路地裏の探しもの
ここはある路地裏。
そこには町の浮浪者や泥酔した仕事帰りの労働者が倒れ込んでいる。
地べたは冷たく、当たり一面にゴミが散乱していた。
そんな道には一人や二人、犯罪者が潜む。
「ここにあの方がいらっしゃるはず……」
そこにはそぐわない者が訪れていた。
浮浪者は馬鹿が来たと嗤い、路地の入り口にいた者は引き留めようとした。
しかし、彼女を止められる者は現れなかった。
彼女はある人を探していた。
あの方には腕に小さな十字架の刺青がある。
彼女は己の命よりも大切にしていた、そのお方を。
彼女は奥へ奥へと進む。
段々、明かりがある場所が遠ざかる。
路地は狭く、視界も狭く、そこに何があるのか判別がつかなくなる。
「いない……ここもか……」
彼女は落胆していた。
こんな場所にいる者は屑しかいないのだが、果たして誰を探しているのか。
「へっへっへ……お嬢さん。こんな夜更けに何しに来たのかね?」
彼女の道を阻むように現れた男は真っ黒な装いに、真っ白なホコリを纏い、誰が見ても汚れているとわかる姿をしていた。
「私はあるお方を探してここに来た。だが、あなたには関係ないこと」
男を押し退け、道を無理矢理通った。
しかし、男は彼女を通そうとしなかった。
男は下品な表情で彼女の腕を掴んだ。
「待てよ、ここを通るにはそれなりの……」
言い切る前に、彼女の腕を握る手は力を失った。
「ぐっ……ぐわぁっ、いたい、いたっ……おま、お前ぇええ!」
男の腕の先から出た染料が路地を赤く染め上げた。
ポタリポタリ落ちる剣先から滴る染料を、再び振り抜いて散らした。
「私はあなたのような屑に触られていいものではない。この腕は駄賃として頂こう」
彼女は男の腕を汚物のように扱い、剣で突き刺して運んだ。
「ふざ、ふざけるな!赦せねぇ……ユル、サナイ」
腕を押さえた男は彼女を睨み付けた。
「赦さなくてもいい。あなたに赦しを求めていないから……だから、静かにして」
彼女の後ろで身体をボコボコと突起させながら奇形していく。
路地を造り出す建物を破壊し、星空から出でる月明かりが路地を照らした。
真っ暗で見えなかった二人の姿が明白となった。
男は赤黒い筋肉を隆起させ、血走った眼で彼女を見つめ、大きな爪を彼女に狙いをつけていた。
一方、彼女は薄汚れた灰色のローブに包まれ、男か女か判断できない。
だが、声からして女と判断した男は下品な顔をやめることはなかった。
「ユルザナイッ!」
男が振り下ろした爪を、彼女は半歩動いて避けた。
「静かにして、あなたのすることに意味はないわ」
爪が当たらない。
何度繰り返しても。
彼女はこちらをまっすぐ見ることもせずに。
「そんなことにしか使わないなら……いらないわね。その腕も、もらうわ」
爪が彼女に当たる。
男はそう確信した瞬間、醜い顔がさらに歪んだ。
しかし、男の勘違いだった。
なぜなら、感覚がなかったからだ。
当たった感覚だけでなく、腕の感覚もなかった。
「ナイ……?」
「そう、ないわ。あなたには腕がない。二つとも貰ったわ」
男は後ろから聞こえた声に怯えた。
今さら遅い。
すでに終わったことだ。
自ら進んで失くしてしまった腕だ。
「あなたがいけないの。私の邪魔をするから」
彼女は腕を運び、男が見えなくなったところで、両腕を棄てた。
「汚らわしい……こんなものいるわけないでしょ……」
再び彼女は歩き出す。
深い闇へと。
あの人を探しに。
打ち捨てられた腕には小さな十字架があった。
だが、彼女はそれに気付くことはなかった。
たとえ気付けたとしても、彼女はこう言うはずだ。
「こんな汚らわしい人が、あの方のわけがない」と。