宝玉消失事件
屋敷に入ったわたしとバウルは、応接間らしき大部屋に案内された。
コナユキは着替えるために自分の部屋に戻っているらしい。
わたしはソファに座ってお茶をいただきながら、フブキさんから情報収集することにした。
「えっと、オーブの行方を捜すためにいくつかお話をききたいのですがよろしいでしょうか?」
「勿論です」
フブキさんは生真面目そうに頷く。
わたしのことを子供と思わず、森の王様の代理として扱ってくれているみたいだ。
「里に伝わるオーブはこの屋敷に保管されていたんでしょうか」
「ええ、この屋敷の里長の部屋に常に置かれていました」
「オーブが消えたことに気づいたのはいつですか?」
「先代が亡くなってから五日後ですね。オーブ継承の儀式をするために厨子の扉を開いたところで、無くなっていることに気づいたのです」
なるほど。
大まかなところは前にコナユキに聞いたとおりだった。
「持ち出されたことに誰も気づかなかったのですか?」
「残念ながらその通りです。外に出された場合に里長へそれが伝わる術式が厨子に組み込まれているのですが、長が亡くなられてはそれも意味をなしません」
里長にはってことはつまり他の人ではだめで、コナユキの場合だったら、継承の儀式とかいうのを受けた後でないとその術式の恩恵を受けられないんだろう。
「とはいえ、本来ならば里長の一族の者でなければ、屋敷の結界からはオーブを持ち出すことは出来ないはずなのです」
「屋敷の結界、ですか」
「ええ、古い結界ですが堅牢なものです。破るのには相当な魔力が必要かと」
「一族の方なら持ち出せるということですが、対象となるのはどなたでしょうか」
「今となっては姫様とわたくしのみですね」
そうか。
他に後継者がいないって話だったし、たぶん兄弟も親戚もほとんどいないんだろうなって思ってたけど、予想通りだったみたいだ。
さて。
こうやって話を聞いてみたのは、森の王の代理としてちゃんと役割を果たしている体を取るためだけで、実はそれほど真面目に考えてはいない。
なぜなら、わたしは神様のメダルを使って、宝玉が戻ってくるようにお願いしているからだ。
メダルを投げ上げた時には、残念ながら裏が出てしまったけれど、それでも願い自体は叶っているはず。
だから、普通に考えればもう宝玉は厨子の中に戻っているだろう。
これに関してはコナユキが戻って来てから、みんなで確認しに行こう。
「あの、コナユキのお母さん、つまり先代の里長はどのような方だったんでしょうか」
私の質問にフブキさんは寂しそうな微笑みを浮かべ、眼を微かに細めた。
「そうですね、先代はとても優しく、それでいて芯の強いお方でした。姫様をとても大事にされていましたが、同時にその将来を心配されてもいました。姫様は里長になれるだけの強い魔力は持ってはいますが、自分に里長が務まるのか、いつも自信がないと言っていましたから……」
「確かに、コナユキはちょっと引っ込み思案なところありますよね。慣れると結構明るく楽しい面を見せてくれますけど」
わたしがそう言うと、フブキさんはうれしそうな表情を見せた。
それは姫様に仕える一族の人というよりも、親戚の叔父さんが見せる顔だった。
「だいたい状況はわかりました。なるべくオーブが見つけられるように頑張ってみます」
「よろしくお願いいたします」
フブキさんは丁寧に頭を下げてくれたけど、わたしはその表情にちょっと引っかかりを覚えた。
「あの、フブキさんや里の皆さんはオーブの行方について心当たりはないんでしょうか?」
「そうですね、残念ながらまったくございません」
「ちなみに里の中はどのくらい探したんですか?」
「一通りは探しましたが、見つかりませんでした」
話しぶりからすると、そこまで徹底的に探したって感じでもなさそうだ。
だったら、ここ最近はどうなんだろう。
数週間前には、神様のメダルの力で宝玉は戻って来ているはずだ。
「最近なにか進展はありましたか?」
「実は最初に一通り探してからは、もう探してはいないのです」
大切な里の宝の割には、それほど一生懸命さがしているようには見えない。
「それは何故ですか」
「オーブは大切な里の宝で、里長の徴ではあります。とはいえ、無くなってしまったものはしかたありませんから」
フブキさんは思ったよりもあっさりとそう言った。
「絶対に必要なものではない、ということでしょうか」
「その通りです。オーブはなくとも姫様が里長になられることになんの問題もございません。里の中にもそれに異を唱える者はひとりもいないでしょう」
ということは、むしろオーブにこだわっているのはコナユキだけだってことになる。
わたしが手に入れた情報を頭の中で整理していると、着替えたコナユキが応接間に入ってきた。
今までの旅装束から着替えたのはお嬢様風の装いで、スカートをはいているのがすごく新鮮だ。
コナユキの方も雰囲気が変わって恥ずかしいのか、ちょっともじもじしている。
「遅かったね、姫様」
「それやめてよ、カナエちゃん」
姫様呼びされて、コナユキが唇を尖らせた。
「でも、コナユキは姫様なんでしょう?」
「そんなこと言ったら、カナエちゃんだって姫様じゃん!」
「まあ、マゴット領では一応そうかもしれないけど」
わたしの言葉にコナユキが頭を傾げる。
「マゴット家だけじゃなくて、森の方でも姫様なんじゃないの」
「だから、わたしは森の王に訓練をつけてもらってるだけなんだって」
コナユキがわたしの目の前までツカツカと歩いてきて、指先で肩の上で丸くなって寝ているイナリのほっぺたをつんつんと押す。
「でも、いつもイナリちゃんを連れてるし、いいとこの姫様なんじゃないの?」
まさかそんな風に思われてたとはちょっと意外だった。
「イナリとは単に仲良しさんなだけだよ」
「うーん、そんな風には見えないけど……」
ほっぺたをむにむにされていたイナリが、めんどくさそう起き上がって、眠気を覚ますよう背中を反らせた。
「いや、わたしのことなんてどうでも良いんだよ。まずはオーブが保管されてた場所を見せてもらわないと」
そう言ってわたしが立ち上がると、フブキさんが里長の部屋に案内してくれる事になった。
バウルは何も言わずにわたしたちに付いてきている。
どうやらここでは観察者に徹するつもりらしい。
案内された部屋はお屋敷の二階奥にあって、話によるとコナユキのお母さんはずっとこの部屋で暮らしていたらしい。
両開きの立派な扉をあけると、かなり広い部屋の中にソファやテーブル、天蓋付きのベッドなどが並んでいる。
そしてその奥の壁機に、立派な装飾が施された厨子が置かれていた。
どうやら大理石のような石材で出来たものらしく、結構しっかりとした重そうな造りだ。
厨子自体は持ち運んだりすることは想定していないんだろう。
大きさは人の背の高さほどで、普通の大人の腰のくらいの位置に小さな扉が設えてある。
わたしやコナユキの身長だとちょうど頭の上、ぎりぎり眼で中が見えるくらいの高さだ。
「この扉の中にオーブが入ってたんですね。いつもここに置いてあったんでしょうか」
「その通りです。オーブはこの厨子に納めておくのが決まりでしたので」
術式によって守られていたみたいだし、まあ当然だろう。
今は扉が閉まっているけど、その中にはもう宝玉が戻ってきているはずだ。
「ちょっと開けてもらって良いですか?」
「承知しました」
そう言ってフブキさんが厨子の扉に両手を掛ける。
精巧な造りなのか、特に力を加える風でもなく、すんなりと扉は開いた。
扉の中は正方形の空間になっていて、そこに装飾を施された台座が見える。
つま先立ちして、その中を覗き込む。
「っ!?」
危うく声を上げそうになるのをなんとか堪える。
宝玉を納める厨子の中の、立派な台座の上には、何も置かれていなかった。
そこには暗がりに満ちた空虚な空間だけが、ぽっかりと口を開いていた。
ここにきて謎のミステリ展開。
見た目は子ども、頭脳は大人な主人公なので、きっとなんとかしてくれるはず。




