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たそがれの魔女の学び舎

 わたしたちは黒い鳥の後を追って森の中を進んだ。

 鳥は時折木の枝に止まって、わたしたちが追いつくまでじっと待っていてくれた。

 薄暗い木々の間をしばらく進むと、人っ子ひとりいないと思った森に動物の気配を感じた。

 生い茂った枝の隙間から魔力の光がチラチラと瞬いて、そのおかげで珍しくイナリよりも先に気がついたのだった。


「あれは、鹿かな?」


 わたしの視線に気付いたのか、立派な角を生やした鹿らしき獣はすぐに身を翻して森の奥へ消えてしまった。


「普通の動物にしては強い魔力を持ってる感じだったけど、精霊じゃなさそうだったね」

「クルッ」


 わたしのつぶやきにイナリが律儀に相づちを打ってくれる。

 感じた気配が白狼達に近い感じがしたから、動物だけど精霊に近い存在なのかもしれない。


「グワアオ」


 そのまま少し進むと突然案内役の鳥が大きな声で鳴き、近くの木の枝に止まった。

 わたしたちがその木の根元までたどり着いても、大きな黒い鳥はまったく動く気配を見せずに、ただこちら見ているだけだ。


「もしかして、案内はここまでってこと?」

「ギワウ」


 試しに声を掛けてみたら軽くひと声鳴いて答えを返した。

 でも意味はわからない。

 あたりを見渡してみたけど、特に道らしいものはなかった。

 これではどっちに進めば良いのかもわからない。


「クルッ」


 肩の上でイナリが警戒するようにキョロキョロと左右を見た。

 何か妙だ。

 わたしにもどことなく変な気配が感じられた。

 なんだろう。

 試しにじっと目を凝らしてみる。


「このあたり全体が光ってる?」


 前の方にうっすらと魔力の光を感じる。

 そうだ。

 これと同じようなものをわたしは見たことがあった。


「猫の王様には力尽くは駄目だって言われたけど、まだやり方を教わってないからしょうがないよね?」


 そう言って右手を前に出す。

 手のひらに伝わる波動。

 やっぱり前に感じたのと似た魔力の流れがあるようだ。


「なるべく大事にならないように、繊細に……」


 わたしはなるべくそっと魔力を手の平に注いでいく。

 白い火花がチリチリと飛び散る。

 やっぱりそうだ。

 コナユキの里で見た、宝玉を隠していた魔方陣。

 あれと同じように、わたしたちの視界から何かが隠されている。

 薄布を剥ぎ取るように、注意深く魔力の流れをかき乱すと、空間がほつれるように乱れて、森の奥に新たな景色が現れた。


「クルッ」

「でっかいお屋敷だ」


 何もないように見えた森の奥、その木々の隙間から立派な館が顔を覗かせている。


「とりあえずあっちに進もうか」


 わたしたちが館を目指して歩いて行くと、森が開けて鉄の柵が現れた。

 その中央には薔薇の花の生い茂る木々を象った鉄製の大きな門が設えてある。

 これがあのお屋敷の入口らしい。


「魔女の学び舎へようこそ!」


 突然、甲高い女の子の声が朗々と響き渡った。

 気がつくと、門の前に大きな帽子とローブをまとった少女が立っている。

 胸の前で腕を組んで、こちらを睨み付けるような仕草だ。


「えっと……こんにちは! わたし、魔法使いの人に会いに来ました! 取り次いでいただけないでしょうか!」


 大きな声で話しかけると、女の子はちょっとむっとした表情を見せた。


「あのね、わたしがそのたそがれの魔女だよ!」


 いらだたしげに叫んだ女の子の方に近寄りながら、その顔をよく見てみる。

 どう見ても15歳くらいの少女だ。

 もしかしたら見かけとは違って、経験豊富な魔法使いなのかもしれない。

 でも、昨日鳥を使って話しかけてきた声はもっと低かったような気もする。


「えっと、わたし魔法を習いに来たんですが……」

「もちろん知ってるよ」


 女の子は大きなつばの広い帽子をぶんぶんと縦に振って頷く。


「でもね。そう簡単に弟子入りさせるわけにはいかない」


 帽子の下から鋭い視線を投げかけられて、わたしは返答に困った。


「どういうことでしょうか?」


 わたしの質問を聞いて、たそがれの魔女を名乗る女の子は口元だけでにやりと笑った。


「これからお前がたそがれの魔女に師事するにふさわしいかどうか、入門試験を行う!」

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