15才差の恋
今年で25才。現在独身で、彼氏無し。
付き合った経験はあるけど、すぐに別れてしまった。
理由は彼に『包容力』が無いこと。
私は彼に甘えたいのに、彼は私が思ったより子供だった。
合コンとかにも行ったけど、やっぱりみんな子供っぽい。
私の職業は高校教師。化学を担当している。
この職業じゃ出会いなんて期待出来ず、私は一生独身を覚悟した。
しかし、私はここで恋をした。
「『倉田』先生! おはようございます!」
物理担当の倉田先生。
ボサボサ頭で目の下にクマがあり、いつもコーヒーばかり飲んでいる。
今日もカッコいいなあ……倉田先生。
彼は今年で40才。
いつも気だるそうにしているけど、それは単純に疲れているだけで、生徒や年下の教師の面倒見がいい。
そんなところが素敵。
「おはようございます『桃瀬』先生。そんなに大きな声で挨拶しなくても、私のお耳はまだ健在ですよ」
「朝は元気が命ですよ!」
「本当に元気ですね。半分くらい分けてほしいですよ」
「分かりました! 元気よ、飛んでけ~」
「……アホが移りそうなんで止めてください」
「感染しませんよ!」
放課後。それぞれ部活動やら補習やら色々の準備取り掛かる。
誘うならこのタイミング。
「倉田先生! 今週末、空いてますか?」
「釣りに出かけます」
「私もご一緒していいですか?」
「またですか? 若い女性が釣りをしても退屈だと思いますがねえ」
「そんなことないですよ。倉田先生とお話したいですし」
「こんなおじさんと過ごすより、若い男性と過ごされた方がよろしいのでは? ほら、国語の新谷先生とか」
「別に休日会いたいほどの相手じゃないです! 倉田先生だからいいんです!」
「やれやれ、困った人ですねえ……」
「ダメ、でしょうか……?」
「別に構いませんよ、勝手についてくるのは」
「やった! じゃあ日曜の朝に迎えに行きますね!」
「いや、別に迎えに来なくても……」
「約束ですよ、それでは!」
今週末も倉田先生とデート!
今度こそ倉田先生のハートを鷲掴みにする!
頑張れ、私!
✳︎✳︎✳︎
「全く……本当に子供っぽい人ですねえ」
外見も相応しく子供っぽい。
童顔でそれなりに美人だから、男子生徒に人気があったりする。
桃瀬先生はいつも私に付きまとって来る。
私自身、別に嫌な訳じゃないのだが、明らかに恋愛感情を持っているのが問題だ。
彼女の行く末が心配になる。
「モテモテですね、倉田先生」
ぽっちゃりの丸井先生がニコニコしながら話しかけて来た。
「丸井先生、からかわないでくださいよ……」
「はっはっはっ、倉田先生も結婚とか考えたらどうです? いいですよ~子供を持つのは!」
「私はガラじゃないんですよ……それにもう歳ですしね」
「桃瀬先生なら気にしなそうですけどね」
「一時の気の迷いですよ、アレは。15才差ですよ? 事案発生ですよ」
「まあ確かに、世間の風当たりはキツいでしょうね。でも、倉田先生も満更でもないんじゃないですか?」
「いい加減にしてください。大量にドーナツを差し入れて糖尿病にさせますよ」
「はっはっはっ、相変わらず倉田先生の冗談は面白いですね! それじゃ、私はこれで」
「夜道は背中に気を付けることですねえ」
やれやれ、全く……。
桃瀬先生はまだ若い。
年の差の壁を軽視しているのだ。
どこかでハッキリと言わなければ分からないのかもしれない。
私はあなたとは付き合えないと……。
✳︎✳︎✳︎
「倉田先生、おはようございます!」
「相変わらずうるさいですねえ、私はまだ難聴じゃないですよ」
「倉田先生に会えて嬉しいんですよ!」
「そうですか、じゃあ満足して帰りなさい」
「ダメです! 今日は釣りに行く約束じゃないですか!」
「はいはい、分かってますよ。でも、向こうでは静かにして下さいね」
「それくらいは弁えますよ」
「そうですか」
倉田先生の車でいつもの釣り堀に来る。
人はいるけど、いつも通り静かな釣り堀。
時々倉田先生に話題を振りながら釣りをする。
静かで穏やかな時間。
私はこの時間が好き。
倉田先生と一緒の時間。
「釣り、上手くなりましたねえ」
「本当ですか?」
「私は宗教勧誘かフリーダイヤル以外には嘘をつきませんよ。」
「倉田先生に褒められると、嬉しいです!」
「そうですか、偉いでちゅね~」
「そこまで子供じゃありません!」
「ムキになると余計、子供っぽいですよ」
「も~、倉田先生は……」
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
車で倉田先生の家の前まで来る。
明日からはまた仕事か……。
でも、倉田先生に会えるからいいか!
来週も来れるかな……。
「倉田先生、今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。退屈しないで済みましたよ」
「あの……来週もまた行きませんか?」
「……」
予想外の反応だった。
いつも文句を言いつつも了承してくれるのに。
何も言ってくれない。
不安になる。
「倉田先生?」
「桃瀬先生と一緒に出かけるのは別に構いませんよ」
良かった。嫌われたのかと思った。
「じゃあ……」
「ですが、桃瀬先生。私とあなたは、ただの仕事仲間です。それ以上の関係にはなれません」
「え……」
「それでも、いいんですか?」
「そんな、だって、私……」
「……私は最低ですね。女性を泣かせてしまうとは」
「倉田先生、私は本気なんです!!」
「15才差ですよ。本当に分かっていますか?」
「年の差なんて関係無いです!!」
私は倉田先生が好き。
年上だからとか、関係ない。
倉田先生だから、好き。
「重要なことですよ、年の差は。私はあなたより先に退職しますし、あなたより先に死にます」
そんなこと、分かってる。
「例えば結婚することになるとして、両親や周りは当然白い目で見るでしょうし、私も歳ですから、子供も作れないかもしれません」
それも、分かってる……!
「仕事や友人関係に影響が出るかもしれません」
それも、何もかも、私は全部覚悟している。
でも……。
「倉田先生は、私と恋人になるのは嫌ですか?」
「そうですね……はっきり言うと、迷惑です」
「……分かりました。私、もう帰りますね」
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走って行ってしまった。
彼女は、泣いていた。
やれやれ、本当に私は最低だ。
彼女に嘘をついた。
だが、これは必要な嘘だ。
そう、自分に言い聞かせた。
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今朝は倉田先生とは挨拶しなかった。
昨日あんなことがあったから、さすがに行けない。
それに倉田先生と会ったところで、もはや辛いだけだ。
とにかく仕事に集中しよう。
そうすれば、この失恋を忘れられるかもしれない。
……まあ、それが出来れば苦労しないわけで。
昨日の倉田先生の言葉思い返した。
『迷惑』
倉田先生だけじゃなくて、他の人もそう思っていたのかな。
昔付き合った彼や、合コンで出会った人達。
考えてみればそうだ。私自身の欲ばかり考えていた。
倉田先生の気持ちを考えてなかった。
私自身の気持ちばかり優先していた。
私はずっと倉田先生を振り回していた。
休日に私と過ごすのも、私に気を使ってのことだったのかもしれない。
ずっと迷惑だったんだ。私といるのは。
分かってしまった。
私は倉田先生とは一緒になれないってこと。
だけど、このままは良くない。
ちゃんと謝らなきゃ。
✳︎✳︎✳︎
今朝から授業が終わった放課後の今まで、桃瀬先生のことが気がかりだった。
これで本当に良かったのだろうか……。
今朝、桃瀬先生はものすごく落ち込んでいた。
私は、彼女に嘘をついた。
本当は私自身、彼女に惹かれつつあるのだ。
だからと言って、このまま付き合ったらお互いに不幸になってしまうだろう。
彼女は私との交際を甘く見ているからだ。
しかし、それは何故?
桃瀬先生がまだ若いから?
考えてみれば、何だその理由は。
若いからなんだと言うのだ。
彼女だってもう大人なのだ。
私のことを真剣に見てくれているのは分かっているはずじゃないか。
分かってしまった。
私が逃げてしまったんだ。
私が恐れてしまったんだ、彼女や自分の不幸を。
子供なのは私の方だったようだ。
今後上手くやっていけるかは分からない。
だが、嘘をついたままではいられない。
彼女に本心を伝えなければ。
そして、謝らなければならない。
そう決心したはいいのだが、私は自分から話しかけるタイプではないし、何よりも気まずい。
退勤時間が迫ってくる。
いい加減言わなくては。
——言えませんでした。ごめんなさい。私はヘタレです。
そんな訳で、待ち伏せ作戦に切り替える。
なるべく早く職員室を後にし、校門前で待機していた。
やってることはまるでストーカーだ。
本当に事案が発生してしまった。
「……倉田先生?」
後ろから急に声をかけられた。
ついに目をつけられてしまったか。
「はい! ごめんなさい! 怪しい者ではないです!」
「え? え? どうしたんですか?」
「て、あれ? 桃瀬先生?」
「はい、そうです」
何だ、桃瀬先生ですか……。
……て、桃瀬先生じゃないですか!
ちょ、ま、心の準備が……。
「あの、お時間よろしいですか?」
「あ、はい。構わないですよ!」
桃瀬先生の方から話?
何を言われてしまうのだろう……。
怖い。怖いが……。
私はもう逃げない。
「私、その……倉田先生にずっと迷惑をかけてしまっていました。だから、ごめんなさい」
私が昨日あんな事を言ってしまったからか。
「倉田先生の気持ちも考えずに、付きまとってしまいました。自分勝手な事ばかりして本当にごめんなさい」
彼女の声は震えていた。
そんな事を考えさせてしまっていたのか。
私の嘘の罪は思ったより重いようだ。
「そんなことないですよ。あなたは私の事を本気で考えてくれたじゃないですか。自分勝手なのは私の方です。あなたの気持ちから目を背けてしまった」
「倉田先生が嫌なら、仕方ないですよ……」
「いえ、そうじゃありません。私は嘘をついてしまいました」
「それって……」
「あなたが近くで騒いでいてくれないと退屈で仕方がありません。だから、私にはあなたが必要なんですよ」
「倉田先生……」
「申し訳ございません。私が臆病なばかりに辛い思いをさせてしまいました」
「じゃ、じゃあ私達……!」
「勘違いしないでくださいね。『仕事仲間以上の関係になれない』というのを撤回するだけです。恋人というのはまだ気が早いですよ」
「そんなあ……私の何が足りないんですか?」
「大人の色気ですかね」
「も~! 私だって大人ですよ!」
「もうすこし頑張りましょう」
「うう~、もう少し早く生まれてくればよかったです……」
私も、もっと遅く生まれてくれよかったのかもしれない。
それなら、あなたに素直に恋を出来たのかもしれない。
桃瀬先生は私にとってはまだ子供過ぎるけれど。
私が15才年下の女性に本気で恋をしてしまうのは、そう遠くないだろう。
改善点、良かった点など感想を書いてくれると嬉しいです!