入門試験と使い魔の鹿
たそがれの魔女を名乗る女の子に言われて入門試験とやらを受けることになったわたしは、門の正面から少し外れたところにある開けた場所にやってきた。
どうやらここで試験を行うらしい。
「しかしこんなよわっちい娘が弟子になりたいだなんて、たそがれの魔女も低く見られたものだね」
目の前の女の子がそう言っておおげさにため息を吐く。
本当にこの女の子がここの主なんだろうか。
見た目が十五歳くらいに見えるってだけじゃなくて、頭の上に見える魔力の光の輪もそれほど大きくはない。
妹のリンドウよりも小さいくらいだ。
もしかしたらわたしの知らない魔力を抑える術を使っているんだろうか。
「それで試験って何をやるんでしょうか?」
わたしが尋ねると、女の子はビシッとこちらの方を指さした。
「当然、魔法での勝負だよ!」
そう言った直後、後ろの柵の方から黒っぽい塊が突進してきて、彼女の背中にぶち当たった。
「痛っ! なに? なんなの?」
「フシュ!」
よく見るとそれは大きな鹿だった。
さっき森の中で見かけた、立派な角を持った大きな鹿だ。
「なにすんの! ロクサイ! いたっ! 角はやめなさい!」
ロクサイと呼ばれた鹿は、頭を低く下げて、女の子のみぞおち辺りを角でぐいぐいと突いている。
呆然として見ていると、自称たそがれの魔女はなんとか鹿を押しのけてこちらの方を向いた。
「あんたも見てないで助けなさい!」
「いや、仲いいなって思って」
どうやら助けた方が良かったらしい。
女の子は鹿の角を押し返して、なんとか柵の方まで連れて行くと、しばらくなにやら話しかけてから、やっとこちらに戻ってきた。
「そっちにも使い魔がいるみたいだけど、わたしはハンデとして使わないでおいてあげる!」
どうやらあの鹿は彼女の使い魔だったらしい。
もしかしたら森の中で見たのは、こちらを偵察しに来ていたからなのかもしれない。
わたしは肩の上のイナリの顎下を軽く撫でて言う。
「えっと、この子は別に使い魔とかじゃないんですけど」
「何言ってるの。そんなわけないでしょ!」
「いやだけど、ほんとうなんです」
女の子はため息を吐いて大げさに肩をすくめた。
「まあ、どっちでもいい。試験を始めるよ」
「試験って具体的に何をやるんですか? 魔法で戦うとか?」
そうなると攻撃できるような魔法なんて使えないこちらが不利になる。
魔力を帯びた短剣での攻撃もありだったら良いんだけど。
しかし、女の子はちょっと小馬鹿にするように笑って首を振った。
「魔法戦なんて、それじゃ勝負にならないでしょ」
そう言って女の子は一歩下がると、なにやら小声でもぐもぐとささやき始めた。
すると彼女の頭の上の光の輪がゆっくりと光を発し始める。
「これが彼女の魔法かな……」
「キュッ」
肩の上でイナリが小さく警戒の声を上げる。
すると辺りの気温がすうっと下がったかと思うと、どこからともなく霧が立ちこめ出した。
急に空気が冷えたせいか、風がふわりと吹き始める。
霧は風に吹き流されて、女の子の前に寄り集まり白いカーテンのようになった。
それから霧が結露するみたいにまとまって、氷で出来たガラスのような板に変化する。
同じように霧がさらに寄り集まり、合計で五枚の氷の板になった。
五つの氷のガラスは、それぞれ鏡みたいに女の子の姿を写している。
「それじゃあ、始めるよ」
そう言って女の子が氷の板を通り抜けて一歩前に出る。
同時に氷のガラスに写る女の子の姿も同じように手前にやってきて、気がつくと女の子が五人に増えていた。
「おお、分身の魔法かな」
「クルッ」
たそがれの魔女を名乗る女の子は、わたしの前にずらっと五人ならんだ。
「この中から本物のわたしを見つけ出しなさい! チャンスは一度。それが魔女の入門試験だよ!」




