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リンドウとひみつの贈り物

 ヨイヤミちゃんは利口な犬さんです。

 わたしが馬車を降りて外に出ると、たいてい一緒に付いてきてくれます。

 かといって、お散歩したいとか遊んで欲しいとか、そういうわがままは言わないのです。

 カリーニ領を出てマゴット領へ帰る道はとても平穏です。

 行きの旅ではアヤメ姉様が試合することになったり、魔物に襲われたりしましたけど、そんなことはまったく起こりません。


「もしかして、ヨイヤミちゃんが守ってくれてるんでしょうか」


 わたしがそう言うと、ヨイヤミちゃんは黒い瞳でこちらをじっと見詰めてきました。

 ヨイヤミちゃんは寡黙な犬さんなのです。

 ためしに軽く頭を撫でてみます。

 でも、特に動じた様子もありません。

 そのまま全身をもふもふします。

 黒い毛皮の手触りが心地よいです。


「ワフ」


 ため息を吐くように鳴いて、わたしの手からするっと逃れてしまいました。

 マゴットの屋敷に飼われている犬さん達はもっと元気だったり怒りっぽかったりするんですけど、この黒犬さんはとっても冷静沈着です。

 全身をもふもふされるのは嫌みたいですが、わたしの側から離れないところを見ると怒ってはいないようです。


「いたいた、リンドウ!」


 こちらに小走りでやって来たカナエ姉様に声を掛けられました。


「ひとりで出て行っちゃだめだよ」

「ごめんなさい、でもヨイヤミちゃんもいますから」

「それが心配なんだけどな……」


 姉様は前も同じようなことを言っていました。

 どうやら、わたしが犬さんに噛まれたりしないか、心配してくれているようなのです。


「大丈夫です。ヨイヤミちゃんは良い子ですよ」

「こいつが、良い子?」


 疑わしそうなまなざしを向けられて、ヨイヤミちゃんはぷいっと横を向いてしまいました。

 姉様とヨイヤミちゃんは仲が悪そうに見えますけど、たまに一緒にいるところを見かけるのがちょっと不思議です。


「キュッ」


 細長栗鼠のイナリちゃんが姉様の肩の上でひと声鳴きます。

 たぶん軽く叱ってるんだと思うのですが、ヨイヤミちゃんは知らん顔です。

 屋敷にいる犬さん達だったらこうはいきません。

 前に同じような場面を見ましたが、彼らはビクッとした後で、ちょっと心配になるくらいしゅんと落ち込んでしまっていました。

 イナリちゃんは身体は小さいのに、普通の犬さん達には一目置かれている感じなのです。

 もしかしたら、犬さん達よりえらい可能性もあります。

 でも、ヨイヤミちゃんはイナリちゃんのいうことはあまり聞かないようです。

 クールでかっこいい犬さんなのです。


「カナエ! ちょっとこっちに来て!」


 馬車の方からアヤメ姉様の呼び声が聞こえました。


「はあい!」


 姉様が元気よく手を振ります。

 そのままこちらの方を振り向いて、ピッとヨイヤミちゃんを指さしました。


「ちょっと行ってくるけど、おとなしくしててよね!」


 そう言って姉様はぱたぱたと走って行ってしまいました。


「おとなしくだって、大丈夫だよね?」

「ワフ」


 わたしが軽く頭を撫でながら言うと、ヨイヤミちゃんはまたため息を吐くみたいな声を出します。

 そのままふいっと後ろを向くと、林の中にスタスタと歩いて行ってしまいました。


「あ、まって、ヨイヤミちゃん」


 あわてて追いかけると、ヨイヤミちゃんはちらっとこちらを見て、歩く速度をちょっとだけ落としてくれました。

 そのまま小走りに追いついて、ふたりで並んで歩きます。

 このあたりはとても大きく立派な木が沢山生えていて、青々と茂った葉っぱの隙間から、キラキラとした日の光が肌をくすぐるみたいに落ちてきます。

 根っこも太く大きくて、たまによじ登るみたいにして越えて行きます。

 ヨイヤミちゃんはまったく迷う様子もなく進んでいくので、不思議な安心感がありました。

 でも、姉様たちに何も言わずに出てきてしまったので、もしかしたら後で怒られるかもしれません。

 せめてひと声掛けておけばよかったのですが、ヨイヤミちゃんを追いかけるのに夢中でうっかりしていました。


「それでどこに行くんですか?」


 わたしがそう言うと、ヨイヤミちゃんが立ち止まって、フンフンと匂いを嗅ぎ始めました。

 しばらくそうしてから、スッと頭を上げると、再び林の中を進んで行きます。

 そのまま後をついていくと、程なくしてとても大きな枯れ木の前にたどり着きました。

 木の肌はカサカサで、所々に切り傷みたいなひびが入っていて、不思議な形に折れ曲がっています。

 でも、とても大きいのです。

 たぶん手を広げた大人が十人いても、木の幹を囲むことは出来ないでしょう。


「オオフ」


 珍しいことに、ヨイヤミちゃんがひと声吠えました。

 すると、木のうろの中から何かがひょいと顔を出しました。


「わあ、フクロウさんです」


 わたしの声に反応して、顔を出したフクロウさんがこちらを向きました。

 黒い羽根をした、とても大きくて立派なフクロウさんです。

 ちょっと首を傾げてから、ヨイヤミちゃんの方を見ました。


「オフ」


 ヨイヤミちゃんがひと声鳴くと、フクロウさんは木のうろの中に入って、何かを咥えてすぐに戻ってきました。

 何かなと思って一歩前に出ると、突然フクロウさんが大きく羽ばたいて飛び去ってしまいます。


「び、びっくりしました」


 わたしがフクロウさんの飛び去った方を見詰めていると、腰の辺りを何かがぐいぐいと押してきました。

 ヨイヤミちゃんです。

 何かを口にくわえているようでした。


「なんですか、それ」


 わたしがヨイヤミちゃんに聞くと、くいっと口を突き出します。

 それは鈍色に光るちいさな指輪でした。

 細い輪っかにツタのような細かい模様が複雑に巻き付いているように見えます。

 もしかしたら、あのフクロウさんが咥えていたのが、この指輪なのかもしれません。

 わたしが手を伸ばすと、ヨイヤミちゃんは指輪をその上にポトリと落としました。


「これ、もらっていいんですか?」

「オフ」


 ヨイヤミちゃんは黒い瞳でこちらをじっと見詰めています。

 その指輪を試しにはめてみます。

 不思議なことに、わたしみたいな子供の小さな指にぴったりとはまりました。


「きれい……」


 宝石も何も付いていないキラキラもしていない指輪ですが、なんだかとっても気に入りました。

 ヨイヤミちゃんが森の大きなフクロウさんに頼んで譲ってもらった不思議な指輪。

 それはとっても魅力的なひみつの香りが漂っています。

 勝手に林の奥に入ったってことも言いづらいし、この指輪のことは内緒にしておきましょう。


「ヨイヤミちゃん、ありがとう。大事にするね」


 特に返事をするでもなく、ヨイヤミちゃんはスタスタと元来た道を戻っていきます。

 わたしはあわててその後を追ったのでした。

もうひとつリンドウ視点のお話です。

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