猫の王様に謁見すること
マゴット領に戻ってから数日、旅の疲れもとれて日常が戻ってきた頃にようやく森へ入ることが出来た。
カザリという魔物の騎士に見つからないように屋敷を抜け出して、誰にも見られないように気をつけながら森を進む。
植物の匂いに満たされた空気がなんだか懐かしい。
半時ほど歩いたところで立ち止まり、目を瞑って意識を集中する。
まわりに人の気配は感じない。
バウルが隠れている可能性もゼロじゃないけど、まあそれはしょうがない。
わたしは指笛を吹いて甲高い鳥の声みたいな音を出す。
「これも久しぶりだね」
「クルッ」
肩の上でイナリが相づちを打ってくれる。
しばらく待っていると、森の奥で草がガサガサと音を立て、その向こうから白い狼があらわれた。
「ひさしぶり。元気だった?」
「ハフハウ」
白狼はうれしそうに頭を下げると、わたしのお腹に頭を擦りつけてきた。
子供の身体に大きな狼の力は強すぎて、危うく転んでしまうところだった。
「キュッ」
イナリが注意するみたいに鳴くと、ビクッとした白狼が素速く一歩離れた。
ふさふさの尻尾が垂れ下がって、ちょっと落ち込んでるみたいに見える。
「あんまりグッと来られると転んじゃうから気をつけてね」
ピスピス鼻を鳴らす様子がちょっとかわいそうだったので、優しく頭を撫でてあげた。
白狼は眼を細めて心地よさそうな顔をする。
「じゃあ、案内してもらおうかな」
そう言ったところで、また森の奥からガサガサという音が聞こえた。
草の間から現れたのはまた白狼だ。
ふるふると尻尾を振りながら早歩きでこちらにやって来る。
「へえ。ふたりも来てくれるなんて珍しいね」
「ハフハハウ」
左手でもう一頭も撫でてあげると、さらに一頭あらわれる。
どうしたんだろうと思っていると、そこからさらに三頭あらわれて、合計六頭になってしまった。
もしかしたら、久しぶりの再会だったから、沢山来てしまったのかもしれない。
白狼たちが落ち着かなげにわたしの周りをうろつくので、とりあえず順番に頭を撫でてあげることにした。
全員一巡すると、最初の白狼がしれっと列に混ざっていてあたまを差し出してきた。
「あんたは一度撫でたでしょ」
そう言って背中をわしゃわしゃと撫でる。
すると他の白狼達もそわそわとし始めたけど、いいかげん際限がなくなるので先に進むことにした。
わたしの横にぴったりと一頭付いてきて、残りは少し距離を空けて囲むように歩いている。
こうして雪走り達に囲まれながら王の御所へ向かっていると、あの雪の日のことが思い出された。
「なんだか初めてみんなに会った日みたいだね」
「ハハフハフ」
白狼たちが一斉に尻尾をゆさゆさと振る。
肩の上のイナリが耳の裏を頬に擦りつけてきたので、指先で顎下を掻いてあげた。
「ここでイナリに会ったのもあの日だよね」
「クルッ」
勿論あの神様のゲームでイナリとは出会っているはずだから、本当の初めましてはもっと前かもしれないけど、それが何日前なのかはよくわからない。
この世界で生まれて十年たっているわけで、そう考えると十年前なのかもしれない。
でも、違う世界の話だから時間は関係ないって可能性もあるだろう。
森の中を進みながら、わたしはぼんやり考える。
あの日、雪の森で迷子になったわたしに、イナリが神様のメダルを持ってやってきて、それから白狼と狒々の執事さんに連れられて森の王様に会って。
なんだか随分昔の出来事みたいに思える。
そこでメダルの秘密を教えてもらって、森の王様に稽古をつけてもらう約束をして、コナユキとカザリっていう魔物の騎士が現れて。
それから猫の王様に課題を出されてコナユキを助けることになって、ついでに神様のメダルの力を確かめることにして、コナユキの故郷に消えた宝玉を取り戻しに行って。
たくさんのことがあった。
大変なことも楽しいことも色々あった。
でも、その甲斐あってコナユキの悩みは解決したし、メダルの力も確かめられた。
これで胸を張って森の王様に会いに行ける。
そうこうしているうちに、微かに水の匂いが漂い始め、見覚えのある湖が見えてきた。
その向こう岸には王の御所も見える。
「お久しぶりでございます」
わたしが湖の岸まで来ると、そこには狒々の執事さんが待っていてくれた。
「ひさしぶり。王様は元気?」
「はい、我が主は変わられませんから。カナエ様もお元気そうでなによりです」
わたしたちが挨拶を交わしていると、湖の上を小舟が滑るように現れた。
目の前で小舟がピタリと止まると、その横の水面から大きなカワウソが顔をのぞかせた。
「ひさしぶり。今日もよろしくね」
そう言って小舟に乗り込むと、カワウソは湖に潜って船を押し始めた。
顔にふんわりとあたる風が心地よい。
いつも通りだけど、非日常的で、でもやっぱり懐かしい。
ちょっと不思議な感覚だった。
向こう岸に辿り着き、小舟を押して泳ぎ去る大カワウソに手を振るってから、わたしたちは森の王の御所へ入った。
巨大な樹木の根元にある大きな裂け目から中に入ると、そこには立派なお屋敷の廊下が続いている。
「カナエ様をお連れしました」
狒々の執事さんがそう声を掛けてからゆっくりと扉を開ける。
王の間に足を踏み入れると、床の間みたいに一段高くなったところに、ライオンぐらい大きな長毛種の猫が丸くなって寝そべっていた。
猫の王様は軽く頭を上げてわたしを見ると、ゆっくりと立ち上がって軽くあくびをした。
「久しいな、人の子よ」
「カナエです」
「もちろん覚えている」
王様はゆっくりとこちらにやってきて、鼻先を突き出して匂いを嗅いだ。
わたしが鼻のちょっと上あたりをそっと撫でると、猫の王様はくすぐったそうに眉間にしわを寄せた。
「ただいま戻りました」
「良く帰ったな。カナエ」
王様はそう言うと、口の端をちょっとだけ曲げて微笑んだのだった。
二話目を始めました。
まあ導入なので軽めに。




