迷宮見学と鹿の潜在的不安について
部屋を出てまずはアカツキを捜した。
屋敷の扉を押し開けるとちょうど訓練を終えたのか、アカツキがこちらに歩いてくるところだった。
「なんだ、もう今日の分の鍛錬はおわっちゃったぞ」
「もう少し早く行こうと思ってたんですけど、ちょっと用事あったので」
「じゃあ、明日来てくれよな」
そう言ってアカツキは明るく笑った。
昨日と今日、訓練には付き合えなかったけど、それほど機嫌は悪くないようだ。
「今日はこれから屋敷の地下に行くんですか?」
二人一緒にホールに入りながら、試しに訊いてみる。
「そうだな、一応毎日迷宮に潜ってはいるけど、成果はいまいちなんだよな」
「わたし、ついて行ってもいいですか?」
「は?」
アカツキは呆れたような顔でこちらを見た。
「基礎の魔法を習得しないと、迷宮の課題には手を着けられないんじゃなかっのか?」
「見学だけです。課題とは関係なく、迷宮がどんなところか見るだけですから」
「そんなこと言われてもなあ」
わたしの唐突なお願いに、困った顔で頭を掻いている。
「魔法はそんなに使えませんけど、剣術でお手伝いは出来ますよ?」
「いや、お前けっこう魔法使えるだろ。つうか、見学だけって言ったじゃねーか。だいたい手伝わせるのはそもそも駄目だろう」
「でも、そういうルールはありませんよね。わたしは先生にみんなで攻略しろっていわれてますし、手伝うこと自体は問題ないと思いますけど」
「そう、なのか……?」
アカツキは眉根を寄せて難し顔をする。
わたしの言葉に混乱しているみたいだ。
「それに、わたしが見たら迷宮の魔術的な仕掛けとか、いろいろわかるかもしれません。そうなったら、アカツキさんの今後の攻略にも役立つでしょう?」
「うーん……」
もうひと押しって感じだ。
「お願いします。前もって迷宮がどんなところか見ておきたいんです。お礼にこんど家からお菓子を持ってきますから」
斜め上を見上げていたアカツキが、視線だけをこちらに向けた。
「どんなお菓子だ?」
「なんでもいいですよ? パイでもプディングでも焼き菓子でも」
「……しかたない。今日だけだからな」
いかにも不承不承といった感じでOKしてくれたけど、口元がにんまりと上がっていた。
アカツキと別れてから、昼食前にミカヅキのところに顔を出すことにした。
扉を開けると、今日もミカヅキと鹿の使い魔のロクサイが口げんかをしていた。
もっとも、ロクサイが何を言っているのか、わたしにはわからない。
「あんた、今日は屋敷に来たんだ」
ミカヅキがこちらを向いてちょっと不機嫌そうに言った。
「昨日はちょっと事情があって……」
「まあ、別にいいけど。わたしには関係ないし」
「ムイッ」
ロクサイがわたしとイナリに挨拶してくれたみたいだ。
「ロクサイ、元気そうだね」
「クルッ」
こちらが挨拶を返すと、ロクサイが鼻先を寄せてきたので、指先で軽く額を撫でてあげた。
「で、今日は何の用なの?」
「そうでした。ミカヅキさんは今日迷宮に行きますか?」
「ムイッ」
「いや、行かないから」
ミカヅキがロクサイに向かって言う。
「ムイッ」
「わたしは行くけど、ロクサイは連れて行かないよ」
どうやらロクサイも一緒に行きたがってるのを、ミカヅキが反対しているらしい。
「どうしてロクサイはお留守番なんですか?」
「迷宮の課題に向いてないからだよ」
「ムイッ」
見た感じ、ロクサイはお供したいみたいだけど。
一方、ミカヅキは口をへの字にして苦々しい顔をしている。
「魔物との戦いに向いてないんだ」
「そうなんですか。こんな立派な角があるのに」
「たしかに魔力が籠もった角は一部の魔物には脅威になる。でも、そろそろ生え替わりの時期だから」
なるほど。
わたしにもミカヅキの懸念が何かわかった。
「角が脱落するかもしれないないってことですか」
「そういうこと。いきなり戦いの中で無防備になる可能性があるのに連れて行けないよ」
「ムイッ」
「だから、駄目だって!」
そうしてまた二人が口げんかを始めそうになったので、わたしは素速く間に入った。
「だったら、わたしがついて行きましょうか?」
「はあ?」
「課題を始める前に迷宮を見学するつもりだったんです。一緒について行って、わたしがロクサイをフォローすればいいじゃないですか」
年内中にぎりぎりまにあいました。
まにあって……ますよね。
来年もよろしくおねがいします。




