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鹿を使い魔にすること

「ハンゲツさん、こんにちは」


 わたしが本から視線を上げて挨拶すると、ハンゲツがニコリと笑った。


「はい、こんにちは」

「さっき一度、声を掛けたんですけど読書に集中されてた様だったので」

「ごめんなさい。本を読んでると周りの音が聞こえ亡くなっちゃうんです……」


 ハンゲツが恥ずかしげに本で顔を隠す。


「ハンゲツさんは何の本を読んでたんですか?」

「昔の魔法使いが書いた実験の記録ですね。ほとんど失敗ばかりなんですけど、結構役に立つんです」

「なるほど。それを読んでれば同じ失敗をしなくてすみますもんね」


 わたしがそう言うと、ハンゲツは感心したように頷いた。


「その通りです。こうした先人の積み重ねが魔法の深奥へと至る道ですから」

「この図書室なんですけど、そういう魔法に関する本はどの辺に置いてあるんですか?」

「うーん、ここはあんまり整理されてませんから。わたしは大体わかりますけど、簡単にこの辺に何とは言えないんです。必要な本があったらわたしに訊いてくれれば教えられますよ」

「ほんとうですか! じゃあその時はお願いします!」


 助かった。

 流石にこの量を自分で調べるのは大変すぎる。


「ハンゲツさんはここに来て長いんですか?」

「ええ。わたしは生まれた時からここですから、今居る弟子達の中では一番古株ですね。まあ、数年前までは大人の弟子も多かったのでもっと長い人もいたんですけど、みな居なくなってしまいましたから」


 ここで生まれたってことは、両親も魔法使いなのかもしれない。

 今一緒に暮らしてないって事は、何か理由があるんだろう。

 他の魔法使いみたいに出て行ったのか、それとも死に別れたのか。

 この辺りはあまり詮索しない方が良さそうだ。


「ミカヅキさんやアカツキさんも長いんですか?」

「えっと、アカツキさんがここに来たのは三年前ですね。ミカヅキさんはずいぶん小さい頃に先生に連れられて来たんです。十年前だったかな」

「じゃあ五歳くらいか。ずいぶん小さいですね」


 妹のリンドウよりも幼い。

 その歳で魔法使いの弟子になるなんてそうとうなものだ。

 ハンゲツは懐かしそうに眼を細める。


「あの頃のミカヅキさんはかわいかったですよ。使い魔の鹿も小さくて、並んでるのを見るだけでほんわかしました」

「へえ。来たときからロクサイと一緒だったんですね」


 ロクサイの名前が出てきたので、知りたかったことを思い出した。


「そいうえば、鹿の使い魔って珍しいんですか?」

「まあ普通は使い魔に鹿は選びませんね。連れて歩くのに不便ですから」


 ここは森の中にある屋敷だから気にならなかったけど、考えてみれば街の中で鹿を連れている人は見かけない。


「なるほど。たしかにそうかも」

「それに鹿が自然と魔力を得るには時間がかかります。元々魔力が弱い生き物ですから。歳を経て力を蓄え精霊になる個体もいるようですが、使い魔には向かないと思いますよ」


 ハンゲツはあっさりとそう言った。

 前に普通だったら鹿の使い魔なんかには興味を示さないってミカヅキに言われたけど、こういうことだったんだね。

 もしかしたら、昔ここに居た弟子達の誰かにロクサイのことを馬鹿にされたりしたのかもしれない。

 ミカヅキの態度を思い出すと、なんとなくそんな感じがする。

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