猫の王様による魔法講義
その不思議な女性の声はひと通り必要なことは話し終わったらしく、もう何の言葉も聞こえてこなかった。
さえずるのをやめた鳥たちはお互いにキョロキョロと数度顔を見合わせると、またしても部屋の中をぐるぐると飛び回ったあげく、それぞればらばらに扉の隙間から外へと飛び出して行った。
ようやく王の間に静寂が戻ると、狒々の執事さんがやってきてお茶を入れ直してくれた。
「あれがわたしに魔法を教えてくれる先生ですか?」
「まあそうだな」
声しか聞こえなかったから、先生が女の人だってことくらいしかわからなかった。
「さっきの小鳥たちも魔法ですか?」
「離れた場所に声を届ける魔法だ」
なるほど。
たしかに今のは魔法っぽかった。
「部屋に来た小鳥自体は普通の動物みたいでしたね」
「よく見えているな。旅の間に感覚も鋭くなったのか」
「うーん。むしろ見えてるものの意味がわかってきた感じですかね」
魔力の光の輪を見て、その色の違いとかでわかるようになったんだよね。
この色の感じは精霊だなとか、ちょっと不気味な感じは魔物だなとか。
「ふむ。まあ良いことだな。今後も観察力を磨くとよかろう」
話が微妙にズレてきたので、鳥の魔法に話を戻すことにした。
「それで、今のが人間の魔法なんですね」
「見てわかるように、人の魔法は無駄に複雑なのだ」
猫の王様はちょっと眉間に皺を寄せて、不満げに語った。
「精霊の魔法は己の魔力を手足のように扱うものだ。生まれた時から簡単な魔法は使える。それが自然なのだ。一方、人は元々魔法が使えない。己の魔力を扱う訓練をして、ごく一部のものが魔法を使えるようになる。そのためか、人の魔法はどこか不自然なのだ」
不自然か。
たしかに声を届けるのに鳥を沢山呼ぶとか、ちょっと歪な感じはした。
「人は精霊のようには魔力を操れない。だが、出来ることが少ないその分だけ、単純な術を複雑に組み合わせる手法が発達したのだ」
「ってことは、さっきの魔法も分解すると単純な魔法の組み合わせで出来てるってことなんですね」
どっちもテクニカルな感じはするけど、精霊の魔法は感覚派で、人間の魔法は精密機械みたいな感じなんだろう。
「その為にはな、カナエ。そなたは強い魔力を持っているし、ある程度扱い方もわかってきてはいるが、人の魔法を使うのならばこれではだめなのだ」
「今のやり方とは魔力の扱い方が違うんですか?」
猫の王様はずいっと顔を前に出して鼻先をわたしに近づけた。
「そなたの魔力の扱い方は精霊のそれに近い。我が教えたのだから当然とも言えるがな」
「だったら精霊の魔法を教わるんじゃだめなんですか? わたし王様に魔法を教わりたいです」
わたしがそういうと王様は目を瞑ってふるふると頭を振った。
「先ほども言ったが、人の子には精霊の魔法は扱えぬ。人の子の魔法を修めて、人の子の魔法使いになるのだ」
魔法使いの人に教えを請うことになったわたしは、次の日に隙を見てふたたび森に入った。
いつも通りに白狼を呼び出して、今日は魔法使いさんのところまで送ってもらう。
たしかあの鳥を使った会話では、たそがれの館に来いとか言ってたはずだ。
白狼に導かれていつもとは違う方向に進んでいくと、だんだん木々の背丈が高くなってきてあたりが薄暗くなる。
それと共になんとなく森の空気も変わった気がした。
「ハハフ」
「どうしたの?」
今まで先導してくれた白狼が足を止めている。
キョロキョロとあたりを見回しているから、もしかしたら道に迷ったのかもしれない。
「ハウハハウ」
白狼がわたしの元にやってきて、ちょっと不安げな感じで鳴いた。
そういえば、ずいぶんと森が静かになっている。
木々の葉擦れの音も、動物たちの鳴き声も聞こえない。
「キュッ」
肩の上のイナリが鋭く鳴く。
その視線を追いかけると、木の枝の上に大きな鳥が止まっているのが見えた。
カラスみたいに黒い鳥が、押し黙ったままこちらを見下ろしている。
目を凝らしてみたけど、光の輪はごく普通の動物のものだ。
とりあえず魔物じゃなかったのでちょっとだけ安心した。
「もしかして、お迎えですか!」
わたしが声を掛けると、黒い鳥はこくこくと頷くような動きをして、ばたばたと大きく羽ばたき森の奥へと飛んで行く。
他に選択肢はなさそうだ。
とりあえずその後を付いていくことにした。
急に忙しくなったり体調を崩したりでちょっと間が開いてしまいました。
その間、いろいろ今後の展開を考える時間が取れたのは良かったです。
というかその時の思いつきで展開が変わりました。
本格的に書き始める前でたすかった。
いきあたりばったりとも言いますね。




