そして雨はしずかに降る
「間違いありません。これは里長のオーブです」
厨子の中を凝視していたフブキさんが呆然とした顔で言う。
透明なオーブが発する白い光は強い魔力を感じさせる。
近くにこうして立っているだけで、その力の大きさがわかるくらいだった。
コナユキがおそるおそるって感じでオーブの前にやってきて、つま先立ちで中を覗き込む。
「ほんとだ。でもこれって一体……」
「バウルがさ、気配を消して近づいてくるじゃない? 原理としてはあれと一緒なんだよね」
わたしはコナユキに向かって説明する。
コナユキはゆっくりとこちらを振り向いた。
「それって、前にカナエちゃんが教えてもらった、魔力を抑えて気づかれないようにするやつ?」
「正解。あの技を凄くしたやつなんだと思うよ。何せ魔力の気配だけじゃなくて、視覚的にも見えなくしちゃうんだもん。多分、そうとう高い技術があって、さらに準備にたくさん時間をかけることによって初めて可能になる術式なんじゃないかな」
「たしかにこれは容易に出来ることではなさそうですな……」
フブキさんが感心したように言った。
「つまりね、さっきまでの推理は前提が間違ってたんだよ。オーブは里長が亡くなってから継承の儀式の間に盗まれたんじゃなくって、それよりもさらに前の段階で消えていたんだ」
コナユキもフブキさんも何も言わず、しばらくの間、沈黙が続くことになった。
「それって、つまり、母様がやったってこと?」
ぽつりとコナユキが言った。
「他に出来る人はいないからね」
わたしの服の裾をコナユキが掴む。
「どうして!? どうして母様がそんな酷いことを!?」
「コナユキ」
わたしは椅子を降りて、コナユキの正面に立ち、しっかりと目を合わせた。
「わたしはコナユキのお母さんが何を考えてたのかわかるような気がするよ」
ゆっくりと、言葉がちゃんと伝わって欲しいと思いながら話す。
「たぶん、こういうことなんじゃないかな。このまま問題なくコナユキが継承の儀式を終えてオーブに認められたとしたら、コナユキは安心して里長になれると思う。でも、逆にコナユキは里長としての自信を育んでいくことが出来なくなるかもしれない」
「里長の、自信……?」
ゆっくりとコナユキがわたしの言葉をのみこんでいく。
「コナユキは前からずっと里長になる自信が無いって言ってたんでしょ」
「それはそうだけど……。じゃあ、だから里長になれないようにオーブを隠したって事?」
わたしは指先でコナユキの鼻をパチンと弾いた。
「痛っ!」
「キュッ」
追い打ちを掛けるように、イナリがコナユキの鼻を肉球でパンチする。
「なにっ! なんなのっ!」
「コナユキは馬鹿でしょ」
「クルッ」
わたしの言葉にイナリが同意の鳴き声を上げた。
「まったく逆だよ」
「逆?」
わたしはコナユキのほっぺたを軽く引っ張る。
イナリも前足を伸ばしたけど、残念ながら頬までは届かないみたいだ。
「お母さんはコナユキが里長になる資格があるって充分わかってたんだよ。コナユキは里のことをすごく大事に思ってるし、里の人たちからたくさん慕われてるし、もちろん魔力だって充分ある。認めてないのはコナユキだけなんだよ」
「わたし、だけ」
「だからお母さんは、オーブなんかに認められなくても、充分里長としてやっていけるって、それを知ってほしかったんじゃないかな。そのためにはオーブの存在は邪魔になる。だから、一時的にオーブを隠したんだよ。たぶん、何年か経ったら術式が解けて、オーブは再び姿を現すようになってたんだと思うよ」
「母様が、そんなことを……」
「姫様。わたしも里の皆も、姫様が里長にふさわしいと以前からずっと思っております」
「フブキ叔父さん……」
先代の里長の遺志を考えれば、オーブのありかを教えない方がいいかなともちょっと思ったけど、今の状態だと逆にコナユキは自信を失ったたままになっちゃう気がしたんだよね。
一緒に旅をする中で、前よりも心が強くなったとも思うし。
だから、素直に真相を伝えることにした。
「もうオーブがなくならないように、今から継承の儀式をする」
足下の方から、ちょっと高めの女の子の声が聞こえた。
気がついたらバウルも厨子の前までやってきていて、こちらの方をじっと見詰めていた。
確かにバウルの役目からすると、これ以上の面倒ごとは起こらないようにしたいだろう。
「できれば、継承の儀式はしたくない……」
コナユキがぽつりと言った。
「なぜしない」
「わたし、オーブがなくても立派な里長になれるって、母様に証明したいから」
そう言ったコナユキの眼には、強い光が宿っているように見えた。
「バウル、オーブは屋敷の結界で守られてるんだから、継承の儀式をしなくても平気だよ。実際、今回だって屋敷の外に持ち出されたわけじゃなかったんだから」
バウルはわたしの方をじっと見詰めると、しばらくしてふぃっと椅子の方に帰って行った。
「もしオーブがなくなったら、すぐにバウルに伝える」
「わかったよ。約束する」
しっかりとコナユキが頷く。
これで一件落着かな。
考えてみれば、神様のメダルは完全にその機能を果たしていた。
宝玉を三日以内に元に戻すって願いは、そもそも元の場所から動いてなかったんだから、願った時点で叶っていた。
それ以外のことはなにもしないって願いも、問題なく叶っている。
この願いを叶えることで誰も不幸にならないようにするってのも、宝玉は失われてないわけだし、コナユキは自信を持って里長になれるわけだし、結果としてちゃんと叶っている。
猫の王様から聞いた話だと、メダルを投げて裏が出たら、願いは望まない形で叶うってことだった。
実際のところ、わたしの願いはちゃんと叶った上で、今回はなかなか苦労させられる羽目になった。
もしメダルが表だったら、術式の効果が消えるのが早まって、最初に厨子を開けた段階で宝玉が現れていたかもしれない。
術式が残っているか、消えているか。
たったそれだけなんだけど、これは結構な違いだった。
そうだ。
あとひとつ、願いが残っていた。
わたしがメダルが戻ってきたのを確認したら、雨を少しだけ降らすこと。
そういえば、雨は降ったんだろうか。
今すぐ窓の外を確認しないと。
ぱっと壁際を見たけど、窓は鎧戸で閉じられていた。
そちらの方に足を向けかけたところで、パタパタと、水が落ちる音がした。
部屋の外からじゃない。
音はわたしの足下から聞こえた。
厚手のカーペットにひとつふたつと水の染みが広がっていた。
さらに続けて、しずくが落ちる。
「カナエちゃん……」
コナユキの声が細かく震えている。
「里長のオーブを、母様の気持ちを、みつけてくれて、ありがとう……」
つっかえつっかえの声といっしょに、コナユキの瞳からぽろぽろと涙が流れていた。
雨が難しい場合は、他で代用しても良い。
たしか、願いにはそんな条件をつけていたんだった。
わたしは手を伸ばして、コナユキの頭を撫でる。
今は泣いてるけど、強くなったコナユキはすぐに泣き止むはずだ。
それは神様のメダルに雨を少しだけ降らしてって願いを掛けたからじゃない。
わたしがこの旅を通して、自分の眼でコナユキの成長を見てきたから、そう思ったのだった。
やっと最初の一話が終わった感じです。次がエピローグ的な話になって、それから二話目に入る感じですね。
始めたときは十回くらいでここまで行けるって思ってたけど、ぜんぜんそんなことはなかった。まだメダル一回しか使ってないんですけど。




