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常世のわだつみ

作者: なと

夢小径。また、会えますか?

そう云ったまま、還らなかった恩師。

そこの神社でお祈りをしました。

地蔵が怖いと言っていた恩師から借りた時代小説は、人斬りの本でした。

難しくて怖ろしい内容に、今でも、肉の斬れる音がしそうです。

————は、と汗。

表で、鴉がぎゃあぎゃあ騒いでいる。



九想図の曼殊沙華。死者の極楽。

首を括った平家の落ち武者の、埋蔵金の眠る蔵。

金魂の小判。

花火のあった夜、蔵の中で、

盧舎那仏の眼にはめ込まれている硝子玉を見つけてしまったのです。

抹香臭いそれは、小さな小鬼のように、

嗤いながら僕の寿命の日時をしゃべるものだから、

金槌で、砕いてしまった。



末香の香りが好きだ。根の國の香り。黄泉路を彷徨う、生き魑魅。

魔魅に取り憑かれたお坊様が、彼岸花を集めて硫酸銅を含んだ黒染液を作る外法の荒魂流。

お地蔵様の周りを鳥兜の華が。

殯宮に咲き乱れる曼殊沙華。

あの世の極楽。悪徳の灯り。

双子のアンドロギュヌス。水子の供養。水頭症の大きな頭。夢。



常世のわだつみを想いながら、心太を喰う。

坊主が上手に屏風に絵を描く。

線香の香りのする経机の引き出しから、

こっそり悪徳についての巻物を盗み読むのだ。

外法師。

御魂師は、いつもあの部屋で人の魂と語り合う。

遠いわだつみ。潮騒。さざ波のワルツ。

魂の呼び声。抽斗の中の悪い本は、忘れるからね。



颱風雨は風景を灰色に。

宙を泳ぐ金魚が、明後日の方角から、

凶日来る、と言って、泡沫の水泡を吐く。

鬼を殺す夢を見て、白昼夢から目が覚めたら、

阿修羅像が逆さになって、目が真っ赤なのが、天井からぶら下がっていた。

祖母が、仏壇から動かない。

南無南無と忌まわしい物が来ないように、唱えている。



家のボンボン時計は、午後四時になると、奇妙な音を発する。

コンコン、ともキンキンとも、得も言われぬ小金の音。

壊れたのかな。その時間に、決まって豆腐屋が家の前を通る。

試しに、豆腐を買って見て、その時間に、祖母の墓前に供えてみた。

…それ以来、家のボンボン時計は、妙な音を立てなくなった。



隣の部屋から、三味線の音色が、聞こえてくる。

詩吟の先生が、住んでいるそうな。

しかし、おかしな話。先生は、一週間前に、脳溢血で亡くなっているとのこと。

おそるおそる隣の部屋を覗くと、鍵はかかっておらず、部屋の中に、一面に紅葉が散らばっていた。

黄泉路より来る。それにしても、風流な怪談。


信号機が瞬いている、ちかちかと、深夜の赤い点灯。

緑色のランプを持って近くを散歩していると、

逃げ出した青の信号機の「歩く人」が、

緑色のランプの液晶体にひょいと入り込んで逃げ込んできた。

なんでも、紅い信号機に、殺されそうになったそうな。赤信号は、人殺し。


あの工場裏で、殺した男の死骸は、まだ見つかっていない。

汚い汚水と煙。友達と二人で約束した、海への切符は、鞄の底にこびりついている。

なぜ、殺したのだろう。ただ、死体が見たかったのだ。————獣よ、呼吸をせよ。


通りゃんせ、通りゃんせ。呪い唄を唄ったあの子は、母親と共に街から雲隠れ。

神隠しに逢ったのだ、と聞きながらも、どこか別の場所で、夜逃げだと、と、聞かされた。

綺麗なおべべを着せて貰いに行くんだ、と恥ずかしそうに云っていたっけ。

数年後、その子は遠い街で亡くなったと。一家心中だそうだ。




空が青くて、鴉や小鳥が鳴いている。

ただただ切なくて涙が出る。季節はいつだってそうだ。

僕らの心を揺さぶって、遠い過去の追憶を思い起こさせる。

涼し気な秋風は頬を撫でて、思い出の揺り篭に、追憶の赤子を眠らせたまま。

開かずの扉は、開かない。籠の中の鳥は、紅いまま。

夢のまにまに。



秋の揺り籠の中で、御眠りなさい。

薬缶の鈍色。水道水の苦み、錆び鉄の味。

なぜか、陽炎に焼けた夏の道を思い出す。打ち水。かき氷。

カキ氷屋さんのメニューの中に、

血みどろ味のかき氷というのがあって、気になって食べて見たら、

苺味…いや、これは苺なのか?錆の味。


秘密の秋、追憶の夏。

昼間から、黄金色の太陽の光は、田畑をキツネ色に染め上げてゆく。




秋だなあ…まだ蝉は鳴いている。

季節外れの唄声。

秘密の夏への道しるべ。

追憶の夏の呼び声…

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