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リンドウと黒い犬さん

 わたしたちがおうちに帰る日がやってきました。

 アヤメ姉様がカリーニの領主様にご挨拶すると、父様によろしくと言付けされました。


「それじゃあリンドウ、そろそろ行こうか」


 そう言ってアヤメ姉様がわたしに手を伸ばします。

 アヤメ姉様の手を握って外に出ると、空は雲も無い快晴で暖かい日差しが降り注いでいます。

 最近はずいぶんと暖かくなりました。

 でも、これから帰るマゴット領は暦の上ではまだ肌寒いはずです。

 わたしは周りを見回して、ちょっとほっとしました。

 神殿騎士の人たちは来ていないみたいです。

 特に審問官のミツメさんって人は、わたしを神殿騎士にしたいとしつこく迫ってきていたのでちょっと苦手なのです。

 滞在中はことあるごとに魔法の練習をさせられたので、あまり街に遊びに出ることが出来ませんでした。

 それでも昨日はアヤメ姉様とカナエ姉様に連れられて市を見学できたので、とても楽しかったです。

 わたしが馬車に乗り込もうとしたところで、近くの木の陰にカナエ姉様がしゃがみ込んでいることに気づきました。

 何かこそこそとしゃべっているみたいです。

 もしかして、コナユキちゃんがお見送りに来てくれたのかも!

 そう思って早足に木陰へ向かうと、残念ながらそこにいたのはコナユキちゃんじゃありませんでした。


「だからついてこないでって言ってるでしょ!」


 姉様がその子に向かって声を抑えながら叱りつけています。

 そして、その前では小さめの黒い毛並みの犬さんがつんとそっぽを向いてお座りしていました。


「姉様、どうしたんですか?」

「リンドウ!?」


 突然声を掛けたのがいけなかったのか、カナエ姉様がびっくりした声をあげて振り返りました。


「その犬さんがどうかしたんでしょうか」

「あー、その、なんというか」


 何故か頭をひねっている姉様の肩の上から、細長栗鼠のイナリちゃんがわたしの肩に飛び乗ってきます。


「クルッ」

「わっ、イナリちゃんあぶないですよ」


 イナリちゃんはわたしの首の周りをぐるっと一周すると顎の下に頭を擦りつけてきました。

 すべすべふわふわの毛皮の感触がとても心地よいです。


「あのね、この犬がずっとついてこようとしてて、ちょっとしつこかったから叱ってたの」


 カナエ姉様がそう言ってにっこりと微笑みました。

 相変わらずわたしの姉様は美しいです。

 こうして微笑みかけられると、ついうっとりとしてしまいます。

 でも、たまに何かをごまかそうとしてる時にも、こうやってにっこりするので要注意です。


「犬さんに気に入られちゃったんですね」

「うーん、気に入られたっていうか……」

「わふ」


 叱られていたらしい犬さんが突然わたしの前にやってきました。

 子犬ってわけではなさそうですが、大きさはわたしの胸くらいまでしかありません。

 あまり大きな犬は怖いですけど、これくらいだったらかわいく感じます。

 つややかな黒い毛並みにくりっとした黒い目がとても綺麗です。

 犬さんはわたしの胸元に鼻先を近づけてスピスピと匂いを嗅いでいます。


「キュッ」


 肩の上からイナリちゃんが叱るような声で鳴きました。

 でも、犬さんはあまり気にした様子もなく、ちらっと視線を向けただけで、またスピスピに戻ってしまいました。

 なんだかクールな感じで格好いいです。


「あなたのお名前はなんていうの?」


 わたしは軽く頭を撫でてみます。

 黒い犬さんはスピスピをやめて眼を細めました。

 おとなしくて賢い犬さんみたいです。


「なまえはバ、じゃなかった。さすがにわからないよ」

「では名前をつけてあげないといけませんね」


 犬さんはぷいっとそっぽを向きます。


「お名前、いやですか?」


 わたしが訊くと、こちらと姉様の方を交互に見てから、ぐりぐりと頭を胸元に擦りつけてきました。

 どうやら名前をつけても良いみたいです。

 ちゃんと自分の意思を持った誇り高い犬さんでした。


「では、あなたのお名前はヨイヤミです!」

「わわふ」


 犬さんは神妙な顔でひと声鳴きました。

 どうやら了承してくれたようでなによりです。


「ではヨイヤミちゃん、行きましょう」

「ちょっと待った! もしかして、こいつを馬車に乗せるつもり!?」


 カナエ姉様が慌てたように言いました。

 同時にぐりぐりとヨイヤミちゃんの頭を擦るように押さえつけます。


「せっかく名前をつけたのですから、連れて帰りたいです。この子も来たがってたのでしょう?」

「そんなのだめだって!」


 姉様がさらにヨイヤミちゃんの頭をぐいぐい押します。

 姿勢を下げて、苦しそうに眼を細める姿がかわいそうです。

 わたしは姉様の手からヨイヤミちゃんを引っ張り出して、つやつやの黒い毛皮に抱きつきました。


「だって、こんなに懐いてるのに、お別れなんてかわいそうです。いっしょに行きたいです!」

「リンドウ……」


 姉様がちょっと目を見開いて驚いた顔をしました。

 それからしばらく、腕を組んで悩んで、ちらっとわたしの肩の上にいるイナリちゃんを見てから、大きくため息を吐きました。


「じゃあ、一応アヤメお姉ちゃんに話してあげるけど、駄目って言われたら置いて行くからね」

「カナエ姉様! ありがとう!」


 わたしはぎゅっとヨイヤミちゃんを抱きしめました。

 アヤメ姉様にお願いするときはわたしも一緒に行こうと思います。

 がんばって説得して、この艶やかな黒い毛並みの犬さんと一緒にお屋敷に帰るのです。

次の話の前におまけ的な単発のおはなしです。

この形であといくつか書くかも。

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