づかれずに)
そう思っていました。
でも、そんなルミエールの前に、しんじられないような人びとのすがたが、目に入ってきました。
世界中の人たちが、ルミエールに向かってねがいごとをしていたのです。もちろん、世界中の全ての人ではありません。このとき、たまたま空を見上げていた人だけです。それでも、数えきれないほどの人たちでした。
人びとはみな、思い思いにねがいごとをしていました。
ある人は、自分の幸せのため、またある人は、大すきな家族のため……友だちのため、恋人のため、世界中のみんなのため……
ルミエールに向かってねがいごとをしていました。このとき、ルミエールは気づいたのです。
(そうか、ぼくは流れ星になったんだ)
流れ星になったルミエールは、自分が決してむだではなかった……ということを知りました。世界中のほんのわずかな人たちが、長い年月のほんの数秒だけの時間でしたが、流れ星になったルミエールを見て幸せな気分になりました。ルミエールは、そんな人たちの幸せそうな顔を見て、とてもうれしくなりました。そして、
流れ星になったルミエールが、地上にぶつかろうとしていたそのとき……
「あっ!」
ルミエールは見つけました……
知らない場所の、知らない家のベランダで……
自分に向かって、ねがいごとをしている少年を!
……リアンでした。
リアンは、流れ星になったルミエールに向かって、こう言いました。
「流れ星さん、ぼくにルミエールという友だちを会わせてくれてありがとう。そして、ぼくがルミエールのことを、ずっとずっと友だちとして、わすれないでいられますように」
その言葉を聞いたルミエールは、なみだを流しました。
(リアン、ぼくも君のことはずっとわすれないよ。ありがとう!)
ぼくは……
――生きている意味があったんだね。
地上にぶつかった流れ星、つまりルミエールの「たましい」は、はじけて消えてしまいました。でも、
ルミエールの「想い」だけは、いつまでも消えずにのこっていました。
さいごまで読んでくれてありがとうございました。